62 彼がいるから踏み出せる


「やっと膝から降りたのか……」


 空が辟易した顔でジトっと見る。それは私だってもっと冬君を独占したいって思うけれど、それじゃ冬君が食べられない。


「はい、冬君」

「ありがとう。でも雪姫も食べてよ?」

「食べてるよ?  でもやっぱり冬君も男の子だね。美味しそうに食べるから、見ているこっちまで嬉しくなっちゃう」


「言っとくけど、肉買ってきたのは俺たちだからね」

「ねー」


 空と翼ちゃんが仲良く言う。本当に君たち、息ピッタリだよね。


「冬君の分は、私が焼いてるもん」

「何の勝負なの、それ?」


 冬君が苦笑する。だってね、冬君が喜ぶ顔は私が引き出したいんだもん。


「普段、小食なくせにね。意外とよく食べるんだな、冬希って。ラーメン食いに行った時も思ったけどさ」


 海崎君が感心したように言う。食い意地が張っている感じは全く無いけれど、本当に美味しそうに食べてくれるから、ついお弁当作りにも力が入ってしまう。

 この前のピクニックの時、ようやく冬君がお弁当を食べる姿を見ることができて、本当に嬉しかったんだ。


 バーベキューは私が作った料理とは言い難いけれど。それでも冬君をお世話するのは私の役目なんだと、つい意気込んでしまう。


 と、海崎君と空が、見合わせたように笑む。まるでこれからイタズラ開始を宣言するかのように。


「冬希、牛タンいい感じだよ」

 と海崎君が冬君の口に箸で運ぶ。


(え?)

 冬君が反射的に咀嚼するので、私は唖然としてしまう。


「冬希兄ちゃん、こっちのカルビはどう?」


 と今度は空が、冬君に箸をのばす。こちらも反射的に、口を開ける。


(え? え?)

 私は硬直して、口をパクパクさせることしかできない。


「おぉ、これは。上川くんがいると男子たちのイチャつきも尊い」

「瑛真先輩、言ってる場合じゃないからね」


 と心配そうに私を彩ちゃんが見る。冬君が奪われてしまう。そんな思考に囚われて、私はパニック寸前――。

 と、そんな私の思考を遮断するように、翼ちゃんが空の口に肉をねじこむ。


「へ? つば、翼?――って、あっちぃぃっ! アツっ!」


 空が大絶叫した。焼きたての肉汁があふれたネック肉を放り込まれたのだ。そりゃそうなるけど――翼ちゃんの表情は不満で色塗られていた。


「空君のバカバカバカバカバカ」

「いや、バカは翼でしょ? 熱いから、火傷するかと思ったよ!」


 いやバカは空の方だって。慣れた素振りを見せているけれど、翼ちゃんがどれだけ勇気を振りし絞ってここにいるのか、もう少し理解をしてあげなよ。


「でも……ごめん。次からは遠慮せずに声をかけてよ」

「え?」

「翼が本当は気を遣っているの知ってるし。俺が無理矢理付き合わせているし。そんな中で、一人ぼっちにさせたのは反省してる。放っておいて本当にごめん」


 切り替えるように、空はニッと笑う。翼ちゃんが怒った理由はそうじゃないんだけど……まぁ、結果オーライなのかな?


「だからさ、翼は何が好きなのか教えて? 取ってあげるから」

「う、うん……」


 翼ちゃんは俯きながらも、言葉を続けていく。それは周りの喧騒に打ち消されえいくけど――聞き耳をたてるほど私は野暮じゃない。

 と、見ると冬君がにっこり微笑んでくれている。


「ふ、冬君?」

「うん。今日ね、まさかバーベキューになると思っていなかたから。でも雪姫とこうやって過ごせるの、やっぱり幸せだね」


 冬君との距離が近いのはいつものこと。友達だった時は、拳一つ分、空白があった。今は肩と肩が触れ合って、仄かに体温を感じるくらい近い。

 いつだって、こうやって冬君は、私を見てくれている。


(バカみたい)


 途端に、自分の醜くて浅ましい感情が萎んでいくのを感じた。そんな私の感情を察してか、知らぬままなのか冬君はペースを崩さない。


「俺さ、牛タンはレモンかけるのも好きなんだよね。食べてみない?」


 私はコクンと頷く。肉はそんなに好きじゃなかった。脂っこいのはもっと苦手で。でも、それなら食べられそうな気がするし。冬君が美味しそうに食べるので、私も食べたいと思って――。


「はい。あ~ん」


 私からすることは多かった。だって、冬君にもっと私のことを見て欲しかったから。

 でも逆に、冬君から改めてされると体中が火照ってくる。お肉を啄むように私は食べる。


(――美味しい)


 そういえばと思う。冬君と出会ってからだ。またご飯が美味しいと感じるようになったのは。それまでは、何を食べてもまるで味がしなかったのに。


「美味しい。冬君の味付け、私好きかも」

「それは良かった」


 冬君は微笑んでくれる。私、好きだ、本当に冬君のことが大好きだ。この何気ない時間を一緒に過ごせるのが本当に好き。一緒に過ごせない時間を思うと、胸が苦しくなる。不純な動機だなって思うけれど、私にとっての最大の理由は冬君なんだ。


 だから冬君が傍にいてくれるだけで――見てくれるだけで――やっぱり私は前に進める。そう思う。


「これだけたくさんの人に囲まれて、二人の世界を醸し出すなんてもう才能だね」


 と海崎君が苦笑する。私は冬君との距離を埋めるように、すり寄ってしまう。海崎君が冬君の親友だとしても、冬君の一番は私だから。絶対に冬君を渡してあげない。それにと、と思う。


(海崎君も空も後で憶えておいてね)


「「いっ?!」」


 私の視線を感じたのかビクンと二人が体を震わせた。


「雪ん子を怒らせたら、後が怖かったもんね。静かに怒るし、なかなか鎮火してくれないと」


 と瑛真先輩がしみじみと言う。


「私は知ーらないっと。最近のゆっきが上にゃん至上主義なのはもう分かってることでしょ?」


 そう彩ちゃんは苦笑いを浮かべながら、せっせと海崎君にお肉を焼いては、紙皿に取り寄せる。気恥ずかしそうに海崎君は受け取るのが微笑ましいと思ってしまう。


「怒ってるの?」


 と冬君に顔を覗き込まれて、私はそれだけで頬が緩んでしまう。私の浅ましい感情を、全部冬君が攫っていってしまうから。


「雪姫のね、好きな表情ってたくさんあるんだけれど。一番はやっぱり笑っている顔が好きだよ。本当に可愛いって思ってるから」


 そう冬君が容赦なく囁く。こういう時の冬君はいっさい手加減してくれないのだ。私はきっと、顔が真っ赤だ。


「だから全部、丸聞こえなんだって」


 空が渋い声で言い、翼ちゃんもコクコク頷く。


「ん? 聞かせてるんだよ? 俺の彼女は可愛いでしょ? って」

「冬希もさ、さり気なく下河に対して独占欲が強いと言うか――甘やかすのを通り越して、もう溺愛レベルだよね?」


 海崎君の言葉に私は目をパチクリさせた。冬君が? ちょっとそういう印象が無かったので、信じられなかった。


「初めて冬希と話した時に言われたんだ。俺達が下河を守れば良かったじゃないか、って。でも、冬希にその後、思いっきり否定されたんだよね」

「べ、別に否定したわけじゃないし。い、今それを言わなくてもいいじゃないか」


 何故か冬君がうろたえるので、ますます意味が分からず、私は思わず首を傾げてしまう。


「でも冬希にね『もう遅いよ。悪いな。その役目は俺がやるし、誰にも譲らない』って言われたからね」


 私はつい冬君を見てしまった。冬君は照れくさそうに視線を逸らす。でも私はむしろ覗き込んで、その視線を離してあげない。


「……だから言ってるじゃん。俺はそんなに器大きくないし、器用じゃないから」

「うん。すごく嬉しいって思ってるよ」


 冬君が私のことをずっと見てくれていた。それは実感としてあるけれど――こうやって、言葉にしてもらえると本当に嬉しい。


 これでもかってくらい、私はニコニコしている気がする。だって本当に嬉しいんだ。私だけじゃなくて、冬君もそう思ってくれていたことが。


「嬉しい」


 素直に言葉が溢れていた。





■■■





 ちょっとごめんね。

 そう呟いて、私は席を立つ。


「姉ちゃん、もしかしてだいの方――」


 空がデリカシーない一言を放り投げてくるので、容赦なく拳を頭頂部にお見舞いしてあげた。


「――イタっ。姉ちゃんの暴力女! 冬希兄ちゃん、これが姉ちゃんの本性だからね」

「いや、今のは空君がちょっと悪いと思うよ」


 と冬君が苦笑しながら言う。残念でした、冬君はいつだって私の味方だし、冬君に酷いことしようとは思わないもん。


「本当に空君はお姉さんのこと好きだよね」

「ちょ、ちょっと。翼、俺をシスコンのように言わないで!」

「うんうん、分かるよ。ブラコンもシスコンも元を辿れば、根底は同じ愛だからね!」


 と湊ちゃんが海崎君に飛びつく。お兄ちゃん大好きっ子は相変わらずらしい。

 彩翔君はヤレヤレといった表情だし、彩ちゃんは負けじと海崎君に抱きつくので、なかなかカオスだった。


「光、モテモテだね」

「彩音は悪ノリしてるだけだし、湊は妹だよ? これをモテるカウントに入れられるのは、複雑なんだけど?」


 そう海崎君はボヤいてするりと抜け――た瞬間。彩ちゃんの囁いた言葉が、しっかりと聞こえてしまった。


 ――そういうことを言うんだね。ひかちゃんがそのつもりなら、私はもう加減しないから。


 海崎君が一瞬、目を見開く。そんな空気を攫うよに、冬君が海崎君の肩を抱いて。空や彩翔君も加わる。でもそんな小さな輪を――女の子達が許してあげるわけがなくて。


 そんな光景を尻目に、私は小さく笑んでいったん、家のなかに入る。

 キッチンから煮干しを少し持ち出して、それからすぐ玄関近くの茂みへ向かう。紙皿の上に、私は煮干しを置いた。


「ルルちゃん、いるんでしょ?」


 茂みの奥から、白い尻尾がパタンパタンと振るのが見えた。


「ルルちゃんって、冬君に本当にそっくり。世話焼きで心配性だよね。やっぱり、冬君のことが気になる?」


 不本意と言いたそうに、低くルルちゃんは「おあー」と鳴く。と、白猫が茂みから顔をのぞかせる。ちょんと、私の指先に鼻をつけて。


 ――あなたのことが、ちょっと気になっただけ。

 そう言われた気がして。私はやっぱり笑みが溢れてしまう。ついルルちゃんの頭を指先で撫でてしまった。


「ルルちゃん、ありがとう。ルルちゃんの言う通り、冬君は傍にいてくれたよ。それだけじゃなくて、たくさんの人とまた繋がることができたから」


 猫にこんな言葉を投げかけるのは、ちょっと変だ。かなり変かもしれない。でも今までも、ルルちゃんや他の猫達が見守ってくれたと感じることが多かったのだ。それが単に私の気のせいだったとしても。


「ありがとう」


 だからそんな言葉が自然と溢れてくる。


「おーあ」

 ルルちゃんは、そう鳴いてから煮干しを口にした。


 ――あなたは一人じゃない。冬希が一人にさせない。


 何故だかルルちゃんにそう言われた気がした。

 だから。

 大きく深呼吸をした。


 怖くない。でも不安はある。冬君がいなかったら、きっと呼吸はできない。冬君がいれば呼吸ができる。だから不安があっても怖くない。不安になったら、冬君に抱きしめて――受け止めてもらう。


 ただ、それだけ。

 私はルルちゃんの頭を撫でた。


「ありがとう、ルルちゃん」


 私は立ち上がって、みんなの元へ戻る。不安だけど、怖くない。

 だって、隣で私のことをしっかり見てくれている人がいる。

 私はそれを知っているから。





■■■





 あらかた食べ尽くし、宴も終わりが近づいていた。

 パチパチと火の粉が舞う。


 仄かに灯り、風に舞う火種を前にすると、普段は言えないことも口に出せてしまいそうになるから、不思議だ。

 舞う火の粉を眺めながら、冬君が口を開いた。


「大地さん、雪姫のことで相談があります」

「うん……」


 お父さんは、じっと冬君を見やる。


「学校側が退学勧告を出したのは、本当ですか?」


 今までの賑やかさがウソのように静まり返っていた。みんなが息を呑んで、言葉を待つ。


「か、上川く、君……。そ、それは――」

「本当は、大地さんと二人だけで相談したいと思っていました。でも、それはおかしいって、思ってしまって。だって当事者は雪姫じゃないですか。雪姫自身が知らないのは、やっぱり変だって思うんです」

「ん……」


 お父さんが言葉を詰まらせる。私と言えば、意外に冷静に聞いていた。高校は義務教育とは違う。出席日数が決まっている以上、いつかはそんな日が来てしまう。


「でも、出席日数はまだあるはずですよね? 学校側は何て言ってきたんです?」


 お父さんとお母さんと顔を見合わる。そして観念したように小さく息をついた。


「今の学校じゃ対応できない、って。通信制の学校を選択した方が良いんじゃないか、と。そして治療をしっかり受けてください、って。そう学年主任の先生に言われたんだ。確かにね、って思うところもあったんだ。このまま学校に行けないよりも、回り道をしても良いから、雪姫に合う学校を――」

「それは、イヤかな」


 ボソリと呟いた私の言葉は、想像以上に空気を震わせて響いていた。


「へ? ゆ、雪姫?」

「どうして勝手にお父さんや学校の先生が決めるのか、理解ができないよ。出席日数がまだ足りているのは、知っているよ? どうして私の意見を聞かずに、勝手に決めるの? 決めようとするの?」


 別に怒っているわけでもない。不快に思っているわけでもない。お父さんは私に気を遣っているのも分かる。でも、そこに私の意見は無い。もちろん、私の問題もある。冬君がいないと発作が起きてしまう。学校の先生達がコンタクトを取れるはずもなかった。

 それでも――。


「私は冬君と学校に行きたい。冬君の隣で笑いたい。みんなと一緒に過ごしたい。だから、私は学校に行くよ。不安が無いって言ったらウソだけど。怖くはないよ? だって冬君が傍にいてくれるもの。だからお願い、勝手に決めないで」


 私の言葉をお父さんは唖然として、聞いていた。

 と、冬君が頭を下げる。


「俺からもお願いします。雪姫は今まで、これでもかってくらい頑張ってきました。本当はいつ過呼吸になってもおかしくない状態で、不安がずっとあったはずなんです。でも、それでも乗り越えてきたから。学校に行ける可能性があるなら、その道は閉ざさないで欲しいって思うんです。だから、お願いします!」


「あの……」


 呟くような声で翼ちゃんが間に入る。


「どうしてお姉さんが、退学しないといけないんですか?」

「え? それは出席日数が――」


「でも、お姉さんをここまで追い込んだ原因があるんですよね? 学校側は責任を果たしたって言えるんですか?」


 私はそんなことを考えたことがなかったので、目をパチクリさせる。


「……麻痺していたかも。確かに姉ちゃんが学校に行けない、呼吸が苦しくなることばっかり考えていたけど、その原因は――」


「そこだよ、空君。蒸し返すことはお姉さんにとっても、みんなにとっても辛いかもしれないけれど、流しちゃダメだと思う。お姉さんを追い込んだ人達には、しっかり責任を取らせなくちゃ――」


 思い返せば、やっぱり喉元がひゅーひゅー鳴って呼吸が浅くなった。あの時の視線が怖い。もう一度、あんな風に見られたら。無造作に悪意を投げ放たれたら。


 そう思った瞬間、冬君が手を繋いでくれた。すーっと酸素が流れていくような感覚。まるでウソのように、呼吸をすることができる。

 と海崎君が口を開く。


「あの時、僕達は何もできなかった。でももう、あんな想いはしたくありません。

ようやく下河が外の世界に出られたのに、そのささやかな幸福を踏み潰す権限は、誰にもないって思うんです。だからこそ、友達のためにできることは何でもしたいってそう思ってます」

「だね。ひかちゃん、私もそう思うよ。もう後悔したくないもんね」


 海崎君、彩ちゃんの言葉に、瑛真先輩も――今日来てくれた、全ての人が優しく、頷いてくれていた。


「大地さん。私たちさ、上川君にも雪姫にも甘えすぎていたのかもね。上川君が支えてくれることで満足してた。でも本当に必要なのは、親として私たちがどうすべきか。そういうことよね?」

「……雪姫と向き合って話してなかったんだな。上川君と、雪姫に教えられるなんて、これじゃ親失格――」


「そんなことない!」

「そんなことないです」


 私の言葉と冬君の言葉が寸分違わず重なって、思わず見合わせて苦笑が溢れた。


「お父さん、お母さん、あのね。私は自分の気持ちが言いたかっただけなの」


 言葉を切る。深呼吸をする。

 変わらず、この手に冬君の温もりがある。不安はある。でも怖くはない。

 



  ――あなたは一人じゃない。冬希が一人にさせない。




 本当にルルちゃんがそう思っているかどうかも分からないのに。でも、冬君は私を見てくれている。傍にいてくれる。それだけで胸が暖かくなる。

 だから、私は本音をただ言葉にしたら良い。ただ、それだけなんだ。


「お父さん、お母さん。私ね冬君と――みんなと学校に行きたい」





■■■





 お父さんもお母さんも優しく笑んでくれる。心の底から嬉しそうに。見れば、周りのみんなも同じような表情カオをしていた。


「雪姫」


 お父さんが私の名前を呼ぶ。


「ゴールデンウィーク明け、スクールカウンセラーの先生と最後の面談があるんだ。一緒に行こう?」


 私はコクンと頷く。当たり前のように、冬君の手を引き寄せて。


「ゆ、雪姫?」

「冬君が一緒なら、がんばれるよ」


 みんなが、どんな感情カオを浮かべていても、どうでも良いぐらい、私は冬君しか見えていない。


 自分の気持を言えた。


 誰にも理解されなくても良いって、ちょっと前までは思っていたのに。

 あなたは、そうやってどんどん私の手を引いてくれるから、外の世界に踏み出せる。

 息ができなくなっても。当たり前のように、あなたは私を呼吸させてくれる。



 ――あなたは一人じゃない。冬希が一人にさせない。


 本当にそう。ルルちゃんの言う通りだって思う。だから、私は歩み出せるんだ。

 今は冬君の温もりを感じていないと、すぐに不安を感じてしまうけれど。でも、怖いとは思わない。歩み進めることを躊躇わない。


 どんな視線を向けられても、どんな言葉を投げられても。歩むだけ。冬君と一緒に進むだけ。


(だって冬君がいるから――)

 私はもう歩み出すことを躊躇わない。






________________


【とある猫たちの会話】



「クロいるか」

「へい、ルルの親分。ここに」

「雪姫嬢を追い込んだ奴らを調べとけ」

「承知しやした」

「……おい?」

「へい?」

「それは雪姫嬢が俺にくれた煮干し!」

「固いこといわないでくださいよ! 同じ釜の飯を食べた仲間じゃないですかー」

「それにしても、すっかり甘い匂い漂わせるようになっちゃったね」

「お兄ちゃんの言葉、届いていたみたいだし、良かった良かった」


 ――雪姫嬢は一人じゃない。相棒が一人にさせない。

 俺はつい上機嫌に尻尾を振ってしま――う?


「ティア、モモ? なんで俺の煮干し食ってるの?」

「煮干しって結構美味しいわね。私、初めて知ったわ」

「湊ちゃんが出してくれるのより、高級なヤツだよー。美味しいね、お兄ちゃん!」

「お、俺の煮干し……」

「はいはい、あとで可愛い二匹と、可愛い子分が慰めてあげるから」

「あにゃーん」

「クロ、お前はいらない」

「がーん!」

「今度、どこかで煮干しを頂戴してくるからさ。ルル、イジけないの」

「俺は雪姫嬢の煮干しが良かったの!」

「お兄ちゃん、子どもみたい」

「うるせー。返せ、俺の煮干しー!」

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