閑話5 シンデレラの魔法は終わらない
「お楽しみ会?」
「子ども会で頼まれたの。でも、私だけだとやっぱり自信がなくて。冬君にも手伝って欲しいなぁ、って。ダメかな?」
「雪姫は大丈夫なの?」
つい俺はそう言ってしまう。症状が落ち着いてきたとはいえ、雪姫は大勢の人を前にすれば過呼吸になってしまう。どうしても、過剰に心配してしまうのは俺の悪い癖だ。雪姫はそんな俺を見て、クスリと笑む。
「冬君が近くにいるって思うだけで、呼吸が落ち着くから。でも傍に居られる時はできるだけ、近くにいれくれる?」
雪姫にそうお願いをされたら、断る理由なんてなかった。
■■■
お楽しみ会は、想像を絶する忙しさで始まった。雪姫の絵本の読み聞かせだけで済むわけはなく。杵と臼で餅つきをすることもプログラムに入っていたので、その下拵えで朝から走り回っていた。
絵本の読み聞かせが終われば、今度は子ども達が餅をつく。チビちゃん達が上手くつけるワケが無いので、あくまで体験をするだけ。実食では俺達のついたあんこ餅を食べるというシナリオだ。
調理をしている間にビンゴ大会。そしてお楽しみの、お餅パーティーとなるわけだが。
俺は集会場の外から雪姫を見やる。
今日は朝から体調が良い。呼吸の乱れも感じられない。見知った子達ばかりだから当然なのだが、だからこそ――俺が入る隙間はないと、ついやさぐれた感情を抱いてしまう。
「ふふ。可愛いでしょ、雪姫ちゃん?」
と子ども会役員のお母さんが、声をかけてくれた。
「そうですね」
素直に頷く。今日の読み聞かせは、女の子のためのお姫様特集だ。雪姫はシンデレラをイメージしたドレス、それにティアラを身に纏っている。着替え終わった直後、
――がんばって。
――冬君もムリしないで、ね。
たったこれだけしか今日は言葉が交わせなかった。イジケているわけじゃない。ただ、ちょっとつまらない。そう自分自身に言い訳をする。
何回か手伝っている、子ども会のボランティアも嫌いじゃない。ただ雪姫と今までは一緒に行ってきたのに、今日は別々で。それがドコとなく釈然としなくて――。
(子どもか)
小さく息をつき、杵を振り下ろす。
「ちょ、ちょっと、上川! 危ないから! 僕を叩き潰すつもり?!」
見れば、合いの手をしてくれていた海崎の脳天を叩き割るところだった。
「あ、ごめん」
「ゴメンで脳天割られたら、シャレにならないから!」
「海崎の味噌和え、一人前?」
「誰がそんなスプラッタ食べるんだよ!」
お互いケタケタ笑いながら、作業を再開する。集中しなくちゃ、そう思う。
目を細めながら、雪姫が絵本を読む姿を眺めて。
と、目と目が合った。ふわりと雪姫が微笑む。
――ケガしないでね?
雪姫にそう言われた気がしたので。
――大丈夫。雪姫もがんばってね。
そう念じる。雪姫の頬が緩んだ気がした。俺はそれだけで満足で。自分自身の頬が緩むのを感じる。
(本当に、俺って単純だ)
俺は、今度は気持ちをこめて杵を打ちつけた。
雪姫の読み聞かせが終わって。
今度は、男の子と女の子、それぞれ入り混じってダンスを踊る。
雪姫と一緒に踊るのは、他校の高校生。
俺は、杵を振り上げる。
餅をつく。
それだけを見て。
合いの手を見て。
それしか見ないように、意識を落としながら。
――本当に、俺って単純だ。
■■■
「疲れたぁ」
怒涛のように過ぎ去った一日を、思い返して。なんだかんだ言って、子ども達が嬉しそうに笑ってくれたのは良かった、そう思う。
「冬君、お疲れ様」
にっこり笑んで、雪姫がホットミルクを淹れてくれた。こうやって、雪姫の家でティータイムをするのが最近の日課――当たり前になってきた。
普段使わない筋肉を酷使したので、すでに腰が痛い。まるでおじいちゃんのようだ。いや、餅つきでいえば、人生の先輩方にはかなわない。助っ人で来てくれた町内会役員の面々の職人技を見た後なので、なおさらそう思ってしまう。
と、顔をあげると――俺は硬直した。
雪姫が、シンデレラのドレスのままマグカップを差し出したから。
「雪姫?」
「……ちょっと恥ずかしいけど、しっかり冬君に見て欲しくて。借りてきちゃった」
クルッとターンして。ふわりとスカートが舞う。
「どうかな? そんなお姫様ってガラじゃないのは分かっているけど……」
「可愛い――」
もう少し気の利いた言葉が出たら良いのに、と。そう思っていると、雪姫がドレスのまま俺の膝の上に乗ってきた。
「ゆき?」
イタズラをこれからする子どものように、ニッと笑う。
「今日の冬君が寂しそうだったのと、甘えたそうだったから」
「そんなこと――」
「ない?」
じっと雪姫に見つめられたら、言葉に詰まってしまう。雪姫の言う通り、面白くない感情を今日一日ずっと渦巻かせていたから。
「私は冬君ともっと過ごしたかったけどね」
躊躇いもなく雪姫は言う。それからね、と言葉を続ける。
「子ども会のお母さん達が冬君にごめんね、って」
「え?」
「冬君に餅つきを手伝ってもらった方が、絶対作業がスムーズだって思ったらしいの。他のボランティアの子はあまりあてにならないって判断で、今日の配置になったから。だから今日、成功したのは冬君達が頑張ってくれた結果だって思うよ? それに、私もずっと冬君が応援してくれたから、頑張れたと思うし」
「うん、雪姫が頑張っていたと思うよ」
「だったら。私、ご褒美をもらっても良いよね?」
「ご褒美?」
俺は目をパチクリさせた。
「シンデレラは時間になると魔法が溶けちゃうから。それまで、王子様がずっと付き合ってくれなくちゃ」
クスクス笑って、雪姫は俺の手を引く。
リビングで、雪姫が歌を口ずさみながらダンスを踊る。お楽しみ会で、雪姫と子ども達、それから名前も知らない彼が踊っていたダンスを――。
俺は呆気にとられながら、雪姫に合わせてダンスを踊る。雪姫の足を踏まないように、必死になりながら。
「おかしいでしょ?」
「え?」
「たかが子ども会のイベントなのにね。踊ってくれた人が冬君じゃないってだけで、こんなに落ち込んで。自分でもバカみたいだなって思っちゃった」
「いや、バカなことなんか――」
「それに何を勘違いしたのか、あの人、私のことをどさくさに紛れて好きだって言ってきたのよ?」
「……」
まただ。仄暗い感情が渦巻いてしまう。俺って、なんて狭量なんだろうと思う。
「冬君達がまだ頑張ってくれているのに。本当なら、ドレスなんか脱いで、冬君達を手伝いに行きたかったのに、そんなことまで言われて。もう心底イヤになっちゃった。でもチビちゃん達の餅つきを手伝ってる冬君を見たら、ね。また魔法をかけてもらった気がしたの」
「え?」
「私の王子様は、ココにいるんだって思ったから。王子様は踏ん反り返るんじゃなくて、みんなを楽しませることを考えてくれていたんだ、って。そう思えたから」
そんな褒められるようなもんじゃなかった。ただ面白くなくて、寂しくて、だから耳を塞ぐように。目を閉じるように一心不乱になっていただけだから。
でも、と思う。沈黙のなか感じる雪姫の体温が、心地よかった。トゲトゲした感情が、溶けて消えていくのを感じる。魔法をかけてくれたのは、むしろ雪姫の方だ。そう思う。
「……あ、あのさ。その彼にはなんて答えたんだ?」
恐る恐る口にした言葉は本当に情けないと、自分でも思う。
「間に合っています、ってちゃんと言ったよ」
にっこり笑って、雪姫が胸に飛び込んできた。
差し込む夕日が朱色に、リビングを染める。
影と影がのびる。
ほんの少し、触れるだけ。ただ、それだけなのに。
魔法がたしかに、つながって。
熱くて、暖かい。しばらく醒めない魔法で胸がいっぱいになって。
影がもう一回、のびる。
一回だけじゃ足りなくて。
その唇から、吐息を漏らしながら。無音の魔法が何度も何度も紡がれた。
――シンデレラにかけた魔法は、終わらない。
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【あとがき】
実は今回の閑話は
他サイト ユーザー自主企画に参加しようと思って書いたのですが、
君呼吸もここまで連載していると、
初めての方には分かりにくいなぁと思ってボツにしました。
供養(笑)でこちらに。
主催・藍緒様の『ちょっとしたパーティー』の企画概要はこちら。
①使い道の少ない服 (種類は問わない)を登場させる。
……服がきっかけの企画なので、よろしくお願いします。使い道、知りたいよう!
②『ちょっとしたパーティー』の規模などは、作品の世界観により異なると思いますので、こちらで定義はしません。
以上、引用終了。
この企画概要を見た時に
冬×雪姫を思ってしまったのですが。
うん、書いたら上記の通りと思ってしまたtので、ボツ。
やっぱり、こういう企画は書き下ろしが良いですね。
この企画に興味があるかたは
ノベルアップ+様で『ちょっとしたパーティー』で検索してみてくださいね。
ボツネタその2としては……。
その後、バニーガールに着替える雪姫さん、なんてプロットもありましたが
(お母さん方が「絶対似合うから」「上川君、メロメロだから」との後押しをうけて)
でも、理性を抑えられない冬君しか想像できなかったので、
書くまでもなくボツにしました。
ちょっと後書きが長くなりましたね。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。
それでは最後は子ども会の皆さんと一緒に
「「「アップダウンサポーターズ!」」」
はい、ありがとうございました。
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