第8話 「ごめんなさい」

 山の奥の、壮大な大自然。


 木々は茂り、川の水は澄んでいる。


 そして何より、そんな美しい場所において、全く似つかわしくない異物が紛れ込んでいた。


「オン アロリカ ソワカ」


「オン アロリキエイ チリベイ ソワカ」


 寺である。


 寺の中から、坊主達の念仏が聞こえてくる。


 え、ここが目的地なの?


「そう」


 ここに美津子がいるってこと?


「……」


 タタリちゃん……?


「いもうと、もうこの世に、いない」


 え……?


 どういうこと、とタタリちゃんに聞こうとした。


 しかし、タタリちゃんは更に寺の奥の、茂みの中へと進んで行った。


「ついてきて」


 俺は嫌な予感をひしひしと感じる。


 美津子、お前に何があったんだ?


 俺がいない間に、一体なにが――


 しばらく移動したその先、水が高いところから落ちる大きな音がする。


 ざぱぁーーと、鳴り止むことが無い。


「たきつぼ、わたしが、生まれた」


 川の先が、崖になっている。


 その下を覗き込むと、大きな池のようになっていた。


 明らかに高く、人が落ちたならただでは済まないだろう。


 ん……?


 背中がぞくりと震える。


 ただならぬ気配なんてもんじゃない。


 滝壺から漂ってくる強い怨念。


――なんで俺が


――呪ってやる。呪ってやる


――父さん母さん、助けて


 い、一体何なんだ、この滝壺は……


 タタリちゃんがこれをやったの……?


「……」


 タタリちゃんから、静かな怒りを感じた。


「わたし、じゃない」


「オン アロリカ ソワカ オン アロリキエイ チリベイ ソワカ」


 突然、念仏を大人数で唱えながら、近づいてくる集団がいた。


 お坊さんたちがここに近づいてくる……?


「隠れて」


 俺とタタリちゃんは、木々の茂みに隠れる。


 坊さん達は、崖の前で立ち止まると、一番偉そうに着飾った爺さんが宙に向かって話しかけた。


「祟り神様のお力によって、我らが怨敵、藤木道秀は地獄に堕ちました! 新真宗一同、深く感謝し申す!」


 俺は驚き、目を見開く。


 藤木道秀は、俺の一番上の上司――つまり戦での総大将を務めていた人物であった。


 そして、優れた軍略と采配によって、勝利まであと一歩というところまで敵を追い詰めたのだが、突然の発作によって命を落とした。


 そのせいで敵に押し返され、結果、俺は負け戦で命を落とすことになる。


 え……それって……


「助くん……死んだの……わたしの、せい……わたしが、その男、ころしたから……」


 そういうことになる。


 総大将の突然死のせいで、俺は……


「ごめんなさい」


 ……いや、タタリちゃんのせいじゃない。


 俺は坊主達を見る。


 滝壺に漂う怨念


 祟り神を信仰する坊主達


 危険な集団であることは明白だった。


「しかし、我らの敵は藤木道秀だけではなかったのです! その息子までもが、我々に宣戦布告し、寺院の一つを焼き討ちしたのです! さあ、御覧ください。これが新たな生贄です」


 坊主集団の中から崖の前に出てきたのは、幼気な少女だった。


「ん~~! ん~~~~~ん!」


 口元と目元は、白い布で巻かれていて、体は縛られ、身動きが取れない状態だった。


 生贄……それってまさか……


「さあ、我らが願いを叶え給え! 我らが敵を、地獄の底に堕としたまえ!!」


 その瞬間、少女は崖から突き落とされた。


「んんんんんんん!!」


 とっさの判断で、俺は駆け出す。


 崖から飛び降り、落ち行く少女の手をつかむ。


 新スキル――ポルターガイスト!!


 すると、突然、少女の落下が止まった。


「生贄が!?」


 驚く坊主達。


 俺は、少女をつかんだまま崖下の地面までゆっくり降り、少女を降ろした。


 スキル、ポルターガイスト


 今度は少女を縛っていた布や紐を外し、自由にする。


 早く逃げて


「な……なんだかわかんないけど、ありがと!」


 少女は見えもしない俺に向かって感謝し、逃げ去る。


「ただの亡霊風情がぁああああ!! 人助けしたつもりか?? アホンダラがぁああああああああああ!!!」


 偉そうな坊主がブチ切れ、俺の方に向かって叫んでいた。


 俺が見えるのか!?


「虫けらから人生をやり直せ!!!! リン トウ ビョウ シャ カイ ジン レツ ザイ ゼン キィエエエエエエエエエエエエエエ!!!!」


 手に持っていた数珠を投げつけられる。


 直感的に、あれに当たるとヤバいと理解する。


 くそ、避けられない――


「させない」


 瞬間、タタリちゃんが、俺の盾になって、かばってくれた。


 タタリちゃん、たすか……?


 ……え?


 俺はこのとき、まだ知らなかった。


 ケガレとは何か、ということに

 



















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る