第13話 感動の再会
「レベッカ! ごめんね!? 心配かけちゃって本当にごめん!!」
「姫様、ご無事で何よりです……!!」
人目につかないで男子寮から女子寮に通じる道をアーノルドに教えてもらい、エルトゥールは一目散に帰った。
藪から飛び出したところで、待っていたレベッカと顔を合わせ、思わず手に手を取り合う。
「昨日、カフェで仕事終わりに倒れちゃったみたいで。『親切なひと』に助けてもらって、介抱してもらったんだけど、疲れすぎて寮まで帰りつけなくて。あの、今日は気を付けるから」
「『親切なひと』!? 姫様、何かこう、お体に異変とか……、本当に何もありませんか?」
レベッカは、エルトゥールが女性であることを隠して働いている事実を知っているだけに、心配でならないらしい。親切を装っただけの相手に、どこかに連れ込まれていたのかと、悪い想像をしているのが表情に出てしまっている。
「本当に大丈夫。カフェの先輩で、面倒見が良い方なんです。とても、とても『親切なひと』だから……。私のことは良いの。それより、昨日私が帰ってくると思ってずっと待っていてくれたんだよね。寝ないで。悪いことしちゃった……。ごめんね」
待っていると知っていたはずなのに、なんの連絡もできないまま、自分はしっかり寝て健やかに目覚めているのがひたすら申し訳ない。その思いから、エルトゥールはひたすら謝る。
レベッカは「気にしないでください」と微笑んだ。
「徹夜といっても、夜の間は部屋の窓辺でうとうとしていたんです。朝になってから、どこかで迷われてしまったのかと寮の周りを見ていたんですけど、ジャスティーン様とばったりお会いして」
「ああ、うん」
レベッカの口から出てきた名前に、エルトゥールは頬を引きつらせた。
言葉少なになったエルトゥールを不審がることもなく、レベッカはどこか夢見がちな様子で続ける。
「公爵令嬢でアーノルド殿下の婚約者という立場にありながら、本当に気さくな方なんですよね……。私は今まで、遠くから見ているだけでしたけど。私の名前をご存知で『レベッカ、どうしたの? 探し物?』って、ジャスティーン様から声をかけてくださったんです。それで、私、本当のことを申し上げることもできませんので『隠れて飼っていた子猫の姿が見えなくて』と咄嗟に嘘を言ってしまったんですけど」
(レベッカのごまかしは、適切だと思います。猫のモノマネで私はすべてを乗り切ってきましたから……!)
レベッカはさらに、空を見上げて指を組み合わせる。その視線の先に見えているのは、あの美しき公爵令嬢ジャスティーン様なのだろうか。
「『なるほど。その件は私がどうにかするから、少しお休み。可愛い子猫ちゃん』って、私に請け合ってくださったんです……。『きっとすぐにその辺の藪から出て来るから、あまり心配しないことだよ』だなんて。ああ、もう、あの麗しのジャスティーン様にまさかそんな風に言って頂けるなんて……。ときめき死するかと思いました」
頬を薔薇色に染め、目を潤ませてうっとりとしている。
その様子をぼんやりと見守りながら、エルトゥールは「死なれると困りますので、死なないでくれて良かったです」と呟いた。
レベッカは、なおも熱の入った調子で語る。
「まさに文武両道で、あの美貌。それでいてよく気が利いて、誰に対しても分け隔てなくお優しくて。どちらかと言うと、男性よりも女生徒に人気のある方ですけど。何せ、あのアーノルド様の御婚約者ですからね。見ているだけの高嶺の花。言葉を交わせただけでも幸せです、一生の思い出になります……」
「うん。ありがとう。ものすごく迷惑かけたなって申し訳ない気持ちでいっぱいだったけど、今の話を聞いたおかげで私も少し安心した。レベッカも悪いことばかりじゃなかったなら良いんだ」
ジャスティーンが、学院内で憧れの的のような存在であることはびしびしと伝わってきた。
文武両道ということは学業的にも優秀で、身分も高く、王子様にお似合いの婚約者で、美人。
(性格も悪く無さそうな印象でした。今日も、「猫」の芝居に付き合ってくれていて、もしかしたら助けてくれたかもしれないですし。でも、さすがに婚約者のベッドにいた女を、そうと知って許してくれるとは思えないんですが……)
たとえ「何もなかった」ことをジャスティーンは信じてくれても、周りは許さないだろう。
今後は気を付けよう、と決意を新たにする。
仕事は続けていきたいし、毎回倒れるわけにはいかない。どうにかうまく乗り切らねば。とにもかくにも、まずは体力をつけて。
「それでは、姫様。寮のお風呂場、朝は閉鎖されていますけど、温泉をひいているのでいつも温かいですし、こっそり入れますから。身支度を整えて朝食に向かいましょう。本当にご無事で何よりです」
慣れない寮生活でも、何かと抜け道を知っているレベッカに助けられる。
二重生活の昼の部、学生生活の始まりだった。
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