第57話 悪夢

 部屋のベッドの上で考え込む。5年が経った。

 海以外にそろそろ勘付く人が出てくると思っていたが、ヤンになるとは……

 正直想定外だ。俺の中では最も真実に気付けないであろう人物と認識していたが、恋愛相談のせいで違和感を覚えてしまった。完全に俺のミスだ。


 今日話したことは俺の異常性のほんの一部、ヤンにはある程度の事は教えるが、マティルドはなんであの時話したのかは分からない。教えてもなんら問題はないと思っていたが、別に部外者におしなくてもよかったのでは?自分に対して疑問が生まれてくるが、既に起きってしまったことだ、忘れよう。

 今日は精神的に疲れたので、夕飯を食べず眠ることにした――――――


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 最近よく夢を見るようになった。ジェントルメイデンとして活動すると、依頼人の幸福な未来、もしくは不幸な未来を見たことがあったが、現実に反映された事は一度もなかった。数多くはすぐに忘れるしね。最近はいい夢を見ていた自覚がある。朝起きた時の爽快感が普通の目覚めと違うから。

 でも今回はこの夢の登場人物でありながら理解した、これは夢だと。


 例え理解していても俺の体は一向に起きようとしない。疲れ故か、この記憶のせいなのか。トラウマ、黒歴史、ともかく嫌な思い出が夢に出てくるのは珍しい事ではない。目の前に映し出されている物も、5年前の時と一緒だからね。


 俺は幽霊みたいに、第三者の様にこの映画のワンシーンを傍観している。

 10人を超える女子と、その真ん中に倒れている少年。遠くからは見えないが、じっくり観察すると彼には無数の切り傷が与えられていた。勿論周りの女子が先生などに見つからないようその少年を囲んでいるけどね。

 少年の目から見たら、隠しているのではなく、逃げないように折を作っているように見えるだろう。


「あははははははははははは」

「情けなーい」

「あはっ」

「臆病者」

「面白ーい!」

「何か言うことはないの?男でしょ」


 笑い声が聞こえた。複数の女子が少年を馬鹿にする、からかう。

 少年は抵抗しない。だから彼女たちは続ける。

 抵抗しないことは時に、挑発に見えることもある。そう『君達が行っていることはそよ風程度にしか感じない』みたいなね。だから状況は悪化して、女子達の行動はより激しくなる。そう虐めのように――――――


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「はっ!!!」

 

 眼が覚めて思う、何故恐怖が一番人間の心の中に根付くんだろうと。

 ベッドは俺の汗でびっしょり。すぐにシャワールームへ行き心を落ち着かせる。


「…………ヤン達に喋ったせいで思い出したくもないものを思い出してしまった」


 シャワーを浴びながら呟く。生物は自分に起きた出来事から進化、あるいは退化したものが多い。俺は未だに過去に起きた出来事を引きづっているのだろうか?

 あれが起きなければ、今の俺はいなかった。だがそのせいで俺が求めていた普通も消えた。


「……消えないな」


 時間が経って消えた傷も数多くあったが、まだ治っていない、あるいは死ぬまで残る傷は俺の体に刻まれていた。

 マティルドとの恋愛相談で情報の人質と称して見せたのはこの体に残されていた傷だ。普通の男子高校生にアニメのキャラみたいな瘢痕があるわけない。


 シャワー室から出て、自分の顔を鏡で見ると――――普段と何も変わりなかった。別に精神的問題は表に出るわけではない。でも鏡に映し出されている自分の姿を見ると、思わず望んでしまう―――なんで俺はんだろう。


がいなければ、生まれていなかったら!!あの時も!あの時も!あの時も!あの時も!!!最良の選択をしていれば!!全部全部!僕のせいだった!!もう過去に起こった事はあってはいけない……僕が傍観者として、ジェントルメイデンとして皆を平等に助けなくちゃいけないんだ…」


 後悔の念が、自分への憤り、そして俺と何かしらの関係を持っている人たちへの憐み。『あぁ、彼らはなんて可哀想なんだろう』、そう思わずにはいられない。友達に平等なんてない。必ずしや一人、もしくは複数人が他より優先されている。それが親友だ。僕は親友を持っていた、だけど気付いてしまった。他人と仲良くなる程、その人達に火の粉が降りかぶさるということを。

 だから僕は狂ってしまった。自分でも分かる、心の中のどこかが常人とは違う何かに変わってしまった。欠落かもしれない、無関心かもしれない、生と死についての捉え方かもしれない。だから続けなくてはいけない――――これは贖罪だ。


 5年前起きてしまった事に対して、それをジェントルメイデンとして贖わなくてはいけない。だからまずはマティルドの『幸せ』を手に入れる。

 顔を上げて鏡を見ると、そこにはいつもと同じように笑顔を浮かべているが写っていた――――




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