第56話 第三の選択肢

「前回同様、私は部外者だから何も変えられないと…か。なら私の目的は変わらないわ、アシル君と付き合うことそしてそのに淵君と友達になること!」


 心の奥底では分かっていた、マティルドは頑なに俺と友達になろうとしている。

 そして嘘をついていることを暴露しても、まだ諦めていなかった。何がマティルドを衝き動かすんだろうね。


「ぷっ、あはははは。マティルドはずっとそのままでいてくれ、多分それが君のカリスマを発揮させるんだろう」


 無意識に人の心を掌握してしまう魅力、その本性がただ仲良くなりたいという理由とは…実に彼女らしい。これはアシル君攻略の際大きく役立つだろう。

 マティルドがいるとこの場に留まっていた重たい空気が、浄化されるように消えていくのを感じる。


「話の続きをしようか。俺は恋愛相談を持って来る相手と話をして、ある方針を決める。一つは俺がその人の恋愛の手綱を握って攻略すること、つまり俺の操り人形みたいに、一つ一つの動き、話題を調整してもらうから思考放棄だな。もう一つはその人物を全く手伝わない事だ」

「依頼してきたのに手伝わないの?」

「可能性は二つ。既に出来レース状態の恋愛を、本人が恥ずかしいだけで解決しないものなんて考える必要もない。告白の場所と時間を紹介してやれば、後は本人が勝手にやってくれる」

「いや、それだけで結構ヤバいと思うんだけど……それでもう一つの可能性は?」


 何故かマティルドに若干引かれているが気にしない。

 ヤンなんてさっきからだんまりだから、いつ会話の中に入ってくるのか分からないから怖い…


「当人の二人を見ただけで、俺の勘が無理だと言っている人物達はもう諦めている。勿論勘だけじゃ当てにならないから、ちゃんと調べて最終決断を行うよ。だからそういう態度を取ってしまった相手には嫌われているんだよ。具体例と言ったら、すぐ横にいるヤン」

「えっ、ヤン君もそれが理由で淵君と喧嘩していたの?」

「そうであってそうじゃねぇ。面倒な話になっちまうし、これは俺の問題だ、頭を突っ込まない方がいいぜ」


 ヤンは静かに怒っている。だが俺の目にはその怒りは俺へ向かってではなく、自分へ向けているような気がした。


「はいは~い、それじゃあ質問た~いむ。今言った物の中で、マティルドは何処に部類しているでしょうか?」

「………どれにも当てはまらないんじゃない?」


 まぁ分かるよね。明らかにマティルドとしている恋愛攻略とは別ジャンルなのだから。


「その通り。良かったねマティルド、これで君が3人目だ。第三の選択肢、【ジェントルメイデン】と依頼主のコンビで攻略という博打」

「それだけじゃ分かんねぇだろが、詳しく説明しやがれ」

「そう急かすなって。つまりボードゲームみたいなものさ、ただし現実で起きるというのが大きな違いだけど。俺はゲームマスターで、物語を俯瞰し、プレイヤーであるマティルドを導く者さ」

「……操り人形になることと、この選択肢の違いはプレイヤー、つまり私の自由意思があるかどうかね?」


 理解が早い人は素晴らしい、詳しい説明をせずとも話が滞りなく進んでいく。ヤンは考えるのを止めているようなので、結局説明しなくてはいけないけど…


「操り人形は要は駒だ。俺は自分が好きなように駒を動かし、プレイヤーのことなんて一切考えない。それが最良だと思うから、終わりよければ全てよしの考え方で動いている。今のところその方法でいちゃもんを付けられたこともなかったしね。今回は違う、俺は君に大雑把な指示みたいなものを出すが、最終的に決めるのはマティルド自身だ」

「具体的にはどういう指示なの?」

「例えば『アシル君と昼食を取りに行くべし』だった場合、場所、食べ物などはそっちが決めてもいい。弁当を作ってきたり、外で食べに行ったり、好きの方法を選べる。勿論今回は例えのためだから比較的簡単なものを取ったが、次から送られてくる指示は頭を悩ませるものが多数あるぞ」

「分かったわ、つまり臨機応変に行動せよということね」

「そうだね。大通りは教えてあげるけど、どこを通るかは君次第ってわけさ。あっ、言い忘れていたけど、たまに指示の中にやり遂げなくてはいけないものを書くから」

「ほぇ?」


 臨機応変に行動しながら俺の指示には従うと言う、頭を使うような作戦なのに、付け加えてやらなくてはいけないリストが出てきたら変な声も出るだろう。


「そこはもうマティルドの頑張り次第、ついでに限度はキスまでだから大丈夫。その先の事は、当人たちがお互いに中を深めあって決めることだから、俺は介入しないよ。というか付き合ったら恋愛相談しないし」

「き、キス?!そ、そうよね。うん、キスぐらいならまだなんとか……」


 悶々としながら、顔を赤くして頭をぶんぶん回している。いや、キスでここまで赤面するとは……高一年生にしては初心すぎやしませんか?中学ではお嬢様学校とかに通っていてとでも?……いや、無いな。


「だがアシルの野郎に嘘を付いているお前をどう信用しろと?」

「あーあれは言い方が間違っていた。俺にとってアシル君の相手は、俺の知り合いと接している時と同じだから、嘘を付いていると言ったんだ」

「どういう意味だ?」

「つまり俺が君たちに嘘を用いるときに使う表情や話し方を使っているということさ。おっと怒らないでくれよ、人間誰しも己れを守るためか、他人を守るために嘘を使っているんだから。それにアシル君とは幼馴染以外の皆と同じ態度で接するから、この件が終わったら友達(仮)を止めると言うわけじゃないよ」

「……気に食わねぇやり方だな」

「お好きにどうぞ、俺にはこれしかなくてね」


 恋愛を除いて、俺に出来ることなんてない。才能というものは、幅広く浅くではなく、狭く深いということだ。俺のは才能でも何でもないが、これで人の役に立てるのならば、喜んでこの脳細胞を活性化させよう。


「ちっ、今回は納得しておいてやるが……手紙の事忘れるなよ?」

「あぁ分かっているさ、マティルドの件が終わったらな」

「何のこと?」

「こいつが俺にエッチな本をくれるんだと」

「おい!誰がそんな事言った?!」

「きゃぁぁ~淵君のエッチ~」

「分かっているのに茶番を始めるな!」


 案外この二人は相性がいいな。こんなことでそれを知りたくなかったけど…

 おかげで真剣な話は終わったような雰囲気を出してくれた。


「じゃあそろそろ時間だし、各々早めに帰るようにな。マティルドさんは車が到着していますよ」

「敬語になっているということは、今日はここまでのようね。待たせるのも悪いし、今日は早めに帰るわ」

「俺もそうさせてもらう」

「じゃ」

「Bye」

「……あぁ」


 ヤンそこはちゃんとさよならしろよ……五歳児かよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る