第49話 作戦内容 序盤(3)

 俺も難しいと思うよー、何も知らず明け渡された行動を実行に移すことは。

 最初だけだろうがね。不安も焦燥も、関係が強固になるにつれ無くなっていくだろう。

 マティルドは俺が指示することを実行することは、一本勝負だと主張しているが、逆に恋愛で何度もチャンスが掴めるとでも?


「マティルドは少し恋愛を舐めていないか?」

「舐めてなんて―――――」

「恋愛でのチャンスの数は限られているんだよ。関係が長馴染み、もしくは親友、友達、家族のどれかに属していなかった場合、他人だよ。打ち解けるには時間がかかる、それにはきっかけが必要だ。出会いのためにも、親交のためにも、そして愛のためにも」


 恋愛を舐めていると言ったが、別に怒っているわけではない。子供が将来、悪いことをしないように、説明する親の様にマティルドを諭している。淡々と言っているせいか、マティルドは緊張しちゃったみたいだけど。複数の顔を使って会話すると、相手側はいつも反応しちゃうんだよなー。


「舐めているとは言いすぎだが、マティルドの持っている知識じゃ、君の恋が叶う確率は0%だ」

「………………」


 マティルドは俺の話が終わるまで、頭の中で俺の言葉を噛み締めるつもりなんだろう…何も言い返さず、集中した顔で耳を澄ましている。相手を怒らせる発言を何度も言った俺は、罵倒されようが、暴力を振るわれようが構わないけどね。


「……怒っているわけじゃないから、だんまりしなくてもいいんだよ」

「たまに淵君が分からなくなるわ、後機械みたいに喋り始めると怖いわ……ドン引きするわよ?」

「したいならどうぞ」

「……最初の淵君ならツッコんでいたのに、今回は受け流したわね。むーつまらない」

「いや子供じゃあるまいし…」


 俺は玩具か何かかな?!マティルドを笑わせるために生まれたわけじゃないんだけど……


「話を戻すと、私には経験と知識がないから、その時にできる最善を尽くせということで合っているかしら?」

「経験は俺もないけどね。要約するとそういうことになるね。別に俺の操り人形になれって訳じゃないでしょ?」

「当たり前でしょ!そんなこと言われていたら、淵君の事殴っていたかもしれないわ!」

「さらっと怖い事言うね?!俺暴力はいけないと思う!」

「冗談よ、殴ったら私が傷を負う羽目になる可能性が高いもの」


 だろうね。初年漫画の主人公みたいに、殴り合って自分にダメージがない方がおかしい。

 ……それにしてもマティルドは他の依頼人と違って、純粋すぎるな。俺が嘘をついたことにも気付きもしないし……周りの人が放っておけないタイプの人だな。


「イベントと言っても、恋愛シミュレーションゲームみたいにそうほいほいと起こる訳じゃないからな、安心してもいい」

「なら私のか弱い心臓も耐えられるわね」


 この人自分でか弱いって言っている……実際、人間の心臓はイレギュラーには弱いが。彼女はアシル君に関しては、名前を呼ぶことすら覚束ないから、ファーストコンタクトが不安だ…


「と言っても俺の意志によって変えることはあるがな。あまりにも関係の進み方が遅かったら、いくら放任しようとしても背中を押したくなる」

「無理じゃん!私の心臓恋で死んじゃうじゃん!」

「大丈夫だ、心臓病を患っていない限り心臓の鼓動で死ぬことはない」


 緊張で気絶って言う話は聞いたことあるけど……ないない。

 マティルドならワンちゃんあり得るかもしれないけど…止めよう、怒る確率の低い物なんて頭の隅っこに追いやって、一旦忘れておこう。


「作戦と言える作戦はなかったね。全部最初のコンタクトでうまくいった場合、中盤戦に持ち込むための伏線だ。……最後に大事なことを聞く」

「…どうしたの改まって?」

「気分を害するかもしれないから先に謝っておく、君はアシル君に恋をしている間に告白されたらどう対応する?」


 押しに弱い人間は二種類によって分かれている。全てにおいて承諾してしまう人と、一つだけ芯が通っている人だ。芯が通っている人なら告白なんて物を振り切って、突っ走れるだろうが、マティルドがもう一方だった場合—―――


「……は~そんな単純なことを聞くの淵君?決まっているじゃない、私はアシル君が好き、そしてこの感情は私が諦めるまで消えない灯よ!だから例え最も近しい親友に告白されても、答えは全力のNOよ!」


 いらぬ心配だったようだ。彼女は俺が思っているほど弱くなかった。いいや、女性という存在は最初っから強かった。その尖った牙を抜いてしまったのは、男性だ。この21世紀になって、女性の立場は変わった。白馬の王子様を待つお姫様はもうどこにもいない――――――いるのは勇気ある恋する乙女だ。

 恋情はどこまで人間を奮い立たせられるのだろうか?答えは分からないけど、マティルドの赤い双眼は真っすぐこっちを見てくる。自分の意志を伝えるために、思いの強さの証明のために。


「あはははははは!!!あぁ、店内では静かにしなくちゃ。……愚問だったようだね、試すような真似をしてごめんね。俺にとってこの質問の答えを知ることは一種の楽しみなんだよ」

「淵君って恋愛に関するものって好きよね、いっそ恋愛博士にでも改名すれば?」

「無理だよ【ジェントルメイデン】は認知されすぎているし……」

「ほかに理由でも?」

「いや何も、というわけで今日はこれで終わり、解散!また学校で!」


 ――――この名前は不名誉極まりないけど、俺にとって宝物だから。

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