第32話 条件

 マスクの中にバターやクリームの匂いが付かないように、ミントのガムを口に入れてリフレッシュする。

 クレープを平らげて、次に行くところはどこか?

 現在の時刻は16時。思ったより時の流れは早かった。

 いや、多分楽しんでるんだと思う。外に出ることは多々あるが、こうやって服を見たり、お洒落なクレープ屋でクレープを食べる等、新しい事を経験する事に喜びを感じているから時間がこうも早く感じてしまうんだろう。


 俺はショッピングモール内での行動の仕方が分からないため、さっきからずっとマティルドの後ろを歩いている。自分で言うのもなんだけど、親鳥に着いて行っている雛鳥みたいだからちょっと恥ずかしい。他の人は何とも思わないだろうけどね。


「ねぇさっきから疑問に思ってたんだけど、なんで私の隣じゃなくて後ろを歩いているの?」


 気付くよね。俺も逆の立場だったらそう問うと思う。


「…公衆の場で、貴方みたいな綺麗な人の隣に並ぶと緊張する、と言ったらどうしますか?」

「……普通に嬉しいけど、やっぱり隣に並んで歩いてくれない?」


 どんなお世辞を言っても、結局並んで歩いて欲しいらしい。

 顔は真っ赤だけど……美少女で、告白されたことが多々あるのに、褒められることに慣れていないって妙なもんだな。

 並んで歩きたくない理由は他にもあるけどね。しょうがない、今回は折れますか。


「分かりました、今回だけですからね」

「最初っからそうすればよかったのに、本当に変ね淵君は」


 変はちょっとパワーワード過ぎない?

 俺のガラスハートに罅が入ったよ。言いたいことは分かるけどね。

 一人以上の人数で行動している時、大勢いない限り後ろに行く人はいないからね。

 ……後、緊張と恥ずかしいという事実は消えないから。自分の顔に熱が籠っていくのを感じる…それと呼応するように心臓がバクバク鳴っている。

 こういう時に人間は面倒くさいと思う。顔が赤くなる体質じゃなくて本当に良かった。


「変で結構。これが私ですから」

「そうね。まだ会ってから1日も経っていないから、淵君の知らないことがあるのは当たり前だけど」


 むしろ学校での俺を知っていたら、マティルドが俺にとって恐怖の対象になりかねない。それはさておき、一体どこに向かっているんだ?

 ショッピングモールですることと言えば、ゲーム、買い物、食事以外に何かあっただろうか?

 目的地について、素朴な疑問を持ちながら移動していたら…困惑した。

 いや言い方が間違っていた、訂正しよう。複数の感情が俺の中で渦巻いた。

 困惑、驚き、羞恥心、後悔、そして興味。カオスだった。


「着いたわよ、淵君。最後に私とを取っていただきまーす、イエーイ」


 一人で拍手しながら、最後に何をするか教えてきたマティルドは満面の笑みを浮かべている。してやったりというやつだな。まんまと罠に引っ掛かったというわけだ。

 別に嫌ではないが、男女二人っきりとなるとなー…羞恥心の方が勝る。でも、一度もやったことないから、やってみたいという興味もある。実に悩ましいが、俺に逃げる選択肢など最初っからなかったことを思い出して思考を放棄した。

 もうなるようになればいい。


「……いいですよ、一緒に撮っても」

「淵君ならそう言ってくれると思ったわ」

「ただし、条件付きでですが。まず、撮ったプリクラを他の誰にも見せないこと。次に、プリクラを家のどこか見えるところに飾らないこと。そして、最後に私と一緒にプリクラを取ったことを誰にも口外しないこと」

「いいけど、どうして?」


 理由なんて言い始めたら(主に私的な理由が)、終わらない。だから端的に説明することにする。


「今、俺とプリクラを撮ったことを見せるもしくは、話した場合、あらぬ誤解を招いてしまうのが一つ」


 真剣に話していると証明するために、一旦敬語は切る。多分、敬語を切らなくてもマティルドならわかってくれるだろうけど。念のため。


「もう一つは?」

「俺は君の事を信用しているが、信頼はしていない。これは、マティルドだけという訳ではないから安心してもいいよ。だから、俺に関する情報はすべて秘匿して欲しいだけさ。それか最初っから俺達の間には何もなかったと言う方が便利だけど、それを提案して受諾してくれた人はいなかったけどね」

「当たり前でしょ、私はまだ淵君と友達になることを諦めたわけではないからね」


 あぁ、君もみんなと同じ目をするね。生気が漲っていて、絶対に成し遂げるという熱意が伝わってくるよ。だというのにね。


「お好きに。それに、アシル君と付き合って部屋に招いたとき、他の男の写真が置いてあったら、嫉妬すると思うよ。だから、取っておきたいなら、例え家族が部屋の整理をしても見つからない場所でお願いね。俺にとばっちりが来るのは、ジェントルメイデンとして活動している時だけで十分だ」

「わかったわ、淵君がそう言うなら隠しておくわ。……約束もしたし、プリクラを撮りに行こうよ」


 これ以上の無駄話は必要ないか。俺もだいぶ緊張がほぐれてきて、人生初のプリクラを撮る心の準備が整ったよ。

 いざプリクラの中へ!!

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