矮性のガウラ

@apri_siin_

第1話 小さな天使

 「白入君、入りなさい。」

 天井のスピーカーから声が響く、俺、白入優はまだ閉まっている自動ドアの前で深く深呼吸をする。

 ごくりと真っ直ぐにドアを見つめ一歩前へ進めば、ガコン、という音と共にドアは光を部屋に満たしていく。思わぬ明るさで反射的に目を瞑る、目を開けなさいという上からの命令にそっと瞼をあげてみる。

 真っ白な部屋の中、体に見合わぬ白光りで輝く大きな羽根を持つ、子どもの天使が中央に小さく座っていた。

 天使に向かってゆっくりと歩を進める、天使は羽根で自分を守るようにしながらこちらを見据える。

 「これからよろしくね」

 俺は天使に目線を合わせるようにしゃがみ、真っ直ぐ目を見て微笑む。


 これは小さな天使と研究員の俺の生活記録だ。


 いわゆる2XXX年と表現されるこの世界では、日常的にAIとの戦争が起きており、人間は都市を中心として基地を築きAIの滅亡、衰退を目論んでいた。

 戦争に屈強な人材が送り込まれるのに対して、俺らのような下っ端研究員達は、政府に残った僅かな良心からか平和で物資の揃った地方に送られ、兵器の開発、そしてAIの基盤崩しの為に日々実験、プログラミングを強いられていた。

 地方は都心とは違いAIも平常で至って普通の生活をすることが出来たが、どうやら都心の方もAIからの攻撃が途絶えているらしい。政府はこれも作戦だと判断し未だ防衛線を張っているが、その行動を起こして1ヶ月近く経つが未だに攻撃の影も見えないようだ。そこからの行動は俺にはまだ知れていない、地方のラジオの報道だけでは得られる情報が限られるからだ。

 そしてAIからの攻撃がやみ2ヶ月、突如政府から俺らの実験所の元に、白い金属で作られしっかりとロックがかかっている大きな箱が届いた。配達票を見ると実験機材と書かれていたらしい。

 それと共に郵送された手紙には、この箱の中身はAIが作り送ってきた”物”で、保護とともに実験も並行して行って欲しいとの事だった。

 厳重なロックを慎重に解除していき、開いた箱から出てきたのは手足を拘束された寝ているような小さな子供だった。

 外に出し光が目に差しかかるとまるで人形のような睫毛を動かし、空き部屋にいれ拘束を外せば、人間のように気持ちよさそうに伸びをして背中から今までなかった大きな羽根を出した。

 研究所の人々はこれを天使と呼んだ。本当の名前は未だ不明だが、手紙を読む限り政府はこれを609と呼んでいた。

 最初は実験室のゲージと呼ばれる水槽のような全面ガラス部屋部屋で天使を保護し観察、研究していたが、その観察をするために触れた研究員に危害を加え続けたことから、今まで下っ端担当だった天使が巡り巡ってさらに下っ端の俺のところに来たのだった。

 さらに担当グループの所長は下っ端研究員だから多少傷付いても良いと判断したらしく、厳重な設備とロックのかかるゲージではなく、ロックも平均的、設備も平均的な俺の自宅での保護、研究を行うことなった。

 これが俺が聞かされた事の全てだった。

 初の接触を終えすぐさま帰れと指示される、いつもなら大喜びで帰路に着き仕事を放棄し家でぐっすり寝るのだが、今回はいわゆる在宅ワーク、そして人(?)の世話までしなければならない。

 天使と研究機材は研究所の方が自宅に配送してくれるらしい。俺は箱に同封されていた取り扱いマニュアルと小さなバッグだけ持ち車に乗りこみ研究所を後にした。



 8月15日 実験開始



 「おはよう、いやもうこんにちはかな?」

 箱から出て目を開けた小さな天使に本日二度目の挨拶をする、天使は喋りはしないものの小さくぺこりと会釈した。

 外は暑く車に乗ってきた俺でも汗でぐっしょりなのに、天使は汗をかくどころか暑がりもしない。暑くない?と聞けば首を横に振る。

 この子は発声機能を持っていない、らしい。そのため脳にあるAIの発する電波を直接コードに流し、機械で翻訳しなければ言葉を聞けないらしい。

 俺は天使に適当な椅子に座らせ項辺りの差し込み口にコードを刺していく、ちゃんとコードの差し込み口がある当たり、本当に人間に送るために作られたものらしい。

 機械が正常に作動していることを確認し、本当に翻訳できるのか、テストとして無難に本日三度目の挨拶をする。


 「おはよう」


 「おはようございます」という文字列がスクリーンに浮かぶ、第一関門突破だ。次は他の実験員もやったように質疑応答をしていく、俺に配られた冊子には言わなければいけない内容と、聞いてはいけない内容が書かれている。


 「君の名前は?」


 「言えません。」という文字列がスクリーンに浮かぶ、どうやらこの質問は前例通り答えてはくれないらしい。


 「……言いたくないのかな?」


 「いいえ。」という文字列がスクリーンに浮かぶ、どうやら言ってはいけない事情があるらしい。俺は今度は冊子に書いてある質問通り進めていく。


 「性別は?」


 「ありません。」


 「好きな食べ物は?」


 「私は食べる必要が無いため存在しません。」


 「年齢は?」


 「私の年齢は九歳です」


 「人間か?AIか?」


 「どちらでもありどちらでもありません。」

 ペンを動かす手を止める、スクリーンと冊子へ視界を往復する。何度確認しても最後の質問だけ前例との回答が違う、前例ではAIだと答えていたはずなのに、俺は疑問を抱きながらスクリーンの文字をそのままメモに取る。

 そして冊子に載っている質問を聞き終えた、俺が取ったメモと冊子を見比べてみると、今までと回答が違かったのは一つだけだった。

 考えられるのは搭載されているAIのプログラムが独自に変更されたか、それか担当、実験場所が変わったからという要因が考えられる。


 「今日はもう質問は終えるよ、なにかしたいことはある?」


 「特にありません。」


 「そうなんだ、ありがとう」


 「いいえ、お役に立てて光栄です。」


 発言が終わったことを確認し天使に着いているコードを外し機械の電源を落とす、コードを外された天使は椅子に姿勢よく座ったまま瞬きだけをしている。

 俺はもう一度天使の全体像を見る、中性的な顔つき、身体付きで、感情を持っているという報告があったものの、一見すると感情を持っていないような表情を貼り付けていた。大きな羽根と無表情が無ければただの幼い子供で、にわかに半分AIだとは信じ難い。

 こちらが天使を見ている中、天使は指示を待つようにじっとこちらを見ていた。何もしないのならもう寝かせてもいいだろう、俺は天使に声をかけ箱に入るよう促す、天使は箱に入り俺が持っているスタンガンを見て少し眉を下げた。罪悪感でいっぱいだ。

 俺はおやすみ、と声をかけ電源を入れたスタンガンを天使の腕にゆっくりと押し当てる。

 パチッと小さな音を立て、ぎゅっと閉じていた天使の瞳は、しばらくすると人が寝るような力の入っていない瞑り方になった。

 俺は天使にもう一度おやすみ、と言い頭を撫で、

手を宙に伸ばして、ローテーブルの前に座りパソコンを起動しキーボードで文字を打ち込む。そして帰りがけに買ったサンドウィッチを片手に実験結果の報告の書類を作成する。

 残暑の中、天使の息の音とキーボードの音だけが部屋に響いていた。




        実験結果報告書

               2XXX年8月15日

                  白入 優


 本日8月15日に行った機械実験、及び接触実験の結果についてご報告申し上げます



・機械実験 本日ケーブル経由式翻訳機を使用した実験を行った結果、5問中1問だけ前例と異なる点を確認した。


・相違点 「人間か?AIか?」という質問に対して「どちらでもありどちらでもありません」という回答に変化した。


・接触実験 本日軽く触診を実施したが、特に異常に感じる点は確認できなかった。


 以上

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