3-2 新枕
不意に音がして舎殿の扉が開き、人がひとり出てきた。
月桂は、見慣れたその姿にあっ、と思い、慌てて近寄った。
「殿下、どうされました?」
下着の上に簡単に着物を着て、紫の衣を腕に掛けた明煌が、寝殿から出てきたのだ。
「太子殿に帰る」
そう言って、先に立って歩きだしたのに付き添い、腕にかけていた衣を受け取ると、一緒に歩き出す。
聞きたいことはいろいろあったが、とりあえず太子殿に向かう。
先に帰した
書斎を通り過ぎ、食召の間に入ると、明煌は疲れたように、長椅子にどさりと寄りかかった。
「水を…」
そういう彼に、水差しから椀に水を汲んで差し出すと、ごくごくと飲み干す。
「いったいどうされたのです」
初めての体験に驚いたにしては、表情が硬い。
「あれは…
えっ、と聞き返す月桂に
「いくら私がものを知らなくても、あの感じは初めてだったと思えない。
初めてのようにふるまってはいたが、書物や人づてに聞いたにしては知りすぎている。
きっと一度や二度は男を知っている」
感の鋭い明煌の、男を知っている、という言い方に驚いた月桂は
「そんな…。それが本当のことならば、大変です。もしこれで紅妃さまが身ごもったとしたら、相手が誰だかわからなくなってしまう」
黙り込んでしまった明煌に、
「陛下か王妃さまに相談されますか?」
そういうと、明煌は首を横に振った。
「そんなことをしたら、国と国との争いの種になってしまう。
…しばらく様子を見よう。千慧里が嫁いでふた月は経っている。
もし国にいるうちに子が宿っているとしたら、もう半月もすれば兆候が見られるのではないか?」
「たぶん、そうですね」
「もし、何もなかったとしたら、放っておこう。この話は、私とそなただけのことに」
脱いだ着物を、自分でさっと羽織って出てきたのだろう。
普段見たことのない彼の乱れた身なりを見て、月桂は哀しくなった。
「それで… 良いのですか?」
「何が?」
自分の正妃が、すでにほかの誰かに抱かれていた。
皇太子の婚儀は尊い儀式のはずで、床入りにしても、それは街の民とは違うはずなのに…。
「…良い」
諦めに似た、淋し気な顔で彼はそう言った。
「自分の意思とは関係なく、はるばる隣国へ嫁いで、一番求められているのは皇子を生むこと。
そんな彼女に私がしてやれることは、こんなことくらいだから…」
どこまでも優しい、そんな明煌の言葉に、月桂は胸を突かれた。
「とりあえず、お寝みください。着替えをお持ちします」
そういって、彼を寝室へ連れていくと、衣装部屋へと向かった。
月桂が寝間着をもって寝室へ行くと、明煌は寝台にうつ伏せになり、眉をしかめたまま眠り込んでいた。
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