2-2 お披露目の儀

「殿下、昨日は素晴らしい婚姻の儀でございましたね。おめでとうございます」

桃妃とうひとその息子である星尹せいいんが、居間の右側に立ったまま出迎えた。

この寝殿の主でありながら、王族としては皇太子の下になるので、広間の正面に置かれた主の椅子に座って出迎える訳にはいかなかったのだ。


すっかり王宮暮らしが長くなった桃妃は、肉付きの良い体に丸い顔、隣の星尹も、母親に似たのか、線の細い明煌と違い、どちらかというとがっしりとした体つきで、あまり背は高くない。


皇室の中では、王の正妻である菖妃しょうひより先に子を、それも男子を産んでいるので、桃妃の存在は大きい。

それでも正妻の方が位が高いのだ。内心は面白くないだろう。


それは、息子の星尹も同じだ。自分の方が兄なのに、皇太子になれなかったのだ。

もしあのまま、菖妃に子が生まれなかったら、自分が皇太子だったはず。

そんな思いが、なんとなく顔に出ている。


この人は秘めた野心家だ、と月桂はいつも思っていた。

いつか、何か、事を起こすのではないか、と。


それでも、表面上は笑顔を見せて、「お茶をどうぞ」と誘われるのを、伶陸が「まだほかにも伺うところがありますので」と言い、一行は桃花舎を出た。

あらかじめ伶陸に、「引き止められても、上手にかわせ」と教えておいたのは月桂だ。

普段行き来がない人と会うと、もともと口数の少ない明煌は会話に困ってしまうのだ。


それに引き換え星尹は、性格なのか如才ない会話が上手のようだ。

桃妃と明煌が話しているところへ、当然のように入ってくる。

年は明煌のふたつ上で、結婚しても良い年頃なのだが、実は皇太子である明煌が結婚しないと、側室の皇子は結婚できない決まりだ。

家柄も器量も一番良い女人じょにんを、皇太子に嫁がせるために。


「いやぁ、私もこのような美しい花嫁をいただきたいものです」と、世辞を言い、「これで王宮も安泰ですね」とまで言ったのは、明らかに嫌味だな、と月桂は思った。

母である桃妃はどう思っているのか、隣で作り笑いを見せたままだった。


続いて、隣り合っている萩央舎しゅうおうしゃに向かう。

王のもう一人の側室である萩妃しゅうひは、ひとり娘を隣国の冬月とうげつに嫁がせてしまったので、今はこの寝殿に一人で住んでいる。


「殿下、すっかり大人の装いになられましたね」

髪を結い上げ、銀の冠をつけ、紫の皇太子の衣装を着た明煌を見ると、目を細めた。

こちらは、すらりとした細身の身体を、落ち着いた茶の衣装に包んでいる。

下に重ねて着ている白絹が、襟元と袖口だけに見える。


「ありがとうございます。藤姫とうきさまはお元気でいらっしゃいますか?」

さきほどの桃央舎では、ほとんどしゃべらなかった明煌も、落ち着いたこのきさきには親しみを覚えているらしく、義姉あねでありながら隣国・冬月の皇室へ嫁いだ藤姫のことを口にした。


「ええ、たまに文が来るのですけど…。だいぶあちらの暮らしにも慣れてきたようです」

明煌よりひとつ上の藤姫は、昨年嫁いだばかりで、萩妃も少し淋しそうな顔になった。


「あなたも、しばらくは大変でしょうけど、殿下はお優しいからきっと大丈夫ですよ。よろしかったら遊びに来てくださいね」

隣にいた紅妃にも、そう声を掛ける。


慎み深い態度で、女人の挨拶を返す紅妃。

しかし、獣の毛皮を寝殿のあちこちにかけているような勇猛な国出身の彼女が、この淑女とはきっと、そりが合わない、と感じているだろうな、と月桂は思っていた。


その後は、それぞれの寝殿に帰り、明煌はこれからの日程について伶陸から説明を受けた。

午前中、王宮で会議が開かれる際には同席して、国の政治について見識を深める。

会議のない日は、太子殿で政治についての講義がある。


午後は比較的自由だが、これからは何かあればすぐ王に呼ばれるとのことで、自分なりに国の内外のことについて情報を得ておくように、とのことだった。

もう少し年長になると、何かの部署の管理を任されるらしい。


出かけている間、太子殿にはさまざまな書物や家具が運びこまれていた。

奥行きの長い太子殿は、入り口側の前半分を公的な場、裏側は私的な場として使われており、入り口正面は謁見えっけんの間で、訪問者が皇太子に挨拶するところ、左手には、訪問者に茶などをふるまい、歓談できる応接の場、右手は大きな机が置かれた書斎になっている。


背中側一面に作られた書棚にも、国の法や制度が書かれた書物、知っておくべき過去の文人たちの書などが運び込まれ、机の上の筆や墨も新しい、大人用の高価な物に取り換えられている。


奥の私的な場は、食事をする食召しょくおうの間と護衛や宮女の控えの間、衣装部屋があり、一番奥が寝室となっている。

その辺りは、衣装が増えたくらいであまり変わりはなかったので、明煌はほっとしたようだった


自分の意思と関係なく、周りがどんどん変わっていく、という状況に、当の本人がついていけてないのだ。

国の皇太子という彼の背景の広さと、自身の役割の重さ、果たすべき責任の重さを月桂は改めて感じていた。

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