5 床入りの儀

政所を出たところで、花嫁には侍女が、明煌には月桂が待っていて、ひとまずそれぞれの宮殿に帰った。


明煌は今まで通り太子殿に住み、花嫁は太子殿の奥に作られた正妃のための寝殿『紅梅舎』に暮らす。

今後、彼女は『紅妃こうき』と呼ばれることになっていた。


太子殿で、今度は筒袖の白絹の服の上に、紫の衣を重ね、上から男性用の帯を巻く。

帯の左腰のあたりに、組み紐の先に玉の付いた長い根付を通して飾りにする。

この洒落た風習も、大人だけのもので、明煌は初めての体験だった。きっと母が選んでくれたのだろうと思う。


今夜は床入りの儀式として、花嫁の寝殿で夕食となる。

本当の床入りについては、すぐでなくても良いと言われており、まずは花嫁とある程度近づきにならなければいけない。


…床入りだなんて


明煌は、そんな日が自分に来ることが信じられなかった。いつかはそういう行為をすることになるのか?

父王の侍女が持参した薄く小さい書には、世継ぎをつくることの大切さだけでなく、そういった行為についても何となく書かれていたが、実際のところ、自分がそれを実行できるかどうかは自信がなかった。


ただ、自分には世継ぎをつくる義務があることは充分分かっている。

そうでなければ、周りの大人たちに申し訳ない。

ただ、何となく感じていたのは、多分何の制約もない民たちは、婚姻の儀で初めて相手の顔を見る、などということはないだろう、ということだ。


宮殿の中でも、父王と彼の妃、自分の宮殿で働いている人たちの恋愛はご法度だが、直接王族と顔を合わせる機会のない部署の者にそういった縛りはなかった。

ただ、宮殿で働く者は未婚の者と決まっていて、宿舎は男女に分かれていたし、相手が決まれば職を辞して宮殿を去ることが求められていた。


未婚の者ばかりの宮殿でも、男女のやり取りをまったく目にしない訳ではなかった。

皇太子の前であからさまにそういった態度を取る者はいないが、それでも、人が来るとさっと離れる男女を見たり、宮女たちがどの官吏がいいなどと語り合っていたり、何となくそういったものを感じることはあった。

自分の書棚にある本の中には、何冊かの詩集があり、男女の愛情を詠ったものもあった。


本来なら、相手に愛情を感じるからこそ、そういった行為につながるのではないか。そう思えば、まず相手のことを好きにならなければいけないのでは…。


そんなことを考えながら、薄闇に包まれてきている太子殿の脇を通り、一番奥の紅梅舎に向かう。

入り口で月桂が訪いを入れると、扉の前の護衛が観音開きの扉を開けた。

月桂に促され、一歩足を踏み入れると、彼女の趣味なのか、きらびやかな装飾品に囲まれた部屋に驚いた。

そういった装飾をよく見る余裕もなく、侍女に導かれて食事を取るための、食召しょくしょうの間に進んで行くと、すでに卓には、たくさんの料理が並べられていた。

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