第44話、増大する被害


「ふん、こんな雑魚に何をやっている!」


 ガニアン・リーダーであるアヴィドは舌打ちした。


「炎の精霊よ! 地上にはびこる死した骸を焼き尽くせ! ファイアーストーム!」


 スケルトン、グールをまとめて焼き尽くす炎の魔法。グールの呪うような悲鳴が響く中、冒険者が逃げてくる。


「あちっ! バカ野郎! 味方を巻き込むつもりか!?」

「うるせっ! てめえらがふがいないからだろが、クズが!」


 アヴィドは怒鳴り返す。せっかく気持ちよく吹き飛ばしてやったのだ。


「むしろ感謝しろ、オラ!」

「……何て奴だ」


 その冒険者は火傷した腕を庇いながら下がる。アヴィドはもうそれを見ていなかった。


 ――そうとも、あんな雑魚に用はない。ここらでガニアンの、おれたちの力をこの町の連中に見せつけてやるのだ!


「テチ、アロガン! 次くるぞ、防げ!」

「承知!」

「わかってるが、こっちも巻き込んでくれるなよ!」


 女騎士と巨漢戦士が前に出る。


 オークの兵隊が西門を通過してくる。盾を持ち、剣や槍、斧で武装した亜人の兵だ。


「てぇぇーい!」

「おりゃーぁぁっ!」


 テチ、そしてアロガンはBランク冒険者らしく、武装したオークも互角以上に立ち回り、逆に切り倒していく。


「ぬんっ!」


 シールドバッシュを決めて、ひるんだオークに剣を通すテチ。美貌の女騎士は、飛び散るオークの血を前に、さらに闘志をみなぎらせる。その口元には不敵な笑みさえ浮かんだ。


「こいよ、汚らわしい豚ども! この私が切り殺してやる!」


 すっかりできあがってしまうテチ。


 一方のアロガンは淡々と、大剣でオークを突き、そして切り裂いていく。テチとは違うが、彼もまた目先の戦いに集中し過ぎるタイプだった


 だから、彼は背中から衝撃をくらった時、一瞬、近くで戦っているテチがぶつかってきたかと思った。


「アロガン!」


 後衛のトリスの悲鳴じみた声が聞こえた。見れば、オークがアロガンの後ろからハンマーを叩きつけてきた。


 二度目の衝撃で、アロガンの巨躯が倒れた。――くそ、後ろは何をやっていやがった!


「アロガン!」


 ――うるせぇぞ、トリス。お前は、わめくだけか……。


 苦痛に意識が朦朧とするアロガン。――ツグがいたら、こんな背中から攻撃されることはなかったのに……。


 攻撃される前に警告を発し、場合によってはその敵を攻撃してくれる。ツグはそういう戦士だった。テチは、自分のことばかりで、そんな真似はできないし、しようともしない。


 ――ツグがいたら……。


 血が飛んだ。目でそれを見る。


 ガタイのいい悪魔がそこにいた。レッサーデーモンではない。よりたくましく凶悪なグレーターデーモン。その腕が何故かトリスの胸から突き出ていた。


 口から血を流し、何が起きたかわからない目を向けていたトリスが絶命した。グレーターデーモンの巨腕が、この治癒魔術師の心臓を貫いたのだ。


 ――お前も後ろからやられているじゃあないか……。


 薄れゆく意識。テチがグレーターデーモンに斬りかかった。しかしその体は、テチの剣を弾いた。


「なにっ!?」


 スパッ!


 剣を持った腕が飛んだ。誰の? テチの、女騎士の右腕だ。


「あ……ああっ!!」


 愕然とするテチ。腕を失い、あれだけ傲岸不遜だった彼女が、滑稽なほど狼狽えている。


 ――お前も泣くこと、あるん……だ……。


 アロガンの視界にオーク兵がよぎる。振り上げた斧が顔面に叩き込まれて、歴戦の戦士の意識は途絶えた。


「グレーターデーモン!」


 パーティーメンバーが、あっという間に倒され、アヴィドは激昂した。


「氷槍よ、我が敵の心臓を貫け! アイスブラストぉ!」


 十連発の氷の塊だ。いかにグレーターデーモンといえど、これで倒せるはずだ――!


 しかし、アヴィドの氷の刃は、グレーターデーモンの表皮に弾かれた。


「何だと!?」


 デーモンの顔が『お前、何かしたのか?』と言わんばかりに傾げられる。


「紅蓮の業火で焼き尽くせ! フレイムバーストォ!」


 上級魔法をぶつけるアヴィド。しかしグレーターデーモンには通じない。むしろ悪魔は笑っている。


 オマエの魔法はこの程度なのか、と。


 グレーターデーモンは腕を振るった。すると、爆裂魔法が発動して、アヴィドとその近くにいた冒険者を吹き飛ばした。


 直撃ではなかった。だがアヴィドの体は、近くの民家の壁に叩きつけられた。


 ――強い……強すぎる! 勝てっこねぇ……!


 アヴィドは恐怖した。自分では勝てない絶対的な敵。殺される――!


 ――冗談じゃねえ! こ、こんなところで、し、死ねるか!


 怖かった。だから、アヴィドは逃げ出した。すべてをかなぐり捨てて。



  ・  ・  ・


 グレーターデーモンが防衛網を食い破る。西門裏が崩壊すれば、モンスターが町を喰らう。


 崩壊はすぐそこだ、とグレーターデーモンがほくそ笑んだ時、剛剣がその体を引き裂いた。


 半身を切られ、慌てて下がれば、目の前には暗黒騎士がいた。


 オークたちがその騎士を取り囲むように肉薄するが、暗黒騎士は大剣を振り回して、オークをまとめて両断してしまった。


『ぐぬっ……』


 何という豪腕! グレーターデーモンは暗黒騎士に殴りかかろうとするが、その騎士は踏み込み、逆にデーモンを切り裂いた。


「私たちの町を貴方たちの好きにはさせないわ!」


 ギルドマスターであるプラチナは、魔剣サクリフィスを振るう。体を裂かれ、魔剣に力を吸われたグレーターデーモンは死滅した。


「相変わらず、えげつないなー、プラチナさんよ!」


 Aランク冒険者ロッチが、側面に回り込もうとしたオークを一突きで仕留める。


「いまのグレーターだろう? そいつをひとりでやっちまうなんて、まだまだ現役じゃないか?」

「私は別に引退したつもりはないのだけれど」


 暗黒騎士の出で立ちで、プラチナは前に出る。魔剣でスケルトンやオークを両断しつつ、砕けた西門へと向かう。


「門で敵を止めるわよ! これ以上町に入られないように!」

「承知した! お前ら! ギルマスの左右を守れ!」


 ロッチとオルデンメンバーは、戦線を押し戻そうと西門へ前進する。


 オークを両断しながら、無理矢理、門に陣取るプラチナ。だがそこで、目を疑う光景があった。


「なっ……!?」


 押し寄せるオーク。その後ろに、巨大な竜の姿があったのだ。


「こいつは……!」


 ロッチが叫んだ。


「デビルドラゴンだ!」


 災厄の邪竜。その力は、国を滅ぼすと言われた魔のドラゴンが、アルトズーハに迫っていた。


 咆哮が、冒険者たちから戦意を奪っていった。

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