第42話、迎撃準備


 悪魔の軍勢の接近は、アルトズーハの町に知れ渡った。


 町の防衛隊と冒険者が総動員され、防衛隊が編成された。俺は索敵スキルで把握した、敵の編成を大まかに説明した。


 プラチナさんは舌を巻いた。


「敵は厄介だけれど。おおよその数、種類までわかるなんて……。この情報はとてもありがたいですね。でもどうやって?」

「索敵の魔法です」


 魔法っていえば、大抵納得してしまえる世界。特に詳しくない人間はね……俺だって、魔法と言われた『そうなんだ』ってなるし。


「そんな高度な索敵魔法を使える術者は、このアルトズーハにはいません!」


 プラチナさんは断言した。作戦打ち合わせに参加している上級冒険者たち頷いた。


「正直疑わしくあるんだがね」


 痩身の目つきの鋭い長髪の戦士が言った。


「信用していいのか?」

「いまは、その情報を信じます」


 プラチナさんは断言した。


「ツグ君、貴方の索敵魔法は戦況把握のためにも有用です。貴方は本部にいて状況を逐次知らせてください」

「いいんですか、後ろで?」


 むしろ俺たちは、前に出て戦うグループだと思っていた。プラチナさんは頷いた。


「ドラゴンスレイヤーでもあるツグ君の実力は頼りにしています。なので、いざという時の切り札として、待機してもらいます」


 竜殺し、ドラゴンスレイヤー。その発言に、俺を知らない冒険者がざわついた。噂は聞いていると思うが、初めて顔を合わせる者も少なくない。


「こいつが竜殺しぃ?」


 女魔術師が、疑わしげな目を向けてくる。髭を生やした中年騎士が腕を組んだ。


「ふむ、もっとがっちりした男だと思っていたのだが……」

「その細身で、ドラゴンを倒したのか?」


 先ほどの痩身の戦士が、小馬鹿にするように言った。そこで咳払いしたのは、オルデンのロッチだった。


「ツグは、そこらの上級より強いぞ。オレが実際に見ているからな」


 アルトズーハ冒険者ギルドでも最上位クラスのリーダー冒険者が言えば、不満げな連中も口を閉ざした。


 ギルドマスターによって作戦の確認が行われ、部隊分けの後、それぞれ準備と配置移動となった。


 そこへ町の防衛隊の指揮官がやってきた。防衛隊の行動についての打ち合わせだ。彼らは町を囲む外壁に陣取って、弓などで迎撃。敵勢力が弱まったら、兵中心の主力部隊を投入するという段取りらしい。


 ただ、これは都市防衛プランに基づいたもので、改めて説明されるまでもなくプラチナさんも理解していた。だから冒険者たちは、それを前提にした作戦案ですでに動いていた。


「じゃあ、ツグ君。私も準備をするから、先に行っていて」

「プラチナさんも出られるのですか?」

「そりゃあもう、私、冒険者ギルドのマスターですから」


 フフン、と、普段凜々しいプラチナさんが、珍しく自信満々な表情を見せる。


 ロッチが、ギルマスを元Aランク冒険者だって言っていたな。少なくとも、この手の事態に対して、素人ではないだろう。


「じゃ、後で」


 俺はギルドフロアを出る。セアがいて、休んでいたネージュ、フラム・クリム、ヘイレンさんも合流した。迎撃拠点である外壁西門に向かう……前に、寄り道だ。


「装備を取りに行こう」

「装備?」


 フラム・クリムが首を傾げる。


「コラソン工房だよ。今回は激戦になる。その前に、作ってもらっていた装備を受け取っておこう」


 邪竜や雷獣、さらにグリフォン素材などで作ってもらったやつだ。前回同様、期間は短いが、出来ているものだけでももらっておこう。


 特に期待するのは――


「フラムの弓が出来ているといいなぁ」

「アタシの弓か?」

「町を囲む外壁の上から攻撃するなら弓が打ってつけだ。それに、敵はレッサーデーモンやアイボールとか、空を飛ぶのもいる。迎撃できるのはひとつでも多いほうがいい」


 あとは、実際のフラム・クリムの腕前だが……。鑑定で見たところでは、弓術上位とあったから大丈夫だとは思う。初めて使う弓をどこまで扱えるか、だけど。


 そういえば、鑑定ついでに、もうひとつ。ヘイレンさん用に作ってもらったモノが出来ているといいな。



  ・  ・  ・



「おう、ツグ。今回は早いな!」


 コラソン工房の主、ドワーフの職人コラソンが大きな声で俺たちを出迎えた。


「何やら、町が騒がしいのは気のせいか?」

「いや、気のせいじゃない。悪魔に率いられた軍勢が、この町に迫っているだ」

「悪魔じゃと!?」

「だから、使える武器がないか取りにきたわけ」

「全部ではないが、いくつか仕上げたものがある!」

「さすが。仕事が早いね」


 隣の工房から、サイクロプスが顔を覗かせる。


「やあ、キュクメー」

「ピュグメーだー」


 ……素で名前を間違えた。すまん。


 そこへ、コラソンが品を持って戻ってきた。


「弓と盾。それとグリフォン羽根を使った靴」


 弓はフラム・クリム用。盾は、ネージュの壊れかけのカイトシールドに変わる新しいものだ。靴はグリフォンの羽根を使った加速力を上げるブーツである。


「大弓だな」

「邪竜の骨、鱗や腱を使った強弓じゃ。ふつうの人間じゃ、引くのも難しいじゃろ」


 コラソンは、弓を手に取るフラム・クリムを見た。


「名付けて邪竜弓。……嫌なら竜の弓でもええぞ」

「この、力で従わせないと言うことを聞かなさそうな頑固さ、いいな」


 フラム・クリムはニヤリとした。


「これなら簡単に壊れなさそうだ。邪竜弓か、気に入った」

「弓はいいが、矢がまだ数えるほどしかできとらん。すまんな」

「そっちは俺が何とかするよ」


 複製魔法で矢は増やすさ。


 ネージュは新しいカイトシールド――邪竜の骨と鱗を使ったドラゴンシールドを持ってみる。


「少し重い。でもこれくらいなら大丈夫そうです」

「邪竜の鱗は、魔法にも物理打撃にも強い。ドラゴンの防御力を手に入れたといっても過言じゃなかろうて」


 ドラゴンのタフさは有名だ。その素材でできた盾の強固さは聞いただけでワクワクする。


 グリフォン素材ブーツこと、通称ウイングブーツは俺とセアがそれぞれ履く。


「ピッタリとフィットしてるな」

「当たり前じゃ、サイズを図ってから作っとるからな! 魔力を流せば、加速や跳躍力が上がる魔道具の側面もある。ちょっと練習が必要かもしれん」

「了解した。……ところで、刀はできているか?」

「おう、いまはピュグメーが仕上げをやっとる。もう少しで――」


 言いかけたところで、遠くから爆発音が聞こえた。


「何じゃ!?」

「ちっ、もう外壁近くまで敵が来やがったか!」


 空を飛んでいる悪魔たちの襲来が、想定より早かったのだ。


「行くぞ、皆!」


 アルトズーハの町を守るんだ!

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