彼と彼女と彼と彼女と
サトウヒロシ
第1話 彼と彼女と彼と彼女と 7-1
横浜の高校の話である。
ムサシとミカとケンタとサホは同級生だった。
ある日の放課後、ムサシは帰宅しようと思って玄関から飛び出したが(いつもはケンタが一緒なのだが、今日はつかまらなかったのだ)、無意識のうちに制服のポケットに手を突っ込んでいて気がついた。スマホを忘れたのだ。教室の机の中にちがいない。ムサシは忘れ物の常習者だった。
「ヤッベ、マッズイ」
ムサシは下駄箱に取って返した。するとそこにはミカがいた。
「あれ、ミカじゃん。なんでここに?」
この学校では、下駄箱は男女別だった。
「え、ううん、なんでもないの」
ミカはこたえた。ムサシと目が合うと慌てて下を見た。えっ、と不思議に思ったが、ムサシは慌てていたので、じゃね、と叫ぶようにして言うと、その脇を通過した。う、うん、とミカは口ごもりながら言った。何か用があったのか、とふと思い当たったのは、階段を三階まで駆け上ってからだった。いつものミカだったら、肩をばしっとたたいて大笑いする。がははと白い歯を見せて口を大きく開ける。笑うと顔の九割が口になる。最新の掃除機よりも吸収力が半端なさそうな口。イモムシでもゴキ×リ(放送禁止用語でした)でも、何でも取り込みそうな口。みんなから親しみを込めて「おばちゃん」と呼ばれている、およそ女子高生らしからぬミカだ。今日は様子が全然違う。慌てたようにうつむくだなんて、まるで女子だ。いや、女子か。そこまで考えておかしくなった。それにしても、用事、ってか相談でもあったんかいな。
3年4組の教室のドアを勢いよく開けると、そこにいたのはケンタだった。ひとりだった。窓はぜんぶ開いていて、春の暖かくなり出した風が室内を我が物顔で通り抜けた。あれっ?
「ケンタじゃん。探したんだぜ。どこにいたんだ?」
「あ、うん」
「何だい、どいつもこいつも元気がねーな」
「あ、うん…。お前はどうして…?」
「忘れちまったんだ、スマホ」
「スマホ…」
「見なかった、オレのスマホ?」
「いや、見てねーよ。お前の机の中じゃないのか?」
ムサシはダッシュで自分の机に向かった。失くすのはイヤだった。中学生の時にもうっかり電車内に忘れて、二度と戻ってこなくて、親に大目玉を喰らったことがあったのだ。
「お、あったあった、よかった。失くしたら、母ちゃん、マジうるせーんだよ」
「よかったな」
「ってか、お前、そこはお前の席じゃねーじゃん」
「え、あ、うん」
ケンタは両手を尻の後ろに隠した。
「なに、クソ漏らしてんだよ」
「漏らしてねーよ」
「ミカの席じゃん、そこ」
ミカの席は教室の最後尾だった。ケンタは後ずさりに焦って、壁に頭をぶつけた。
「何やってんだよ」
「…何やってんだろーな、オレ」
「…お前、いったいどーした」
ここではじめてムサシはケンタの顔をまざまざと見た。さっきは青いように見えていたのが、いまじゃ赤くなっている。
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