トゥハットの初仕事

 トゥハットが「アーダ」を訪れてから、もう六日――


 トゥハットは、ニーロ率いる一党パーティに加わり無人地帯ノーマンズランドへと乗り出していた。

 エリリサルという国は本当に小さく、ベイファスを降りた後は、行政区の一つであるコーコナイ区を徒歩であるのに、わずか二日で通り過ぎることが出来た。それも、さほど急がずにだ。

 その旅程の間に一党と仲良くなれるだろうとトゥハットは軽く考えていたが、そもそもこの一党の間ですら仲が良いわけではなかった。

 ニーロ――エルキに解放された男――は一応リーダーのようだが、年長者であるため世話役を受け持っている、ぐらいが本当のところのようだ。

 ニーロの得物はハルバード。体格の良さに似合いの得物だろう。恐らくはレイトーン。着込んだ革鎧がはじけ飛びそうである。

 一党は他に二人。ヤロとカッレだ。

 ヤロはシーニムンらしい切れ長の目を持つ、痩せぎすの男で色術士。こちらもローブの上から革鎧を着ているが、どうにもサイズが合っていない。長く伸ばした髪で視線を隠し、人との接触を拒んでいるように見えた。

 カッレは、カルティンで間違いないだろう。小柄で人当たりは良い男。だが、それは世間話をするぐらいの距離感があってのこと。やはり壁を感じる。

 その内、壁がなくなるのか、この距離感になれるのか、それとも一党から離脱することになるのか――トゥハット自身、まだそれは不可分だ。

 ただ冒険者としての基本的なレクチャーは、随分親切に行ってくれている。そしてトゥハットの冒険者の印象は……


                 ※


「駆除なんだな。それが『アーダ』みたいな店に、発注されるんだ。それを王国がどう管理してるのかはわからないが」

「言ってしまえばそうだな。通商路の清掃こそが主たる“依頼”だ」

 夜の見張りのためたき火を囲んで、どちらとも無しに話し始めたトゥハットとニーロ。

 冒険者稼業への技術的なレクチャー、そして“冒険者”が王国の住人にどのように思われているのかを肌で感じる事に精一杯で、そんな基本的な事さえも後回しになってしまっている事も大きい。

 トゥハットにやけに親切だったのも、店主エルキからのお願いである以上に同業者を増やすことは一種の本能になっているのではないか? という感触もトゥハットにはある。だが、その点はその内わかるだろうと楽観もしていた。

 何にせよトゥハットは冒険者稼業を辞めるつもりはない。

「もうわかって貰えたと思うが、実はそれほど危険では無いんだ。ちゃんと準備して、無茶な事をしなければな」

「無茶ってのは……要するに、調子に乗って大物に挑むようなことか」

「わかってるじゃないか」

 ニーロが自嘲気味に応じた。

「そう。まったく“冒険”なんてお呼びじゃないのさ。その分確かに“あがり”も少ないけどな。それで連チャンで出張ったわけだが……この辺はたいして強いのがいない。かと言って放っておくと――」

「大物が出現する可能性ってわけか」

 その辺りの“結果”だけは、トゥハットも聞いている。

「でも、ニーロさんならその大物もイケるんじゃないか? ニーロさんだけじゃなくて、ヤロさんだってカッレさんだって……」

「その辺りはなぁ。何処かで稼いで聖油ヴィ・ルタを買えれば随分話が違ってくるんだが」

聖油ヴィ・ルタか……」

 それこそがエリリサル王国を支える“特産品”。武器や鎧などに塗布することで、その性能が格段に上昇する。

 クシクルミオに名を残した英雄は、皆この聖油ヴィ・ルタに浸した武具を持っていた。聖油ヴィ・ルタに浸された武具は戦い続けることで、その武具自体を変質させるからだ。

 そんな風に栄光に包まれた英雄達の武具が各地に残されている。

 となれば当然、各国、いや各貴族さえも戦力を保つために聖油ヴィ・ルタを求めることになるわけで――結果、必然的にエリリサルは富む、という絡繰りだ。

「……それって、冒険者に割引とかは無いのか?」

「元がどんな相場で卸されてるのかわからん」

 ニーロがそう吐き捨てた。どうやら冒険者稼業は本当に底辺であるらしい。ニーロはそんな自分の境遇を振り払う様に明るい声を上げた。

「それより、お前もなかなかやるじゃ無いか。もっと素人丸出しかと思ったが意外と戦えてる」

「そうかい? どうも剣が手につかない感じなんだが」

「そのうち直る。それよりも間合いの取り方が上手かった。モンスター相手は初めてなんだろう?」

「あ、ああ。確かに、小さすぎてなぁ。むしろでっかい奴の方が楽だった。ただそうなると皮膚が硬くて」

 今回、駆除したのは巨大蟻ジャイアント・アント岩石蠍ロック・スコルピオ。その幼生体とも言うべき怪物で、蠍に関しては確かに手間取ったが、命の危機を感じるほどでは無い。

 なにしろ効率的に駆除しよう、などと考える余裕があるのだから。

「慣れだ、慣れ」

 と言って、ニーロは豪快に笑った。

 ニーロ達一党は、その点確かに効率よく連携して駆除していった。色術士ヤロがドカンとやる感じでは無くサポートに徹し、カッレがさらに攪乱し、ニーロのハルバードがそれを薙ぎ払う。

 で、こぼれたものをトゥハットが処理していく。

 概ねこんなやり方で、大体の仕事は終えていた。色術によってその記録も終わっている。明日にはベイファスへ引き上げ、トゥハットは今度こそ術車であの坂を堪能することになる。

 そしてトゥハットは、

(しばらくは、ニーロ達一党に混ぜて貰おう)

 という、今後の方針も決めていた。


 だが――


 まずトゥハットに「異常」を告げたのは嗅覚だった。有り体に言えば血の臭い――それも濃密な。

 そのまま死を連想させるような絶望の香り。

 その香りを辿るようにして、トゥハットがその香りの元を辿る。火を見続けていたことで、慣れぬ暗闇。だがやがて毛布を褥にしていたヤロとカッレが無惨に切り刻まれている事が理解出来た。

「な、なにが……」

 その理解が切っ掛けとなったのだろう。ようやくのことで、トゥハットは声を出す。しかし肝心な事が理解出来ない。

 ――がさっぱりわからない。 

 そして音も無く、唐突に現れた「異常」はそうすることが摂理であるかのように 次にニーロの頸を

 「異常」は人間であれば手がある場所に備えた“鋏”でニーロの頸を挟むことで、ニーロの太い首をあっさりと刈り落としてしまった。

 ゴトリ、という鈍い音が夜陰に響く。再び匂い立つ絶望の香り。

 その殺戮者はモンスターなのであろう。その“鋏”という特徴だけを数えるなら。だが、その姿はあまりにも「人間」に似すぎていた。岩石蠍ロック・スコルピオには見えない。

 その姿を強引に言葉にするなら、


「……さ、蠍人間……?」


 思わず呟いたトゥハットの言葉がもっとも適切であるかもしれない。


 ――その適切さがなんの慰めにならなかったとしても。

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