冒険者の仕事

 ――冒険者。


 これほどに実像がわかりにくい職業もないだろう。

 “冒険”という単語を覚えてすぐの子供が想像するような、人類未到の地へと己の技量だけを頼りに乗り出し、危険を枕として広大な自然を縦横無尽に駆けめぐる。

 ……などという職業ではもちろん無い。

 特にエリリサルでは冒険者の仕事内容はほぼ固定化している。

 エリリサルを挟むように存在する二つの大国。

 キェルセンとクルペア。

 この二国はエリリサルと国境を接してはいない。エリリサルを取り巻くようにして無人地帯ノーマンズランドが形成されている。

 片方の国が突如エリリサルに侵攻しようとしても、この無人地帯ノーマンズランドを互いに監視することで、それを阻むことが出来る。

 クルペアなどはこの地域を生み出すために一部領土の放棄すらしていた。

 だが、この無人地帯ノーマンズランドで両国が行うことは、互いの監視だけ。

 その他の問題については、完全に見て見ぬ振りを決め込んだ。

 無人地帯ノーマンズランドの安全に関しては、エリリサルの担当となった。何しろ通商という血液が循環しなければ、遠からずエリリサルは壊死してしまう。

 通商路の治安維持はもちろんのこと、その周辺においても湧きだしてしまう亜人種、モンスター等を定期的に駆逐することも必要だ。

 だが、そういった必要性があっても尚、エリリサルが十分な武力を保持することは歓迎されなかった。正確に言うと“持つべきではない”とエリリサルが外交関係上の空気を読んだ結果、積極的に軍備を整えようとはしなかった。

 結果として、本来は国が行うべき治安維持活動を武装した民間人に委託という形式を採ることとなり――すなわちこの民間人が、現状ではエリリサルでの“冒険者”ということになる。

 この説明だけであれば、さほどおかしさは感じられないかもしれないが、実際には「定期収入のない、厳つい連中が武器を持って街中にいる」という状況が常態化しているのだ。

 必要であるとは理解されながらも、冒険者たちが白い目で見られることは、ある意味では仕方の無いことではあろう。

 希にこの「冒険者」という職業から出世の糸口をつかみ、クルペアで貴族に叙せられたり、キェルセンで富を築くものも現れる。

 だがそれは己の命を掛け金とした、あまりに無謀な賭け。

 だからこそ、人は彼らを――“冒険”者と呼ぶのかもしれない。


                   ※

     

 “エリリサル王国は空と共にある”

 クルペアの詩人、リクアンキの代表作。その九篇詩冒頭の一文だ。

 九篇詩の全篇は知らぬものが多いが、この冒頭部分だけは知っている者が多い。

 それというのもエリリサルが、この詩を観光事業において大いに活用した結果でもあるからだ。

 もちろんトゥハットも、この詩は知っていた。

 そして実際に山肌に張り付くようにして発展していったエリリサルの首都ベイファスを初めて歩いて行くにつれて、その詩の意味を実感できた。

 坂道を登るために上を見上げれば、確かにそこには空があったからだ。

 そして一時間後には、あの歌がとんでもない“かたり”であると確信した。

(……いくら何でも坂が多すぎる。むしろ坂しかない。空はどこだ)

 坂道を登り続けるのに疲れて、空を見上げるどころではない。

 見えるのはただ、長い年月を経て摩耗した石畳のみ。

 キェルセンが大量生産に成功し、カードを利用しての――質は悪いとは言え――色術を利用した乗り合い車も運行しているが、何しろトゥハットの今の身の上は明日をも知れぬ冒険者。

 無駄な出費は極力抑えたい。

(無駄……この出費は果たして無駄になるのだろうか? 体力の温存は立派な利点……)

 そんな事を考えながらもトゥハットの足は動き続け、その身体を上へと押し上げていった。

 リンゴの皮を剥くように、螺旋に敷設されたベイファスの大通り。一定の距離ごとにそれと交わる平坦な道がある。

 エリリサルに住む人たちも、この上り下りを日常生活に組み込むのは厳しさを感じたらしい。大通りに交わる平坦な道――アベニューを基準として、おのおの生活圏を築いていた。

 トゥハットが目指しているのは、ノース・アベニュー。

 なぜ“ノース”という名称なのか、という疑問も今は遠い。

 今はとにかく、この苦行を早く終わらせたい。聞いた話によれば、ノース・アベニューは繁華街のような役割があるらしい。

 目的の店にたどり着けば、まずはこの乾ききった喉を潤すことが出来る――はずだ。

 乗り合い車を我慢した分、少し贅沢しても……

(ダメだ、ダメだ)

 トゥハットは強く頭を振った。

 危うく気づいてはいけないことに気づくところだった。

 周囲の目を気にして愛想笑いを浮かべたところで、トゥハットは自分が目的のアベニューに到達していたことに気づく。

 日が暮れていけば色術の明かりが輝く街路灯。

 それにつり下げられた看板に、

 “NORTH”

 と記されてあった――かなり年季の入った風情を隠そうともせず。

「着いたか……」

 正確には着いていないのだが、坂道を登らなくていいとなれば、牢獄から解放された気分にもなる。

 注目ついでに周りの人間に声をかけて、最終的な行き先を確認する。

 住所と、ついでに目指すべき店の名前を告げてみたら、住所の方で反応があった。

 要するに右か左が判明しただけであったが、アベニューは円環構造になっているわけではないので、ここを間違えなかっただけでも収穫と言うべきだろう。

(有名な店じゃないのか?)

 と、そこだけは首をひねる。

 情報では冒険者が複数、根城にしていると聞いていたのだが。

 そういえば剣をぶら下げた自分にも住人たちは怯むところが全く無かった。先日まで暮らしていたキェルセンではまずあり得ない状況だ。

 思った以上にキェルセンとエリリサルでは、文化――いや国風の違いがあるらしい。

(これは自覚が必要だな)

 トゥハットは改めて気を引き締めて、進むべき右へとつま先を向けた。

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