髑髏と涙

司弐紘

第01話 幻想の王国へ

ベイファスの麓へ

 カモメが船倉から出てきた男の視線を誘うように、空へと舞い上がった。浅黄に抜けた春の空には一片の雲もない。

 ただあるのは、白い穂先を天に向けるように聳え立つ一座。

 名を「ベイファス」という。

 山頂部が未だ雪化粧を纏ったまま。そして赤茶けた岩石で形作られた山肌。その姿には異様さが纏わりつく。

 あまりにもベイファスは“突然”すぎた。

 なだらかな平野に突如屹立する、圧倒的な存在。

 ベイファスだけが周囲の光景と調和が取れていない。人が馴染んだ“自然だ”と思える風景からは微妙にずれた、幻想じみた印象がベイファスを中心とした光景にはあった。

「――これがベイファスか!」

 しかし船倉から出てきた男が、その違和感を吹き飛ばすようにベイファスに向けて叫ぶ。

 赤い髪に黄褐色の瞳。頑強そうな体躯に浅黒い肌はナイネートンの特徴を色濃く残していて、なかなかに暑苦しい。

 身に纏う革鎧と、剣帯から吊したロングソードはいかにも身体に馴染んでおらず、印象をざっくりと一纏めにするなら、

「村一番の力自慢が、一旗揚げようと意気込んでいる」

 と言ったところだろう。“勘違い”という言葉をどこかに挿入すればさらに完璧になる。

「何を言ってンだ、お客人」

 慣れた手つきで入港準備をしながら、船員の一人が男に声を掛けた。

「ベイファスなら、ボースからでも見えてただろ?」

 男が乗っている定期連絡船はキェルセンのボースという港町と、ベイファスとを――正確に言うとエリリサル王国とを――結んでいる。

 そしてベイファスの“異様”――いや“威容”はボースからも望むことが出来たはずだ。ここに来て、初めて見たような反応を示すのは確かに大げさすぎる。

「いやいや、やっぱりこの距離で見ると違うぞ。キェルセンからじゃ、あの王宮は見えなかった」

 返事をしながら船員に微笑みかける男の表情には、深い笑い皺が刻まれている。

 それが厳つかった男の面相を、一気に人好きのする、幼ささえ感じられる印象へと変えてしまった。

 船員は、そんな男から目をそらすようにして、見慣れたベイファスを改めて見上げる。

 確かにベイファスには、その山肌に添うようにして王宮が建てられていた。

 遠目からでは、一際高い峰が一つあるだけのように見えるベイファスだが、実際には三つの峰がある。

 高さの順に、一ヶ峰、二ヶ峰、三ヶ峰という事務的な呼ばれ方をしており、王宮があるのはその二ヶ峰。

 中心から僅かにずれて西側に位置する、二ヶ峰のさらに西側。完成から百年以上の年月が経過しており山肌との区別も曖昧ではあるが、確かにそこには建造物があった。

 つまり“ベイファス”とは巨峰の名であり、エリリサル王国の王宮の名であり、そして首都の名前でもある。

 男が改めて「ベイファス」という存在に感動を覚えたのは、そういった人の営み、つまりは積み重なった歴史を肌で感じたからであろう。

 エリリサル王国。

 吹けば飛ぶような小国でありながら、最古の歴史を持つ、存在自体が矛盾した幻想の王国。


 男――トゥハット・レフティアは今からその国に挑むのである。

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