浜辺でチクショー!

和辻義一

タピオカチャレンジかと思ったら、ソフトクリームチャレンジでした

 高校二年生の夏休み、俺は幼なじみ達と一緒に海水浴に来ていた。


 八月初めの真夏の海は、灼熱の世界だった。海水浴場には大勢の客が詰めかけていて、ただでさえくそ熱いのに、人の熱気でむせそうになる。


 天気は快晴。海の家で借りた大きめのビーチパラソルがなければ、三十分ぐらいで干物になりそうな勢いの暑さだ。ビニールシート越しに尻を焼く地熱も相当なもので、あらかじめ持参していた飲み物の類は既に飲み干していた。


 時刻は正午を少し過ぎた今、何故俺がこの場所にいるのか――その話をすると、少し長くなる。


 元々は幼なじみの姉がクルマの運転免許証を取ったので、姉妹でどこかに行こうという話になったそうなのだが、「ガキの頃から付き合いがある」というただそれだけの理由で、俺も一緒にその小旅行に付き合わされる羽目になった。


 幼なじみとは同じ学校の同級生で、住んでいる家は俺の家のすぐ隣だった。中学校まで同じ学校だったのはまあ普通のことだとして、まさか高校まで同じ学校になるとは思ってもみなかった。


 ちなみに今日は、いつもつるんでいる男友達から、別途海へ行かないかと誘われていた。もちろん目的はナンパだ――と思う。俺達にはお互いに、彼女と呼べるような存在がいない。


 ただ、今回の一件が先約としてあったので、やむなくその話を断ったところ、友人からはその理由を根掘り葉掘りと聞かれ、仕方なく理由を言ったら「リア充爆発しろ、お前なんかもう友達じゃねえっ!」とガチギレされてしまった。


 流石に悪いことをしたかと思い、一度は幼なじみに「連れも一緒に行っていいか?」と尋ねたのだが、その返事は「千尋ちひろねえのクルマ、四人乗りだから」だった。許せ友よ、恨むならせめて日本の軽自動車の規格を恨んでくれ。


 「コースケ、おまたせー」


 そんなことを考えていた俺の背中に、幼なじみの明るい声が飛んできた。振り返るとそこには、水着姿の三人の女性が立っていた。


 真ん中にいたのは、先程から話に出てきていた俺の幼なじみ、たちばな千秋ちあきだった。やや栗色がかった髪はショートボブで、目鼻立ちはすっきりと整っている。一番印象的なのは、くりくりとよく動く目だ。学校でも男連中から随分と人気があるらしいのだが、俺は千秋とは幼稚園の頃からの付き合いだったので、今更これといった感想などは持ち合わせていない。


 その右隣にいたのが、千秋の姉の千尋さんだ。今は大学二年生だが、見た目はもう少し大人びて見える。本人はそのことを気にしているらしいのだが、俺はむしろ好ましいとすら思っていた。ゆるやかなウェーブを描くセミロングの髪は千秋よりも少し明るい栗色で、スタイルにもメリハリが効いた、ちょっと天然――もとい、おっとりとした美人だ。


 千秋の左隣には、千秋の妹の千鶴ちづるちゃんがいた。彼女は中学三年生で、もうすぐ高校受験を控えている身だったが、今日は「たまには息抜きを」ということで、姉二人に引っ張られてきていた。姉二人に比べるとやや細面で、長い黒髪は背中の辺りまで伸びている。良く言えば寡黙、ありていに言えば少し地味なイメージがあったが、彼女もまた姉二人に劣らない美人さんだった。


 三人の後ろには、何やらそわそわしている数人の男達の姿があったが、俺の存在に気が付くと、舌打ちしたり肩を落としたりしながら、すごすごと引き上げていくのが見えた。その様子に気付いたらしい千秋が、小さく鼻を鳴らして笑う。


「やっぱりコースケを連れてきて正解だったわね。まったく、しつこいったらありゃしない」


 俺がていの良いだということは、薄々気が付いていた。


「ナンパされたのか?」


 俺が尋ねると、千秋が今度はやや得意げに胸を反らして言った。


「千尋姉が三回、千鶴が一回、アタシは二回」


 ――おいおい。三人がこの場を離れてから、十五分もたっていないぞ?


「千尋さんと千鶴ちゃんはともかく、お前をナンパしようなんて物好きは」


 そこまで言ったところで、すかさず千秋の前蹴りが飛んできた。陸上部に所属している千秋の前蹴りは随分と加減がされていたが、それでも俺が無様に蹴り倒されるには十分な威力を持っていた。


「ちょっと、アキちゃん!」


「いーのよ千尋姉、こんなデリカシーのない奴」


「……すみません公佑さん、こんな姉で」


 三者三様の言葉の中、俺が何とか身を起こして千秋を睨むと、千秋は突然の暴挙に出た。


「せっかくアンタのために、注文通りアイスクリームを買ってきてあげたっていうのに……こうしてやるっ!」


 千秋は手にしていたソフトクリームを、突然千尋さんの豊かな胸の谷間にぐいと差し込んだ。


「おいこら、何やってんだ千秋! あと、それはソフトクリームで、アイスクリームじゃない!」


「うっさいわね! 食べたかったら自分の手で、千尋姉の胸から取ってみなさいよ!」


「んなこと出来るか、馬鹿!」


 両腕に焼きそばのパックを入れたビニール袋を下げ、両手にはそれぞれ焼きトウモロコシとフランクフルトを持っていた千尋さんは、千秋になされるがまま、ただオロオロと立ちつくしている。


「千鶴ちゃん頼む、助けてくれ」


 俺は千鶴ちゃんに両手を合わせたが、手にしていた飲み物の入った袋を置いてビーチパラソルの日陰に座った彼女から返ってきた言葉は冷ややかだった。


「痴話喧嘩に巻き込まないで下さい」


 おいいいいいいっ! 千鶴ちゃあああんっ!


 そうこうしている間にも、ソフトクリームは炎天下の熱で徐々に溶け出し、千尋さんの胸の上に白い斑点をいくつか作り出し始めていた。


「ちょっと、お願いだからこれ、早く何とかしてちょうだい」


「ほらコースケ、千尋姉が頼んでるんだから、さっさと何とかしてあげなよ」


「やかましいわっ、やったのはお前じゃねーか! だいたいお前、自分の胸じゃ出来ないもんだからって」


 本日二度目の千秋の前蹴りが飛んできた。今度のはさっきよりも遥かに強烈で、立ち上がりかけていた俺が熱砂の上で尻もちをつき、後ろにもんどりうって倒れ込むぐらいの威力だった。


「いや、これ本当に早く何とかして……って、きゃっ!」


 千尋さんの小さな悲鳴と共に、コーンの上に乗っていたクリームがべちゃりと、千尋さんの胸の谷間に落ちた。千秋が小さなため息をつく。


「あーあ、言わんこっちゃない……コースケがさっさと取ってあげないからだよ」


「うるさいわ!」


「いやホント、早くこれ何とかして……」


 半ベソ気味の千尋さんを横目に、千秋がニヤリと笑う。


「せっかく買ってきたものを無駄にするのも勿体もったいないし、コースケ、千尋姉を助けると思って食べてあげなよ」


 んなモン食えるかっ、バカヤローッ!


「えっと、その……別にコー君だったら、私は」


 ち、ひ、ろ、さぁぁぁぁぁんっっ!


「もう、しょうがないなぁ」


 再びため息をついた千秋が、千尋さんの手から焼きトウモロコシとフランクフルトを取り上げた。


「ほら、千尋姉だったら、自分で食べられるんじゃない?」


「うーん……そうかしら?」


 千尋さんは手に下げていた焼きそばの袋を置くと、胸に刺さったコーンを取り除き、両腕で自分の胸を寄せ、胸の上に残ったクリームをちろりと舐めた。


 Foooooooooooッ!!


「公佑さん、どうしてしゃがみ込んでいるんですか?」


 こちらを見つめる千鶴ちゃんのやや切れ長の眼が、冷たく光ったような気がした。


「……お願い千鶴ちゃん、今はそっとしておいてくれ」


 全く、何だってんだよチクショウ――。

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