私はある時自殺を思い立った。
犬丸寛太
第1話私はある時自殺を思い立った。
私はある時自殺を思い立った。
しかし、自殺とはどうすればいいものか。今まで自殺など試みた事は無いし、今しがた思い至ったのだから知識が無い。
兼好法師曰く、“先達はあらまほしきことなり”だが、当然ながら自殺の先達はすでにこの世にいない。
調べようにもネットはおろか電気すらも止められているのでどうしようもない。
お金が無いので、本を買う事もできないし、深夜なので図書館も空いていない。
まぁ、流石に図書館には置いてないか。
しかし、何は無くともまず行動だ。動かなければ何も始まらないというのが私の信条だ。
どんとしんくふぃーる
一先ず、自分にとって望むべき死に方とは何なのか紙に書きだしてみよう。
まず、当然として他人に迷惑をかけてはいけないだろう。
しかし、どんな死に方をしようが体はあの世に持っていけない。死体は必ず残る。魚に食わせようか虫に食わせようか悩むが、海は浮いて発見されるし、山奥へ行こうにも車が無い。
他人に迷惑をかけるのはもう致し方ないという事で諦めよう。すまねぇすまねぇ。
次に“思い残す事”についてだが、私には一つだけ心残りがある。それは女子高生のスクール水着姿を一度も見たことが無いという事だ。
私が青春を過ごした学校は水泳の授業が無かったのだ。男子校だったのである意味では救いだが、夏の蒸し暑い夕暮れ、他校のプールをフェンス越しに覗いては己が人生を悔いたものである。
思えば、進学先を決めた時点で私の人生は終わっていたのかもしれない。
齢三十を間近にして、学生時代の未練というのは耐え難いものだ。時間の流れというモノは努力だとか幸運だとかそういう事では取り返すことができない。
ゲームで序盤でしか手に入らないアイテムを取り逃してしまったのに似ている。別に絶対必要という訳では無いが手に入ったものが手に入らなかったというのはかなり悔しい。
どれだけレベルを上げようが、強力な装備を手に入れようが埋める事の出来ない空白があるというだけでクリアした気分にはなれない。
しくしくと涙で頬を濡らしながら私は自殺場所を女子高のプールに決めた。
最期の最期、JKのエキスの中でこと切れるならもはや悔いは無い。
思い立ったが吉日、私はぐいと頬の涙を拭い、その辺にあるコートをひっかぶり家を出た。これから私は女人(のエキス)にまみれて死ぬのだ。
そう思えば、気分はさながら後宮へ向かう皇帝か大奥へ向かう将軍といったところか。
足取り軽く、私は近所に都合よくある女子高へと向かった。
歩きながら、私は自分の人生を振り返ってみた。
思えば、女性と関わる事の無い人生だった。
小学校では同級生に興味が無かった。子供の頃、私は年上が好きで隣のクラスの恵子先生が好きだったのだが、一度も担任になることは無く別の学校へ転任してしまった。
友人Kが恵子先生の別れの会で別れを惜しむ振りをして抱き着き、胸を触ったなどとのたまった時は幼いながらに明確な殺意を持って拳を振るった事を昨日の事の様に覚えている。
中学生になり、私は運命の人に出会った。
美しく長い黒髪、目元は少しキリっとして見た目はお嬢様のような人だったが、反面、明るい性格でとにかく活動的な女の子だった。きめ細かい彼女の肌は季節の移り変わりとともに白から小麦色、そしてまた白というふうに目まぐるしく変化していた事を覚えている。
しかし、彼女は延々と同じ一年を過ごしていた。哀れ、私はアニオタだったのだ。
当時の私はなんと愚かだったろうか。私にアニメを薦めてきた友人Kに成人式で出会った時、怒りの赴くままに人目も憚らず泣きながら大声で怒鳴り散らかした事が昨日の事のようだ。
アニメにドはまりし、勉強を疎かにしていた私は見事受験に失敗。滑り止めの男子校へと入学した。思い返すだけで身の毛もよだつ日々だった。特に夏は地獄で、体育の後の教室というのは汗と制汗剤の匂いでむせ返り、数学の女教師などは教室に入って来るや否や酷い渋面を浮かべ生ゴミを見るような目をしていた。
私との誓いを破り、他校に彼女を作った友人Kはそのまま結婚してしまった。
勿論それはめでたい事なので2万ほど祝儀を包んでやった。
自分の人生への後悔と友人Kへの怒りに寒空の下、涙を浮かべながら歩いていると程なくして女子高に到着した。
プールの場所は分かっている。こんな事もあろうかと何度か下調べに来たことがあるのだ。
誰にも見つからないルートでいそいそとプールへと向かった。
いよいよプールの前に来て私は愕然とした。プールはなんだかよくわからぬ水生植物共の手によって真みどりに濁っていた。きったねぇな。
私の“女子高プールでハーレム入水自殺計画”は脆くも崩れ去った。
その場に力なく膝を折った私はフェンスにしがみつきおいおいと大声をあげて泣きわめいた。
その時だった。
天使の福音のごとき美少女の歌声が私の耳に飛び込んできた。
「もしもし」
「明日、合コンやるんだけど行く?嫁さんにバレて俺行けなくなったんだよね。」
「行く行く!」
友人Kからの電話だった。友人Kは根は良いやつなのだ。こうして友人を気遣う事の出来る素晴らしい青年なのだ。
私は大いに涙を流した。今度は友情への賛美の涙だ。糞汚いプールとは違う、女神の住むという湖のように清く、龍が登る滝の如き怒涛である。
私は力強く、夜空の星に見せつけんばかりに立ち上がり校門へと足を踏み出した。
“That's one small step for man, one giant leap for mankind.”
“人間にとっては小さな一歩だが人類にとっては偉大な一歩だ”
とある偉大な宇宙飛行士の言葉が頭をよぎる。私は今、輝かしき未来への小さな、しかして大きな一歩を確かに女子高のグラウンドに刻み付けた。
季節は冬。いよいよ寒さも本格的になり、深夜は随分と冷え込む。
私はコートのポケットに入っていたパンティーを頭にかぶり寒さに身を正した。
その時スポットライトが私を照らした。月の無い夜。無情ともいえる暗闇の中で確かに私は物語の主人公となった。
私は勢いよく駆け出した。
死神よ。いや警備員よ。希望へと突き進む私を阻めるものなら阻んで見せろ。
私はある時自殺を思い立った。 犬丸寛太 @kotaro3
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