第50話 おもいでばなし③
終わったあとに振り返ると、ある程度決め打ちをしていたのではないかと思える節がいくつかあった。本当は私たちがバスケ部だからなんていうのは口実で、気にしていたのは他のことだったんだ。
「聞いてどうする気?」
夕ちゃんがすぐさま質問した。それに対して森谷くんは、
「どうにも。強いて挙げるなら好奇心。教育困難校でもあるまいし、今どき教師殴るなんて流行んないからね」
「趣味わる~。そもそもお利口さんの森谷には関係ない話じゃん」
「クラスメイトだし、無関係って言うのは乱暴かな。……鞘戸さん、なにか知らない?」
急にこちらに矛先が向き、一瞬ぎょっとする。説明や解説は夕ちゃんの方が得意だから、てっきりそっちに聞くものだと思って油断していた。私はむむむと唸ってから、そういえば森谷くんはこの話を知らなさそうだと思いつく。
「私たち、中学校同じだよ。一緒のクラスになったのは初めてなんだけどね」
「鞘戸はそうだけど、私の方は中二のときに被った。印象は今と大差ないかな~」
新条くんは、とにかく背が大きかった。中一の時点でほとんどの先輩を追い抜かしていたし、自分が三年生になるときには先生まで含めても学校で一番の身長だったはず。中学でもバスケをやっていたから、コートではとにかく存在感と圧迫感をまき散らしていた。怒鳴り声で味方へ指示出しをしていたのもあって、私は聞こえるたびにびくびくしていたっけ。
「大差ないって言うと?」
「教室ではいつもダルそうにしてて、それを部活で発散させてる感じ。見るからに血の気多そうだし、実際多かったから、女子全般と大人しめの男子には敬遠されてた。デカいってだけで十分怖いのに、その上で愛想までないからね」
「……まあ、確かにそんな感じではあったか」
森谷くんは顎に手を当て、考え込む素振りを見せた。一方の私はというと、日中は眠気との格闘ばかりしているせいで、クラスで新条くんがどんな風に過ごしていたかさっぱり思い出せない。というか、知らない。体が大きいから視界に入れば目立つんだけど、そもそも視界に入れる機会が少ないんだからお話にならない。
「クラスの催しにも消極的だった。なにが良いか聞かれたらなんでも良いって即レスしちゃうタイプ」
「個人の視点で、相良さんは新条くんのことどう思ってた?」
「ほぼ無関係だったけど、どっちかというと嫌い寄り。ああいうのが好き勝手やるせいで、他の誰かが割を食わされるんだよね。……てか、実際森谷にも迷惑かかってんじゃない? プリントの催促とかしてなかった?」
「したなあ。やってないって一言だけ言ってどっか行っちゃったけど」
「ま、基本ずっとそんな感じよ。本人に悪気があるかどうかは関係なく、いるだけで雰囲気悪くしちゃう系のやつ。その証拠に、ほら」
夕ちゃんはピアノの鍵盤を端から順に弾くみたいに、指を大きく左右に動かした。どうやら、そうやって教室の様子を見せたかったらしい。
「クラスメイトが何日も学校休みっぱなのに、誰も気にしてない。普通こういうのって、ちょっとは心配してかわいこぶるものじゃん? けどそれすらないっていうのが、そのまま新条の位置づけになってる」
「俺に趣味悪いって言ったけど、相良さんも大概性格悪くない?」
「女子に夢見んな。かわいこぶらないとかわいく思ってもらえないのが大半なんだから。そういうことしなくてもかわいいのは鞘戸だけ」
急に飛び火。うう……。こういうときにどう反応すればいいか、未だによくわかんないや。
「ま、話が話だけに、正直このまま休み続けてくれって思ってるやつも何人かいるでしょ。だって怖いし。先生殴っちゃうようなブレーキ壊れたやつなら、同級生殴るのはもっと簡単」
「理屈としてはもっとも……か」
森谷くんはまたも考えこむ素振りを見せたが、今度は即座に次の質問が思い浮かんだようだった。
「ねえ、新条くんって、中学時代に似たようなことはしなかったの? 暴力沙汰とか、喧嘩とか」
「……噂ならそこそこ聞いた。でも、自分の目で見たことはないかも」
「そっか。……まあ、百歩譲ってもガラ悪かったのは事実だしなあ」
「優等生の森谷はどうにかして新条を学校に連れ戻したいのかもしれないけど、そう思ってるならたぶん無駄。連れ戻したら逆に森谷が反感買うんじゃない」
「連れ戻すなんて言ってないよ。俺が今こうやって聞いてるのは、本当にただの興味」
彼は、薄く笑って、
「しかし、思ったより派手に反感買ってるみたいで反応に困るね。普通こういうときって、若干のフォローが入るものだと思ってたけど」
「フォローしてやるほど好感ないし、してやれるほど材料もないもん。無理無理~。どう取り繕っても『普段は真面目でそんなことするなんて信じられない』みたいなコメント引き出せる相手じゃないって。自業自得。因果応報。そういうふるまいしてきたんだから、新条には甘んじて受け入れてもらわなきゃ」
「……でも」
夕ちゃんがあまりに一方的に責めるものだから、ついつい割って入ってしまった。確かに新条くんが悪い面は大きいのかもしれないけど、森谷くんが知るのがその話だけではフェアじゃない気がする。
「新条くんのシュートフォーム、お手本みたいに綺麗だった。だからきっと、バスケには真剣なんだと思うな。……ごめんね? 関係ない話して」
「いや、関係ないなんてことはないよ」
フリースローラインから膝の屈伸と手首のスナップだけで放たれるシュートは、芸術みたいに美しかった。あれだけ体格に恵まれていたらフィジカル一辺倒になりそうなものなのに、新条くんは手を抜いたりしていない。それを見て、私もシュート練習の本数を増やそうと感化された記憶がある。
もちろん、いくら真剣にバスケをやっていたからって人を殴っていい理由にはならない。……でも、確かにそういう姿もあったんだって伝えておくことが重要な気がした。理由はわからないけど、特に森谷くんには教えておくべきだと思ったんだ。
「うん。ありがとね、鞘戸さん」
何度か頷き、森谷くんは自分の席に帰っていった。頷いたからにはなにかしらの納得があったはずだけど、そこまでは教えてもらえなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます