第16話越境
家から出て、途中で見かけた武具店でノアは剣を買った。それを革のベルトで腰に携えると、急に違う人に見えた。
軍人さんだったんだよね。
「マナ………………マナ!」
「あ…………」
「大丈夫か?馬に乗ってくれ」
ぼんやりとする私に顔を強張らせた彼だったが、直ぐに視線を外した。突っ立っていた私の脇に手を添えると、馬の鞍に掴まったのを確認し手を移動させ腰を支えて乗るのを手伝ってくれた。そして慣れた様子で自分は後ろに乗ると手綱を持った。
「ゲートが封鎖されない内に通過したい。少し飛ばす」
「うん」
グン、と一気に加速して、前屈みになった私は鞍を必死に掴んでいるので精一杯だ。
彼は自国に帰ると言った。私も一緒にだ。
ゲートとは、各領地の境界ごとに設けられた通過門だ。兵が配備されていて、身分証が無いとそこから先には進むことを許可しない。私には養い親の保証によって身分証が発行されている。しかし奴隷だったノアには勿論無い。こういう時は、私が主だという証明として、奴隷売買契約書があればいい。捨てるのを忘れていてよかった。役に立つとは思わなかった。
ここに残るのはマズイとさすがに分かっている。でも急なことで頭が追い付かない。
店は、どうなるんだろう?お客が増えてようやく軌道に乗ってきたというのに、仕事はもうできないんだろうか。家だって買ってローンが残ったままだ。
次々と流れ行く景色を横目に、そんなことばかり考えてしまう。
私はただ平穏な日常を望んでいただけだ。目立たず、ひっそりと恙無く一人で暮らしていけたら満足だったのに。
結局は、この力のせいなんだ。それが悔しい。
どのくらい経っただろう。街をいくつか抜けて森に入って緑の木々を視線の片隅に眺めていたら、いつしか馬のスピードが遅くなっていることに気付いた。
「ノア?」
「ああ……………少しだけ…………休む」
道の端に寄ったと思ったら、ズルリとノアが馬の背から滑り落ちた。
「ノア!!」
馬からモタモタと降りると、半身を起こした彼は青白い顔をしていた。苦しそうな息をして肩に巻いた布が真っ赤に染まっているのに、今の今まで気付かないなんて。
なんて私の馬鹿!
馬を木に繋ぎノアの腕の下に顔を潜らせると、意図を察した彼が地面に手を付いて立ち上がった。体重を掛けまいと気遣って歩こうとする彼の腕を支え、道を外れて木々の生い茂る奥へ入って行く。
辺りは暗くなっていたが、月明かりを頼りに大木の根元に彼を座らせた。ここなら自分達の気配も分かりにくいから、しばらくは大丈夫だろう。
「肩見せて」
布を取り去り、上の服を脱がすと、それまで意識が朦朧としていた彼が首を振った。
「……………ダメだ。たぶん、声が………お、抑えられない。誰かに聴かれたら」
セリフだけ聞いたら、18禁物だ。
状況が状況だけに、私はいたって真剣だった。向かい合うように座り、ノアの頭を抱き寄せる。
「マ、ナ?」
「私の肩噛んでていいから」
肩口に彼の息が掛かる。
「そんなことは…………」
「歯を立てていいよ」
早く治せばいいだけだ。焦った彼の手がさ迷った挙げ句、私の肩に置かれた。
片手で彼の頭を抱いたまま、肩に神聖力を流す。
「うくっ、うっうっ、ううー!ふうっ、うう!」
ぎゅうう、とノアの指が私の肩を滑り腕を痛いぐらいに掴む。
「ううー、ふあっ、ま、マナ」
ハア、と熱い吐息と共にノアが顔を上げて私を見た。
切なそうな表情にドキリとしたのも束の間、彼の両腕が私の背に回りギュッと抱きしめられた。私の髪に唇を押し当てるようにして、彼は漏れそうになる声を耐え、喘ぎが大きくなりそうな時は代わりのように名を呼んだ。
「マナっ、うっ、は、ああ、マナ…………あう、マナ……」
「ちょ…………」
こちらまで興奮してきそうだった。
緊迫した状況だと分かっていても、どうしてもおかしな気分になってしまうのは私の力のせいだけなのだろうか。
「マナ、うくっ、ああ、マナっ」
「の、ノア……………」
物凄く悪いことをしてる気がする。
雰囲気に呑まれるように、彼の背を抱いてみた。
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