第9話染まらないもの3
「ノア?」
「どんな感じかなんて、言葉では表せないな」
頬を辿り、指がつうっと首筋を滑った。
「あ」
擽ったくて声が出て、自分の声が恥ずかしくて身を捩った。
「ノア、あの、あの」
目を細めて私を見ている彼が何を考えているか分からない。指が再び伸びてきて、堪らず手首を掴んだ。
「こんなことしなくていいから!ノアはもう奴隷じゃないんだから、私なんかに……………その」
「……………」
「私はもう十分で、そんなの興味無いし、周りが気持ちいいなら満足というか、この前初めてキスしたので結構というか」
どうしたらいいか分からなくて、余計なことまで喋ってしまったら、ククッと笑われてしまった。
「冗談だから、そう真に受けるな」
「もう………」
笑いながら何気に私の口元のパンかすを親指で拭ったりする。私で遊ぶのは止めて欲しい。こういうのは慣れていないから。あのあられもない姿態を披露していた彼はどこにいった。
「一人で平気なのか?」
その後は当たり障りのない話をしながら昼食を摂り終え施術室を整えていたら、彼が心配そうに確認する。
午後は仕事帰りの人が来るが、朝ほどではないだろう。まだ本調子じゃない彼には先に帰って家のことをお願いしている。
「平気だって。ノアは大丈夫?まだ体が辛いでしょ」
「これぐらい大したことじゃない」
「……………途中まで付いていこうか?」
通りがけの市場には、彼にとって忌まわしい奴隷を売る店がある。
「平気だ」
朝そこを通る時、心配で私が手を握ってきたのを思い出したのか、ノアは私の手を軽く握って離した。
「子供じゃないんだ。あんたに心配してもらうことはない」
体は治せても、心までは治せない。見えないからこそ心配なのに。
「ノア」
「…………あんたは変わってる。見ず知らずの俺を身内のように心配するなんて本当に…………」
まただ。私の方に手を伸ばして、迷ったように手を下ろした。
「気を付けるんだぞ」
「うん」
店を出ていく背中を見送り、私はそっと溜め息をついた。彼に正直情が移りすぎだとは思う。
ここは彼にとって敵国内だ。ここに居すぎることが危険だと、彼も知っているはずだ。
ちゃんと距離を置かないと。
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午後は若い女性がちらほら、夕方にはあの解体屋のおじさんもやって来てくれた。
「うううう、う、うっ、ふう、あー、だいぶ、楽にっ、なったあ」
「毎日ご苦労様ですね」
予約の客はいなくなり、片付けをして明日の予約状況を確認していたら、店の入り口が開いた。薄暗くなった外から入って来たのは三人の男で、キョロキョロと珍しげに店内を見回している。
「いらっしゃいませ」
身なりが立派だ。真ん中の背の高い男が主人で、あとの二人が従者というところか。貴族だろう。身分の上下のある国で下手な行動はできない。
緊張が走ったが、営業スマイルを引っ付ける。
「変わった造りの店だ」
主人らしき男は好奇心旺盛らしく顎に手を当てて「なんだ、この椅子」「ふむ、この壁は何か違う素材だな」等と呟いていたが、一通り見終わると私に目を向けた。
「ここが平民達に評判の店だと聞いて来た」
「さようですか」
「そなたが店をやってるのか?」
「はい」
「一人でか?」
「はい」
ノアと同じくらいの年齢だろうか。黒髪に黒い瞳で、なかなかイケメンだ。
「そなたが?」と疑り深そうに私を見るが、そういうのには慣れている。
「どなたか治療されにいらしたのですか?」
「無論、私だ。背中の古傷の痛みが引かなくて来たのだ」
「すぐにできますよ、こちらへどうぞ」
「…………………本当に傷を治せるのか?そなたのような娘が?」
「ここで合っているのか?」と従者に確かめていたが、私は根気よく待った。店をそろそろ閉めたくなってきたが余計なことを言ったら、どんな目に遭うか分からない。
渋々といった様子で、従者を待合室に待たせて一人寝台に俯せになる男。着衣を脱いだ背には、斜めに切り傷があった。だいぶ経って傷自体は治っているが、痕が残り赤くひきつれたようになっていた。
どんな人も、私の手に掛かった途端どうなるか。
「すぐ良くなりますよ」
「本当………うあ?!」
ビクッと大きく体を揺らし、男がシーツを握った。
「うあ!あ!あ!ぬああああ!ひ、ん、ああ!」
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