第8話染まらないもの2

 「ふゃああー効くー」


「お客さん、だいぶ凝ってますね」




 常連のおばあちゃんに神聖力を掛けている。




 私の店『リラクゼーション マナ』は、市場を通り抜けた奥まった場所にあった。


 和風をイメージした藍色の瓦葺きの外観。藤色の暖簾のれんをくぐった先には香を焚き染めた癒しの空間が広がる。


 入ってすぐに受け付けカウンターがあり、もう1つ蓬色の暖簾をくぐった部屋には3つの寝台が板で仕切られて並んでいる。部屋の一角には、竹の鹿威しが壁から通された水を受け止めて、カコーンと一定のリズムを刻む。




 この世界の建築は言わずもがな西洋建築が主流。私の和風イメージを伝えて実現するには相当の自身の熱意と押しが無ければできなかった。




 最初はお世話になったおじいちゃんおばあちゃんの家を店代わりにして資金を調達し、今年ようやくオープンしたばかりのピカピカだ。




「ほえー、ほええ、いいよお」


「気持ちいいですか」




 ひっきりなしに来る常連さん。今日も盛況だ。従業員は私だけだ。予約制だが、空いていたら当日も受け付ける。


 2日急に休んだから、今日は特に多い。


 焦げ茶色の髪を1つにまとめ、白いブラウスに空色のエプロンという施術着を着て一度に三人までを相手する。




「ひゃあ、わしの膝が、ああ」


「これで痛みなく歩けますよ」


「ひゃああ」


「はい、終わりました」




 客の流れが止まったので時計を見ると昼を過ぎた頃だった。エプロンを脱いで手を洗い、受け付けを覗くとノアが死んだ目をしていた。




「ノア?」


「あ……………ああ」




 左手を負傷した私の為に、受け付け業務の手伝いを買って出た彼だが、げんなりした様子で椅子に座っている。




「あんた、よく平気だよな。朝から夕方まで人の喘ぎ声聴きながら仕事とか」


「まあ慣れだよ。ずっと聴いていたら子守唄みたいに聴こえてくるから」


「いや、無理だろ。しかもなぜか年寄りばかり」




 平日の午前中という時間帯によるだろう。声が聴かれたら恥ずかしい若い人達は必ず予約してくるし、そういう人は一人だけ部屋に入れて治療する。




「なあに?女の子の声聴きたかったの?」


「そんなんじゃない」




 目立つからと黒に染めた髪を掻き、ノアが私をチラッと見てくる。




「客の入りがいい。若い女が一人で切り盛りするのは大変だろう」


「お陰様で儲かってます」




 労ってくれたのだろうか?得意気にそう返せば、少しばかりさ迷った指が額を軽くつついた。


 首輪を外してから、彼は険が取れたようだった。照れ臭くてつつかれた額をこすった。




 親しくはなったけれど、私は彼が奴隷になった間のことや、その前はどういう人だったかを聞いてはいない。簡単に立ち入ってはいけない話だと思う。




「あんたの力は凄いな」


「感度が?」


「っ、じゃなくて、傷を治す力がだ。どんな傷もたちどころに治す能力なんて初めて見た」




 受け付け横にある待合室の藤で編んだ揺り椅子。2つ並べたそこに座り、朝市場で買った惣菜パンをかじりながら話している。


 一緒にご飯を食べてくれる人がいるのは、いいものだ。




「生まれつきではなくて、この力は…………」




 どこまで話していいのだろうか。ふと迷って不自然に言葉を止めたら、ノアは椅子を揺らして咳払いをした。




「しかし、ここの客は…………あんたの神聖力を受けても、その…………それほど強く感じているようではないな。喘ぎながらも会話できていた。俺の時は、もう………」


「うん、傷の深刻度と痛みの度合いが強ければ強いほど、快感が増すからね」


「ああ、そうか」


「どんな感じだった?」




 からかって聞いたらノアは動揺するかと思ったのだが、一拍置いて椅子から身を乗り出すや、スルリと私の頬を撫でニヤリとした。




「経験したいのか?」


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