第6話神聖力3

 柔らかいとか湿ってるとか息苦しいとか遠いところでぼんやり思う。なんでこんなことされてるんだろう。


 しばらくふにふにとつついていた唇が、ぐいぐいと押し付けるようになって、食べられるんじゃないかと感じるようになったら、ちょっと泣きそうになってきた。




「う…………んむ」




 キスが甘いとか嘘だなあ、と相手の睫毛を見ながら知った。上手とか下手とかあるのかな?やっぱり慣れてるんだろうな。だったら他の人にもこんなことしてたのか、そっか。特にたいしたことないんだろうな。




「こんにちはー、解体屋です」




 カラカラと戸の開く音がして、玄関からやけに明るい声がした。




「………………何だ?」




 ピクッとして私の背中に回された手と無駄に動き回る唇が離れていって、彼が怪訝そうに呟いた。




「……………………は、い」




 ぼうっとしたまま返事をして、玄関に向かおうとして足がもつれて転んだ。


 膝が痛い。




「おい、だいじょ………」


「…………………」




 彼が声を掛けてきたが無視………反応を返す余裕もなく、のそのそと立ち上がったら正気が少しばかり返ってきた。


 玄関には重そうな木箱を抱えた体格のいいおじさんが一人立っていた。




「解体屋だけども予約したのは、あんたで間違いないかね?」


「はい………………どうぞ」


「この首輪を外すってのは、どういう……………ああ」




 部屋に案内するなり、おじさんは納得してくれた。




「これを外すのかい。ちっと難しいかもしれんぞお」


「お試しでいいんでお願いします」


「うん?『性奴隷』…………」


「いいから私の名誉に関わるんでお願いします」




 敷いたカバーに置いた箱の中をごそごそとし出すおじさんに、奴隷が私に目を向けた。




「まさかこれを外すのか?」


「そうですが。奴隷商の人に聞いても、特殊なんで鍵作るのに1ヶ月かかるって言われたんで、てっとり早く外すには壊したろうかと思いまして。金貨二枚はたいてこの方法しかないとかすみませんねえ」




 無表情に且つ丁寧に解説してあげると、奴隷は驚いた顔をしていたが、首輪に手を掛けると今度は不安をちらつかせた。




「あんた怒ってるだろ」


「そうですねえ、怒ってるんですかねえ、私何も悪くないですねえ」




 おじさんがズラリと道具を並べて思案していたが、やがて…………




「このペンチで試すか」




 人の頭を潰しそうなペンチがガチガチとおじさんによって鳴くように音を立てる。電動カッターは無いようだ、残念だ。




「本当に外すのか?」


「そうです。こっちに座ってください」


「待て、そんな簡単に外せるものではない」




 床に座りながらも、彼はペンチを見て首を振った。




「外せるものなら、俺が外している。これは外そうとしたら強い電流が流れる。破壊しようとしたら首が焼き切れる仕掛けになって…………いて」




 ハッとして私を見るや語尾をすぼめる彼に、フフッと意地悪く笑った。




「私がいるのに、奴隷さんに苦痛を与えると思いますう?」




 慌てたように部屋を見回した彼が、チェストの上に置いているタオルを掴んだ。




「なるべく早く終わらせてくれ、クソ」




 自らタオルで猿轡を噛ませ、もう一枚のタオルで目元も覆い後ろできつく縛った。手際がいい。乱れた姿を見せないつもりか。




「兄ちゃん大丈夫なのかい?」


「大丈夫です、ゆっくり作業してくれていいですよ」


「ンン?!」




 座った状態で床に半身を傾けた彼の背中に回り、左手を首輪と首の間に差し込む。そして右手で彼の右手を押さえつけた。万一我を忘れて手で首輪に触れたら危ないし。




「一応説明は聞いてるが、お嬢ちゃんも怪我気を付けてな」


「はい」




 お店をやってるからか話が早くて助かる。私がどんなことができるか、このおじさんも了承済みで来てもらっている。




「じゃあ、兄ちゃんはじっとしててくれよ」




 おじさんがジャキッと首輪をペンチで挟むと、彼は着いた両手をぐっと拳にした。一見したら処刑モードだ。


 背中におぶさるようにしている私にも彼の緊張が伝わってきた。




「大丈夫、痛みは絶対感じないから。例え首が切れそうになってもその瞬間に繋げてみせる」


「ンン!?ンウウ」




 耳元で落ち着かせようと囁いたら、ビクッと肩を上げて唸っている。




 ペンチの先に力が込められると、ビキビキと首輪が壊れる音がした。




「ウグッ!」




 不安からか彼から声が上がったが、既に神聖力を流すことだけに私は集中していた。




「ンン!ンンンンンンッ!グウウ、ウン!ンーー!!」


「もうちょいだ、兄ちゃん堪えろよ」


「悦んでるだけです。気にせずやっちゃって下さい」


「ンーンー!ンン」




 ちょっとこれどうなんだろ。


 頑丈な首輪を外すのに30分ほど苦戦してしまった。




「フウ、フー、ンッグ」




 額に汗を滲ませ息も絶え絶えになっていた彼は、首輪が床に転がると自分もズルリと倒れて、しばらく動けないようだった。




 色んな意味で今日もスゴいことをした。








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