元の鞘

第11話 足枷

 どう足掻いたとて、自分がならず者だということから逃れられないと知った。


 仔細を完全に理解できたわけではないが、自分たちに矢を向けた人たちは、あの町の人々を無惨に見殺しにしたのだ。病人の体力を奪う高熱から病人を守る、熱さましを買い占める愚行を犯して。それなのに、あの武家たちを憎めない。


 武家は力を持ってして土地を治め年貢を取り立てる。治安のため、畑を荒らされぬよう守るためとは聞こえがいいが、世の中はまいないと嘘にまみれている。いくさが起これば自国の武家たちに作物を踏まれるのだ。


 それはかつての自分となにが違う? 山の麓の小さな村を支配下に置き、護衛の貸し出しを日々の生業なりわいとし、その貸し出し料を釣り上げるために、派手に強奪をはたらき旅人を怖がらせた。


 それは旅人たちへの裏切りだ。約束が守られないとわかっていて、「いま」殺されないために、圧倒的な力を持つ相手に服従する。土地を耕し作物を得る、得難い力を持つ者たちが虐げられる。恐らくは、名も知らぬかつての自分もそうであった。朝廷に長きに渡って抵抗したという民族の名前を与えられる前の、不死身の異能を得る前の自分も。


「裏切り、か」


 サトという少女と、これ以上ともに旅をするわけにはいかない。虐げられる民のなかには、賭け事の賽の目のように選ばれてなす術なく死んでいく者と、幸いにも死なずに済んだ運のいい者と、道を外し略奪に走る者がいる。


 あの子は私とともにいてはならない。私がそうするしか生きられなかったように、置かれる場所でその人の賽の目が決まってしまうなら……。あの子を「道を外れた者」にしてはならない。道を外れて生きるのは、あまりにも苦しい。それこそ、静かに死んだ方がマシだと思えるほどに。


「ーーう」


 上の空で歩いていたせいで、木の枝にでもつまずいたのだと思った。膝の土を払い、立ち上がると、見知った顔があった。


「ヨォ、元気そうだな」


「……」


 先ほどから気分がすぐれないので元気なわけはないが、口答えしても無駄だということはわかっている。この男にとっては、どれだけ無様で傷だらけであっても、使える道具でありさえすればよいのだ。


「つれないじゃないか。ともに金を荒稼ぎした仲間じゃないか。まだ不死身は失わられていないんだろうなーー化け物」


 せめて自分と同じ苦しみは味わってほしくないと身を引いたところで、ほかに生き方を知らない自分は、また暴力に生きるしかないのだ。


「……また護衛業でもやるのか」


「お、話が早くて助かるじゃないか。でも、やっぱり聡くはないようだね」


 もっとも、その方がありがたいんだがね


 ちゃんと聞こえている。侮辱なのだとも理解している。それでも、染み付いた受動性は肉を離れてくれない。男の次の言葉を、指示を待つ猟犬のように待っている自分がいた。


「あのときの生き残りは俺とお前しかいねえ。今更あんな大掛かりなシノギはできねえよ。とりあえず、またイチから頑張るっきゃねえ」


 こそこそと各地を転々としながら、こそこそと悪事を続け、かろうじて生き延びる。護衛業にたどり着く前の、流浪の時代がまた来ただけのこと。


 馬に踏まれ作物がダメになった百姓が、やれやれと汗を拭い、「またイチからだな」とつぶやくような。男もまた、弱き者の一人である。

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