第8話 毒 其の一
血に触れるとその人の半生を我が事にしてしまう異能は、その後もサトを苦しめ……時に楽しませもした。
熊に襲われた人間の血溜まりの跡を指でたどりながら、なにやら頬を赤らめて身をくねらせ、気持ち悪い声をあげている。
「サト……?」
「うふふ、女の子を逃すために身を張ってツキノワグマの攻撃を受けたんやって、この人。淡い恋は微笑ましいなぁ……」
隼人は困惑する。血が染みて黒くなった土にひさまずきながら笑う人間は、側から見れば鬼にも等しい非情に見える。ただ、サトにはわかっているのだ。熊の攻撃を受けた人間が、無事に町まで逃れたらしいことか。
「決めた! 隼人はん、この人を追っかけへん? この恋がその後、どうなったんか、ウチ、知りたいわぁ」
「西の町で今までに貯めた布を食料と換えてもらうんじゃ……?」
「あっ、そうやったわ。薬を布と交換してくれって言わはる人が多かったから、米も肉も足らへんのやった。肝心の薬草も仕入れとかなあかんな」
寄り道せずそのまま進む決意を決め、立ち上がりそちらを向くも、未練がましく肩と顔は血の跡の方を向いている。いかんせん足元を見ていないので、いつぞやの隼人のように、足取りもふらふらと危なっかしい。
「あっ、サト。前」
「うわあっ!?」
山道を遮るように、落雷で割れたらしい木の半身が横たわる。屈まなければ通れないのに、前方不注意でサトは激突する。鼻を強く打って、ひどく痛がった。
町に着いた。サトも初めて来る町だった。ーーなにやら、様子がおかしい。
「あれ? 山の向こうの町は賑わってたのに、こっちはエライ閑散としてるな」
「どないしはったんやろ。戦さ場から逃げてきた武者たちにでも略奪されたんか?」
それにしては、家屋や町の倉庫、田畑を耕すための家畜などの損傷はない。だとすれば……。サトの嫌な予感は、的中した。
少し路地に入れば、人、人、そして人。その大半が、すでに息絶えている。生き残った者も、痩せこけて骨と皮で、力なく地面に横たわっている。
「伝染病……! 隼人はん、えらいこっちゃ」
サトはかろうじて生きている人たちの額に手を当て、その体がひどく熱いことに気づく。
体の熱を上げるのにも体力を使う。病気を治すために必要な高熱も、骨と皮になった人には、命に関わる「体力の無駄遣い」になってしまう。
「これは、早く熱覚ましを使わなあかん……けど、熱覚ましはちょうど切らしとる……」
この前に訪れた町で、熱覚ましはよく売れた。一見、熱がなさそうな人も、身内に熱を出した者がいるとか、今後のためとか言って、躊躇うサトから熱覚ましを買っていった。
「熱覚まし、昨日の町に行って買い取る?」
「いや、やめておいた方がええ。あの人ら、この町が病に
隼人の提案に、サトは即座に首を振った。
「あぁ、一つの薬だけよぉ売れるときは気をつけや、いう師匠の御助言は、こういうことを言うてはったんやなぁ」
隼人は、昨日訪れた町の住人に憤りかけて、すぐに冷や水をかけられたように青ざめた。
熱にうなされ、痩せこけていく病が、すぐそばまで迫ってる。そのことに気づいた人が、自分と家族を守るために、薬を買い占めた。実際、この町の住人はほぼ助からない状態にある。そして、願わくば薬師であるサトが、その疫病の波を食い止めてくれればと、何も知らぬフリして送り出したのだろう。
非情ではある。だが、隼人にそれを責める資格はあるだろうか。護衛を高く売りつけるために、結託して旅人を襲い、略奪を働いた盗っ人の長であった自分が。
ぬるり、隼人の胸中に巣食っていた闇が、鎌首をもたげた。テキパキと、いまできる処置をするサトが、突っ立ったままの隼人を怪訝そうに見上げた。
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