第3話【少年】

「おーい、起きろー」

 そのまま宿まで付いてきた少年に怒る気力もなく、収穫も無いまま戻った俺はしこたまエネミーに怒られ、ネチネチと嫌味を言われ、ついでに白魚のような白い足で何度も足を蹴られた。全く痛くはないが、少女にここまで怒られるのはちょっと、もうコレきりにしよう……という想いを新たに少年と自分とエネミーの分の飯を購入し、そのまま自己紹介などを終わらせて世話をしてやった後やっと寝かしつけた。うら若き少女と寝る趣味も無ければ少年に興味も無い俺は、ベッドを譲ってソファーで仮眠を取る形にした。なんだか少年には物凄く申し訳ないと固辞されたが、親に挨拶をする事を考えると少年に身体が痛い思いをされるのは俺が困ること、親に却下されたら称号を取り消すことを了承させることに成功した。

 朝起きると、ベッドで寝ていた筈のエネミーが俺の上に器用に乗って寝ていた。女の格好をしている俺が言うのもなんだが、いくらなんでも警戒心なさ過ぎじゃないだろうか……と心の中で呆れつつも引き剥がしていつもの自作女装服に身を包み、化粧をして髪を整え荷物を再度確認して今日の予定を再度立てていく。別に急ぐ旅でも無いが、だからと言って終わらせるのが遅くても良いという事でも無い。

「ん……」

 不満げな声を出しながらもソファーで眠るエネミーの柔らかい頬を突きながら、少年が準備を終わらせるのを待つ。この村には一泊しかしない予定なので、朝が早いのである。この優雅に眠っているエネミーは荷物ついでに持って行けば良いと楽観的な思考をしている自分の甘さに苦笑する。こんな、逃避みたいな旅が長く続く訳がないのに、早くも楽しんでいる自分が馬鹿らしい。


「よいしょっと……」

 エネミーをおんぶして、少年にはそこまで重くもない荷物を託して宿賃を支払うと改めて村へ出る。買いたい物は色々あるが、まずはこの少年を無事な姿で家へ送り届けてやらないといけない。

「えーっと、アルバートくん? だっけ。お家どこ?」

 俺のお手入れ道具と武器のお手入れ道具も一定量入れとかないと不安だ。不本意な女装といえども完璧にやらなきゃいけないし、魔物が少ないとは言え、いつ危機に瀕するか分からない状況で武器の手入れを怠るのも馬鹿だと思うのでね。そして何よりも、このワガママ女王様エネミーちゃんを黙らせる為の菓子類。出来れば量があって食べ難く、食べてる間は無言になってしまうやつ!

「あー、えっと……そこの道を左に行ったところにあります!」

 ハキハキと答える少年は、何処か空元気というか、無理しているように思う。その表情は何処か暗く、虚ろな所が気になる。もしかして……

「帰れない、のか?」

「いや! そういう訳じゃ……」

 俺の指摘に慌てて否定する少年がより一層怪しい。が、俺には関係無いことではあるし、無理して聞き出す程興味は無いのでそのまま終わらせた。道を左に進むと、農家の家らしき小さい家が転々とある感じだ。なんていうか、ライアヴィスにはたまにくるけど農家にお邪魔する事無いから新鮮だな、と感じつつ背負っているエネミーをヨッと上に上げる。未だに起きる様子がなく、俺の背で眠っている。

「……あ! ここです、此処の家」

「んぁ……着いた?」

「お、エネミー。起きたなら降ろすぞ」

 丁寧に降ろして差し上げた後、有無を言わさずそっとマシュマロをエネミーの口に入れて対処完了である。王宮で飼育していたヒトウシとフタアシに良く蹴られてたっけ……なんて思い返しながらも、瞳を輝かせつつマシュマロを口の中で転がし始めるエネミーは本当にペットみたいだったので思わず頭を撫でてしまった。夢中で頬を膨らませて食べる様子に少しだけ癒された。

「すいません、息子さん連れて来たのですが」

 マシュマロを袋ごとエネミーの口に突っ込んだ後、軽くノックを数回してひたすらに待つ。畑とかに居ないのか? と数度尋ねるも、何も反応が無い。

「……居ないのか?」

「あ、手紙! ポストに入ってました!!」

 何処か上の空だった少年に近くに居ないか探させていると、『勇者様へ』と丁寧に記載された一般的に出回っている手紙を渡される。

「『勇者様へ 息子を頼みます 親より』……えぇ?!」

「……実は俺ッ! 親と、不仲で……ッ!! 昨日無断で出て行ったから、もう要らないのかも……」

「要らないとか、ある……?」

 いや、不自然なくらいおかしなことだが、無い事は無い……のか? エネミーは我観せず、と言った様にマシュマロを頬張っている。少年はそのまま俯いて、返事を待っている状態……えぇ、こう言う雰囲気苦手だが?!

「……エッ、シザリスくん……?!」

 返答に困り立ち尽くす俺の後ろで、何か落ちる音がした。振り向くと、何処かで会った気がする美人エルフの姿がーー。

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