プロローグ

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 俺の朝は一杯のコーヒーから始まる……なんてことは無く。俺の好物であるミートいちごパイを作るところから始まり、ウシモドキの辛子ココアを飲みながら新聞に目を通すふりをするのが日課である。なんか、インテリって感じでかっこええじゃん? まあ俺は家事が出来るし地位も上の方だし、紳士的だし顔も整ってるし強いし、やろうと思えばそつなく熟せる。努力だってしているので羨望の眼差ししか受け付けないけど。欠点は女装している事ぐらいだが、まあこれは雇い主である王様の命令なので実質あってないような欠点だ。そしてそんな完璧にカッコいい俺の名前は

「シーザリースちゃーん!」

 なんだか面倒な生物に呼ばれた気がするが、改めて言わせて貰うと俺の名はシザリス・リッパ―。この物語の主人公であり、敬愛すべき王の手足となって働く男の名前である。

「シザリスちゃん、パイ焼けたよ」

 勝手に正面の席を陣取り、寛いでいる変な性癖を持っていそうな面倒男の名前はアリックス。この世界で唯一ある国の王様であり、俺の雇い主兼親友だ。顔良し家柄良し愛嬌有り、とスペックだけは良いのだが、性格が捻じ曲がっているし性癖もおかしい。正直、出会うのが分かっていれば全力で回れ右をしてしまう相手である。

「あーすんません。考え事してました……何の用ですか?」

 出来上がったばかりのミートいちごパイを辛子ココアで流し込む。この食べ方だと味が分からなくないか? とアリックスに言われ続けているが、パイから伝わるウシもどきとヒツギ―の合い挽き肉の強烈な味を恋いちごの鋭い酸味とほのかな甘さで引き立て、辛子ココアの刺激的な形容し難い味で全て打ち壊す感じが好きなので、みんなも是非試してみてくれ。

「考え事とは余裕だねぇ! じゃあ、余裕ついでにちょっと魔王殺してきてくれない?」

「あーハイ分かりました……って、魔王?!」

 つい生返事しそうになってしまったが、この数百年で魔物や悪魔と呼ばれていた生物達が急激に弱体化し、捕食者によって乱獲されまくったせいで『魔王』という名ばかりの存在は王の庇護下に入って細々と暮らしているという。雑魚モンスターの代表格、リボうさより弱いって評判もあるくらいこちらに害をもたらさない――というか、わざわざ討伐する必要もない存在を殺せと?

「そ、魔王。この平和な世界にもう必要ないかなって思っちゃってさ」

「……必要ない、なら適当に軍率いて殺せばいいんじゃないか? わざわざ俺がお前の護衛を休んでまで行く必要は?」

「森に厄介な護衛が居るみたいでさ、先駆隊は全滅しちゃった。だから、シザリスちゃんにやって欲しいなって。あと、この子を保護して連れてきて」

 なんでもないような口調で恐ろしいことを言いながら、スッと懐から一枚の肖像画を出して俺に見せてきた。菫色のふわふわとした髪と、陶器のような白い肌。こちらに微笑んでいるのに、紫色の虚ろな瞳のせいか笑っているようには見えない幼い少女の姿。なるほど、確かにアリックスが好きそうな幼女だと納得してしまった。

「流石に、犯罪、ですよ」

「いや、合法だから。平気」

 鼻息の荒いアリックスの言葉に「はあ」と返事だけはしておく。そうだ、倫理観がやべえ奴がこの世界のトップにいたんだ。そりゃあ合法だわ。

「いや、けどこの子まだ幼い……成人もしてないですよね? せめて三年か七年待つべきだと思うが」

「この子魔王の娘だから、一応人間で言うと百三十年は生きてるよ。今十三歳なんだって! かわいい」

「……なるほどなぁ」

「それにちゃんとした理由も、ある」

 少し言いづらそうに、わざとらしく言葉を途切れさせるアリックスの様子に、ただならぬ気配がする。

「この子、周囲の魔力を吸い取ってしまう特異体質で、封印されてないと魔物や悪魔が減る一方なんだと。つまり体のいい厄介払い、というか。実父からも疎まれている様子だから、保護って訳。確かに徒歩五分でたどり着く魔王城とはいえ、道中は危険だと思う。けど、シザリスならできる。シザリスだからお願いしてるんだ」

 いつになく真剣に俺を見つめる真っ直ぐなアリックスの表情に、重い期待を感じる。こんな真剣にお願いされたら、断れない……と絆されそうになってしまったが、いや待て、さり気なく転移魔法かけやがったコイツ! 有無を言わせず行かせる気だ!

「じゃーねーシザリスちゃん! 『勇者』として、世界救ってきなよ!」

「ふざけ、」


 ——文句を言う間もなく、視界が暗転した。

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