第10話:東海岸最後の地 人工都市ケアンズ
11月8日 晴 393km
→Ingham→Misson beach→Cairns(YH)
タウンズビルに到着。東海岸をシドニーからずっと北上してきて、いよいよ西へ向かう地となる予定の街だった。ここから内陸の荒野アウトバックに入っていくと、しばらく海とは、おさらばとなる。旅の途中、心細く感じたとき、幾度となく太平洋を眺めた。海は僕の頭を空っぽにし、小さな安らぎを与えてくれた。人間の生理現象かどうかはわからないが、少なくとも僕は海の近くで育ったためか、いつも海がそばにあることは、道中の心のよりどころとなっていたことに今気づいた。
この現在でこの暑さなのだから、内陸はもっと過酷な環境が待ち受けているのだろうと容易に想像できた。そう思うと不安の向こうに感情が高まるのを覚えワクワクし、心臓の動きにビートが加わってくる感じがした。「いざ往かん、約束の地アウトバックへ」。はて、なぜ約束の地か?。僕にもわからない。そんな気分なだけだ。
で、その前にもう一度最後に海を見納めにいこうと、タウンズビルの街の外れの海を一望できる高台「キャッスルヒル」に登ることにした。その名のとおり『城の丘』を連想させる自然的構築物。頂上からの眺めは、眼下に整然した貼り付けられた街並み、その先に広がる太平洋を拝む。その青の空と蒼の海を分ける水平線は、まるで朝露に濡れる蜘蛛の白糸のようにピンと一文字に張っていた。海風は耳元に無言のメッセージを運んでくる、「ほら、この絶壁の柵を乗り越え、この絶景の中に飛び込んでごらん」。十実際危険極まりないとわかっていながらも、抗う気持ちも忘れ、弱腰ながらその生死の境となる柵の上に立ってみた。『ここからはどう頑張っても、海まではジャンプできないなあ』。当たり前だ、街の向こうの海までは数キロあった。でも、僕は今、無償に海に飛び込みたい。そう心を過ぎった瞬間、内陸に入るのは後回しにして、もう少し北上し、ケアンズに行き、そこから外洋に出て、おもいっきりスキューバをすることを思いついた。移り気な男だ。船の先端からこのキャッスルヒルの断崖絶壁の柵から大空に飛びこむつもりで大洋にジャンプしてやろうじゃないか。予定は未定、実行あるのみ。約400キロ先のケアンズを目指さん。
途中、ミッションビーチは立ち寄る。どことなく他のビーチとは違った雰囲気。ひと気が異様に少なく、真夏のビーチでありながら、表現しがたい空気、聖なる寂しさを感じずにいられない。とおり過ぎてもおかしくない穴場中の穴場の砂浜。そこに僕は引き寄せられるようにバイクを降り、林を抜け、木陰に面した砂浜に、まるで薄い氷の上に座るかのように静かに深くそっと腰を下した。錯覚なのか教会にもいる気分になり、しばらく静粛に沈黙を保ち、耳に入ってきる音を聞き探ろうとしてみたが何も聞こえてこなかった、潮騒さえも。同じ海に横たわる砂浜はどこも同じようなものだが、それでも同じビーチはふたつとしてないものだ。特にこのミッションビーチは、次回の来訪があるかどうかわからないお気に入りに付け加えることにした。
ケアンズは荷物の保管も兼ねて投宿することにした。ドミトリーなので盗難があるかもしれないが、そこは旅人どおしの信用。その夜、北上の最後の町のパブで、ほろ酔い加減で、ひとり今までの旅を振り返える。で、ふと浮かんだ勝手な空論に、案外、感心してしまった。
『東海岸を北上してきて感じることだが、移民の大陸において人が集まり町が自然と発展するには幾つかの条件を満たさなければならない。まず、土地が肥沃であり農作物が採れること、もしくは山間部ならば鉱物や材木となる木が豊富であること。そして、整備された道路はもちろんそれらを運ぶ為の港や鉄道があることだ。後発の国オーストラリアが成長するに輸出入網の発展が不可欠で、最もな事と言えよう。だが、この街ケアンズは今まで通ってきた町とは、一風違っていた。土地に金のなる木はどこにも生えていないのだ。代わりにあるのは空港とホテル。そう、この街は、観光業により成り立つ町である。街路地には日本語が溢れ、聞くところによると、町にあるホテルのほとんどが少なからず日本からの投資が絡んでいる。豪日の二カ国の観光当局が描いたサクセスストーリーで、ビーチ・ゴルフ場・マリンスポーツをはじめとするアミューズメントとそれに釣られて訪れる人々を収容するホテルだけが成熟しており、一方街自体はまだまだ発展途上の過程にあり、他力本願なで自ら自然発達できない人口都市という感がケアンズにはある。観光リゾートという人口甘味料を失えば、すっと潮が引くように人も引いてしまい、すたれてしまう街なのかもしれない。といっても、日本の地方都市のような枯れ果てたイメージは全くないのだ。』
ああ、わけのわからないことを考えている。ここは世界屈指のマリーンリゾートなんだ。さあ、バカげた空論でひとりごつのは止めにして、代わりにバカげた会話で飲み明かそう。今しがた隣りに座った金髪姉ちゃんに声かけてみる。ナンパじゃない。生きた英語のレッスンだ。数分で見事撃沈したが、レッスン料はビール一杯分だと思うと、目はもう次をあさっていた。こうして俺の英語は、駅前でなくパブで強くなっていった。
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