word43 「折原さん なぜ」②
確か……僕が入学する前の年にリニューアルされたばかりの音楽室。他の学校で見るものよりも綺麗で、しかも豪華。
古めの学校ではあるけれど、ここだけ最近の新設された小学校みたいにえで「これ本当に学校なのか、オシャレすぎるだろ」みたいな雰囲気がある。
明るい色で質の良さそうな木材が壁を覆い、ピアノからも並んだ机からも照明の光が反射されている。外よりもまぶしいくらいだ。
けれど、その真ん中あたりに座っている女性は、周囲の何倍もまぶしくて……目が合えば……すぐに逸らしてしまうほど……。
「あ……」
僕は折原と目が合うと、短く声を出して目を逸らしてしまった。そんなことしようと思っていないのに、開いたドアが正しかったのか確かめるように首を振る。
すぐに後悔した。自分は何をやっているんだと……しかし。
「あ、新しく入部する人?軽音楽部だよね?」
「うん……あ、そうそう」
いきなり今日最大の目標を達成してしまった。
「なんか今週新しい人くるって男子が言ってたから」
「伝わってたんだ。多分それが俺……です」
さらに折原は立ち上がってこちらに近づいてきた。教室にいる時とは違って首にヘッドホンを巻いている。少し違う、たったそれだけで感動するかわいさがあった。
「珍しいね。この時期から入部なんて」
「だよね。急に部活入りたくなったというか……」
「いやでも、軽音楽部ならそんなに珍しくないかも」
どっちだよ――。そう頭には浮かんだけれど、外側へ発することはできない。
この黒く純粋な瞳が、整った前髪が、目立つタイプではないけど天使のような顔が、僕のPCを狂わせる。
「今日ってさ1人?」
「え?うん、そうだけど」
「他の男子誰も来ないの?」
「それはどうだろ。同じクラスの奴は来ないって聞いてるけど他は聞いてない。たぶん来るんじゃないのかな」
「へー、そうなんだ」
折原は音楽室の入り口から顔を出して廊下のほうを覗くと、先ほど座っていた机のところに戻っていった。隣のイスには彼女の物らしいギターケースがある。
再び座ると僕とは別の方向を向いた――。
話してしまった、ついに。しかも一言二言ではなく、結構何回も……。
話してしまった、ついに。しかも一言二言ではなく、結構何回も……。
あまりにも大事なことなので自分の脳内で2回も同じことを言ってしまう。
どもったりもせず、割と目を見て話すこともできた。超緊張したが、その割には……夢にも見たことなのに意外と僕はやればできる子ではないか。恋における春の訪れを感じる。旬の季節だ。
「今日の活動場所は音楽室で合ってるんだよね?」
跳ねた鼓動が治まる前に、さらに僕は畳みかけた。思い付きで、分かりきっていることを聞いてみる。
「うん、普段はこことは反対側にある何もない部屋だけど」
「そうなんだ。俺こういう防音設備があるとこでギター弾くの初めてでさ、音楽室使える日で良かった」
「ギター弾くのは初めてじゃないんだ?」
「初心者ではあるけど、家ではそこそこ弾いてる」
「まあギター背中に背負ってるもんね。これでうちの部でギターは4人目かな?いや、1年の新しく入った子入れたら5人目か」
「やっぱギターが多いんだ」
「そうだね」
それは僕自身も驚くことだった。やってみれば意外と簡単というか、他の人と話すのとは明らかに違うけれど、飛び込んでしまえばどうにかなった。
そして、何よりとてつもない幸せ。今この時が、折原と会話してる1秒1秒が過ぎていくごとに脳内から幸せを感じるホルモンみたいなものがドバドバ排出されている――。
「じゃあ、私は帰ろうかな」
しかし、次に折原から発せられた言葉で僕は我に返る。
「へ?」
「いや実はね、今日女子は私1人なんだ。2年生は皆行かないって聞いてるし、1年の子も今日用事あるって言ってた子たち以外は幽霊部員だしね。だから、今日は男子も来ないなら1人で音楽室占領してやろうと思って来たの」
「あ、じゃあ俺邪魔?」
「いや、ごめん全然そういう意味じゃない。今日は朝から1人の気分だったし、さっさと家に帰るかカラオケかなって思ってたから気にしないで……それじゃ」
暗くなる僕の心など知る由もなく、折原は荷物を持ってさっさと立ち去っていく。
いくら高速で頭を回転させようとも、それを止める手段なんて僕には無くて、さよならの挨拶をすることもできなかった。
ただ、振り返りもせず立ち尽くし、こんな時のシミュレーションまでしておくんだったと後悔する。あらゆる場合の手札を用意しておくんだった。帰る彼女を止めるカードがあれば……。
「え、待って。それってよく見たらジャクソンギターのギターケース?中身もそう?」
「ん?……あ、そうだけど」
「マジで!?ちょっと見せて!」
あったあああああ――。
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