word34 「軽音楽部 部員一覧」③

 外に出ると思ったよりも気温が低くて、学校に行く時よりも軽装だった僕は肩を上げて歩くことになった。さらに辺りはみるみるうちに暗くなっていって、初めての場所に1人で行くのは不安になる……。


 そう思ったのは目的地の楽器屋のアメリカンな看板がもう見えてきてしまった時だった。


 初めて行く店で買ったことがないものを買う。しかもギターなんて高い物を買うのであれば、事前に黒いパソコンにどういうものを買ったらいいか聞いてみるなんてことも考えた。それか、詳しいだろう親友に同伴を頼むとか。


 でも、僕は1人で行って1人で選びたかった。ギター初心者用のサイトにも書いてあったけど、お気に入りなものを自分で選ぶのって大切なことだ。きっと買ってからの練習のモチベや楽しさが変わってくると思う。


「いらっしゃいませー」


 ベルの音と共に入店すると、近くにあったレジのほうから挨拶が届く。見ると、大柄で腹の出た店主らしき男がギターを磨いていた。集中している様子でこちらにはあまり興味を示さない。


 僕は周囲を見回して目的のコーナーを探す。小さな店だったのですぐにその文字は見つかった。「2F ギターフロア」と矢印と共に書かれている。


 店内にほとんど客はいない。木製楽器の木の匂いだろうか。独特な良い匂いがする。


 その匂いの中をすり抜けて階段を上ると、少し圧倒される景色があった。


 見るところ見るところ全ての場所に所せましとギターが並んでいる。まるで美術館のような配置で、ただ並んでいるだけでなく、天井から吊り下げられているものや真ん中に立てれらているもの。ショーケースに入れらているものまであった。


 赤、白、黄色に塗られたり忙しくデコレーションされているギター達。ショーケースの中のものは宝石みたいに輝いている。あとは、キャラクターが描かれたものも……。


「おお……」


 早足で軽く一周した僕は誰もいなかったので思わず声が漏れた。小さな店とはいえ2階はまるまるギター用。とんでもない種類、選択肢がある。


 形も普通のものだけではない。エレキギターはどんな形でも成り立つものだから、丸いものや三角形に近いやつだってある。そして中央で目立っているギターはギザギザで尖りに尖っていて、思わず心の中でうわあ殴ったら人殺せそうやんとツッコんでしまった。


 そんな凶器に近づいてみると、22万円という値札が見えて、僕はより圧倒させられる。


 まあ買えてもこれは買わないかな。奇抜なものではなくていい。


 僕は次に値段とデザインをじっくり見ながらフロアを回った。どんなやつが欲しいとかはここに来るまで考えていなかったので、見て気に入ったものが10万円以下で買えるならそれにしたい。形は普通でかっこいいと感じるもの……。


 ぶっちゃけどれもかっこいい。この前までギターを買おうなんて思いもしなかった僕が見ても感動する。ださく見えるものがない。この中から1つ選ぶって難しい。


 売られている品とは違って静かだった店内のBGM。それはギターじゃなくてピアノの音だった。落ち着くBGMの中で僕はあれでもないこれでもないと悩んだ。


 しかし、ちゃんとはっきり答えは見つかった。これしかないなと思えるものがあった。


 一見したところでは目立つギター達に埋もれてしまっていた……。けど見つけてじっくり向き合うと一際スタイリッシュな……心を鷲掴みにする黒いボディ。


 1度それを見ると、他に目移りはしなかった。ボディの部分は真っ黒で、ネックの部分は木が見えている。ヘッドの部分はまた黒色、なによりその黒色の質感が僕のハートを射抜いた。上品で高級さを感じる黒だ。


「お兄ちゃん何か気に入ったの見つかりました?」


「え」


 その黒いギターに見入っていると、気付かぬうちに僕だけだったはずの2階フロアに人がいた。さっきカウンターにいた太った店主だった。


「じっと見とるもんやから、ええのあったんかなって。持ってみます?」


 店主はやけに優しい笑顔で僕に話しかけてきた。


「どれ?」


「えっと、これです。でも持ってみなくていいです。これ買います」


「へー。これね」


 指を差すときに見た値札には「93,800円」という文字があった。払えるけれど、想定したいものよりはかなり高額。それでも迷いはない。


「はい」


「ジャクソンギターか。お目が高いですね」


「じゃくそん?」


「お兄ちゃんギターは初めてですか?」


「はい」


「初めてならこういうのもおすすめだけど――」


 それから、ギター好きそうな店主の話に10分間くらい付き合わされた。店主は他のを見せてくれたり特徴を楽しそうに語った。


 もう決めてしまっていた僕にとっては迷惑だったけれど、初めてのギター購入に必要な付属品もパパっと集めてくれた。


 僕は何が何やら分からなくて、説明されることに適当に相槌を打っているだけだった。ぱっと見怖そうだったけれど笑うと優しそうだったので全て任せてしまった。ピックだとかチューナーだとかは店主のおすすめに甘えて、初心者ギター入門と書かれた冊子もタダでもらった。


「ちょっと値段はおまけして、合計で10万5000円になります」


 ギター本体とケース、その他諸々込みでお会計はそんな高額なものになった。


「お兄ちゃん。ギターは背負って帰る?」


「はい。そうします――」


 店を出た僕の背中と片腕には大きな荷物があった。外に出るとまたもや寒さで肩が上がって、それと同時に頬も上がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る