word17 「怖い話 本当」②

 午前2時、俺の部屋のチャイムが鳴った。


 その時、俺は眠っていた。突然に高く大きな音が鳴ったので目が覚めたのだけれど、起きてすぐには状況が理解できなくて、俺はしばらく暗闇の中……半目を開いて寝転んでいた。


 高く大きな音は繰り返された。何度も何度も。そして、それがチャイムの音だと理解できたときに枕元のスマホを開いて、時刻を見るとちょうど午前2時だった。


 スマホのライトの眩しさに目を細めながら、回らない頭を無理やり働かせて現在の状況を整理する。


 俺は寝ていた、そして起きた、こんな深夜に、寝たのはいつだったか、たしか、そう時間が経っていない、夜に寝たはずだ、なのにすぐ起きた、チャイムの音で……。


 「チャイムの音が鳴っている」。こんな遅い時間に。


 そこまで思考が辿り着いた時、俺の体から瞬時に汗が噴き出した。


 つまり俺のことを誰かが呼んでいるのだ。常識的に考えてあり得ない時間に。玄関のドアの向こうで。一体誰が。心当たりはない。眠気もたちまち無くなっていった。


 月明かりが差し込む部屋の中で、ぼんやりと見える玄関への廊下を見る。チャイムの音は止むことなく鳴らされていた。連打されている訳ではない。


 1つの音が止んだらまたもう一度。また次の音が鳴りやんだらさらにもう一度。一定のリズムでもなく、ちゃんと誰かの意志でボタンが押されている。


 気付けば俺は息を潜めていて、肩は強張っていた。


 誰がチャイムを鳴らしているのか知りたければ、玄関まで行けばいい。簡単なことだけれど、俺は動けなかった。こんな時間に人の家のチャイムを鳴らすなんてろくでもない奴に決まっている。


 もしくは、機械の故障か。そしてもしくは……。


 その可能性を考えると当然怖い。けど、考えてしまう。部屋が真っ暗だからか。いくらろくでもない奴でもこんな時間に他人の家のチャイムを鳴らすだろうかと。


 深夜という時間に不可解なことが起こったのならそこに行き着いてしまう。これは心霊現象ではないかということに。


 そう考えると、布団の中で待つしか無かった。何もしなくてもこのチャイムが止む時が来るのを信じて、何かがいるのであればどこかに行ってくれることを願って、俺は頭ごと布団の中に隠れた。


 布団の中ではしきりにスマホの上で指を動かしていた。頭の容量を使わずにできるいつもの操作。スマホを手に取ったらまずは行う指が覚えていること。


 俺にとってそれは匿名掲示板の閲覧と書き込みだった。


 いつからか頻繁に連絡を取るような友達がいなくなって、利用するようになった匿名掲示板。精神的な助けを求めて、俺はさっそく匿名掲示板でスレッドを立てた。


「こんな真夜中に俺の家のチャイムがずっと鳴らされている件www」


 おもしろおかしいテンションで、そのままの状況を書き込みつつ心当たりはないという文章を付け加えておいた。こんな珍しい出来事ならどこかの板に書き込むのではなく、自分がスレッドの主になっていいと思った。きっとすぐに誰かが反応してくれると思った。


 そして予想通り、更新ボタンを連打しているとすぐに書き込みが増えた。


 付いた書き込みにありのまま返信していった。最初は質問ばかりだったので、1人暮らしだとか仲の良い友達はいないだとか答えて。音声のみだけど証拠もアップロードして。内心気が気じゃないけど、冷静を装って対応した。


 そうしていると、かなり落ち着いた。いくらかの人が自分と同じようにこの問題と向き合ってくれている。彼らは大丈夫。なら自分も大丈夫。俺は1人じゃないと思えた。


 しかし、その間もずっと、チャイムの音は部屋中に響いていた。


 面白がって「さっさと見に行け」やら「それ4回目までのチャイムで出なかったら殺されるよ」という書き込みを見ていると、自分もこの件を楽しめるテンションになってきた。


 さらにそのタイミングでようやくチャイムの音が止んでくれた。


 かれこれ30分くらい鳴っていたんじゃないかと思う。鬱陶しい音から解放されて、俺の部屋に静けさが返ってくる。


 本当に危機は去ったのか。布団にくるまったまま数分待つも何も起こらない。楽になってしまえば大したことは無くて、俺はもっとこの話題を盛り上げる何かが無いかなんて期待しながら玄関へ出向いた。


 逐一状況を書き込めるように匿名掲示板が表示されたスマホを持ったまま。さすがにここまで長ければただ機械が故障しただけだろうという思いもあった。


 玄関の覗き穴から外を見ると、案の定そこには誰もいなかった。


 明かりを点けてもさすがに覗くときはちょっとドキドキしたが、誰もいなかった。俺はほっと一息吐いて1Kの小さな一部屋に戻る。


 後気になるのはテレビドアホンのモニターに保存されているはずの画像に何も写っていないかだった――。


 「誰もいなかった」と書き込んで、俺はモニターを操作して保存された画像を見ていった。やはりそこにも人影は無くて、いくらか保存された画像たちを送っていってもそこには誰もいない廊下があるだけだった。


 おそらくはなんらかの機械の故障。このままただの機械の故障であるならば嘘をついて誰かが写っていたことにしよう。


 そうやって解決が見えて来た時だった。指先で次々と表示されていく画像の1つに女の姿があった。


 突然表示されたその画像を見た時……俺は息が止まった。

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