第12話 無鉄砲にもほどがある
「ここにおるのか、おらんのか。はっきりしろ! 娘っ」
「脱走はどこだ」
「おるんやろ」
「もっと痛い目に遭わなきゃ、分からないのか」
「いないったら、いない! しつこいわね」
下卑た目つきで、柚は顔を覗き込まれた。いやだ。思いっきり面を背ける。
「強情な娘だ」
「おい、逃がすなよ。聞き出す方法はいくらでもある」
新政府兵の目色が変わった。あからさまに舌なめずりをする者もいる。
「あ、あんたたち、そうやって、いろんな町や村をおさえてきたのかもしれないけど、ここ戸塚宿は、そう簡単には落ちないわよ!」
震える肝に鞭を打ち、柚は声と勇気を振り絞って啖呵を切った。こうなったら、大げさに騒いでやろう。助けが来てくれるのを期待して。
「な、なんじゃと、生意気な」
「ただの娘のくせに」
旗色があやしい。柚は、兵に四方を取り囲まれた。怖い。けれどもう、逃げることもできない。
なんだなんだと、騒ぎを聞きつけた者がだんだん集まってきて、遠巻きに人垣をつくりはじめたが、騒ぎを止めようとする気概ある者はいなかった。誰だって、新政府の輩を敵に回すのは恐ろしい。相手は、勝利を収めた官軍。多少暴れたって、許される。多少ならば。
「どうした、柚」
人波を掻き分けて前に進み出たのは、鉄之助だった。今、もっとも出てきてほしくない人なのに。
「て……」
鉄之助。ちょっとあなた、どうして逃げないの。騒動を聞けば、己の身が危険だって分かるじゃない。あなたのために恐怖と戦っていた自分は、なに? ただの徒労?
思わず声がこぼれそうになったが、唇を引き結んでどうにかこらえた。兵は、鉄之助の名前を知っているかもしれないから、名を口にしてはならない。絶対に。
「なんじゃ、坊や」
「旅籠で働いている者だ。ここに、脱走兵などはいない。柚を解放し、お引き取り願おうか。脱走を見つけたら、知らせよう」
鉄之助は、普段父が剣術の稽古に使っている、例の木刀を腰に下げていた。帳場の壁にかけてあったものだ。いざというときは、やるつもりらしいが、袖から覗く腕の細さを見ると、とても期待できない。
「額に傷を持つ、脱走を探しておる。箱館から逃げた少年だ。歳は十六。そうだな、お前と同じぐらいだろうな」
「いない。いないと言ったら、いない」
面と向かって自分の特徴を述べられても、鉄之助は動じなかった。むしろ、胸を張って堂々としている。見ている柚のほうが、はらはらとした。やはり、兵は鉄之助を探しているらしい。
「ほう、いないと言い切るか。五稜郭で降伏した箱館軍の幹部どもに聞いても、新選組副長・土方歳三(としぞう)の行方だけが掴めん。新選組は、京でわしらの同胞を殺しまくった。やつだけは放っておけん。土方とほぼ同時に、市村(いちむら)とかいう側近の小姓も姿を消しておる。土方を探すために、その小姓も追っておる。んん、お前……傷が」
鉄之助が柚をかばう形で、兵の前に出た。思い切り兵を睨みつけている。静かにたたえられた鉄之助の闘志に、のまれる格好になり、大柄な兵のほうがたじろいだ。
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