第86話 霧我無と魔死蔵の激突

 伏魔殿の屋根の上にある瓦敷の六角形のリング。番犬たちとモモはそこで死闘を繰り広げるが、モモが霧の技を使い始めるとワンサイドゲームになりだした。


 モモは、リングの上に横たわる番犬たちへ、霧のナイフを乱射する。御亀は結界を張り甲羅の中に避難するが、それでも傷が増えていく。ニャン吉、もっさん、イーコ、モラッシーなどは全身傷だらけになっていく。一撃当たるごとに血が飛び散る。


 モモはあまりにも強く、番犬軍の想定より遥かに強かった。手も足も出ない。

(こちらも出し惜しみしている場合じゃにゃい)

 全身から生命力を大開放したニャン吉。周囲が白く輝き、その光が霧のナイフを押し返す。

 モモも驚き目を見開いて「なに! バリウムてめえ!」と声を荒げる。

 膨大なエネルギーを発しながら立ち上がるニャン吉。白いエネルギーの圧力で砕けた瓦が転がっていく。


 ニャン吉から吹き出るエネルギーの威圧感に圧倒されたモモは、力を込めて鼻からも霧を噴出する。


 機関銃のように飛んでくる霧のナイフがやんだ。

「ニャン吉、やるのか」と言うと、もっさんが毒にも薬にもならない役立たずな柴スマイルを浮かべた。


 リングの中は、白い獅子のニャン吉のエネルギーと、黒い獅子のモモの霧が満ちていく。両者のエネルギーがぶつかり、激しく火花を散らす。嵐のように風が吹き荒れ、屋根の黒い瓦が外れてリングの外へ飛んでいく。瓦は、時々鳥に当たって砕ける。鳥は横目でこちらを見て「刺激のある生活をありがとう」と無表情で感謝を述べてきた。もしかしたら、皮肉かも知れないが。


 2人の獅子が放つエネルギーが伏魔殿のリングを揺るがす。

「互いに万象技でケリをつけようってか! バリウム!」

「そうしようにゃ!」


 必殺の一撃を入れるため、互いに獲物を狙う姿勢になる。

魔死蔵まっしぐらだにゃ!」

霧我無きりがないの応用技、霧雨きりさめを見せてやる!」

 ニャン吉は地面を思い切り蹴り、モモへめがけて突進した。モモも真っ直ぐに突撃してくるニャン吉へ、全力で口から霧を噴射した。豪雨の如く降り注ぐ霧を、力で押し返すニャン吉。ジリジリと押していき、後僅かでモモに届く。気付けば辺りは霧に包まれていた。


 後少しの所で踏ん張るニャン吉であったが、近付けば近付くほど霧雨きりさめの圧力が強くなる。

「もう少しにゃのに……にゃ!」

「踏ん張れニャン吉」

 後からもっさんがニャン吉を支えている。もっさんは、風圧で口がめくれ、まぶたも後ろへ引きずられる。しまっていたはずの舌もベロロロンと飛び出して暴風で後ろへなびく。その柴スマイルは、『ギャングが他のファミリーとの抗争に敗れた時。その原因になった裏切り者を磔にし、底を割ったビール瓶片手に下から見上げている男のような薄気味悪い微笑み』だとニャン吉は思った。


「がんばんなさい!」

 もっさんの隣からはイーコがニャン吉の体を支えた。イーコは風圧で潰れた顔で薄目を開ける。鼻の穴も膨らみ口が半開きになる。その酔いどれの如き顔は、『幾人もの弟子を鍛えるカンフーの師範を我流の酔拳で半殺しにし、看板を燃やす悪の拳法家のようであった。より正確には、師の仇討ちに参った弟子を再起不能に叩き落とし、顔を踏みつけ酒をひょうたんで口飲みするような顔』だとニャン吉は感じた。


「負けるな!」

 もっさんとイーコを後からさらに御亀が甲羅で支える。歯を食いしばり目をギラつかせる御亀。その恐ろしい形相は、『監獄の中でナイフのように研いだ磨製石器を常に内ポケットへしまう変質者。その変質者が自らを害そうとしてきた相手を壁に押し付けて、磨製石器を相手の首元に付けて脅すような踏ん張り方』に見えるとニャン吉ともっさんとイーコは心で思った。


「ホーッ!」

 モモを背後から瓦を投げ付けてニャン吉の援護をするモラッシー。そのフクロウの引きつった顔は、『太平の世で殿にへつらい、その寝首をかかんと常に窺っていた忍者だ。殿が芸者遊びにふける油断した時に暗殺するため、天井裏から垂らした遅効性の猛毒を酒に混ぜることに成功した時の顔』とモモは1人思った。


「負けるかにゃ」

 霧の暴風に堂々と立ち向かうニャン吉の顔は、風圧で潰れて目が細く釣り上がり、口の端が奇妙なほど上がって、牙をむき出しにして笑っているように見えた。彼の顔を見る者は、『悪代官が悪事を思い付いた時の笑顔』だと思うだろう。それを、邪王猫というのだから。


「クソ! バリウムめ!」

 モモの必死の形相は、『スラム街の掃除屋が貧民相手に賄賂を要求する悪徳警官を殺害し、警察本部の建物のすぐ横に遺体を埋める狂気の顔』のように見えてモラッシーは身震いした。


 皆を苦しめる動乱を鎮めるために立ち上がった番犬たちが、かつてのライバル同士でスクラムを組んで立ち向かう。対するは、魔王の非道を知り、魔族の撲滅を目指し悪の道に進んだ番犬の影。そんな感動のシーンを、彼らの表情がぶち壊している。


 番犬たちに支えられて、モモへ魔死蔵まっしぐらが届く位置まで来た。霧で霞む視界の中、ニャン吉は乾坤一擲、魔死蔵まっしぐらを放つ。

「くらえ!」

 瓦屋根をしっかりと踏みしめ、脚にためた力をバネのように開放した。全身真っ白な光に包まれて、霧を引裂き突撃した。

魔死蔵まっしぐらじゃ!」

「うおおお!」

 ロケットのように飛ぶニャン吉は霧を押し切り、霧の中にモモの姿を捉えた。そして、ためた生命力を開放した体当たりをモモへ放った。ニャン吉の頭はモモの首元へ直撃した。

「これは……おかしいにゃ」

 確かにモモへ当たったと思ったのに、全く手応えがない。その勢いのまま前に突っ込んでいき、何とか着地した。


 リングに立ち込める霧を夜の寒風が散らしていく。やがて、視界がハッキリしてくると、どこにもモモの姿が見当たらない。

「これは一体にゃんだ……」

 その時、リングの周囲にある尖塔の1つから「ハッハッハッ」という高笑いが聞こえた。そちらを見ると、モモが頂点に立っている。

「これが俺の奥義、霧隠れだ!」

 番犬たちは愕然とした。霧の暴風の中、傷だらけになりながらもなんとか捨て身の作戦を決行したというのに、モモは無傷なのだから。ニャン吉は魔死蔵まっしぐらを使って力の大半を使ってしまったらしく、著しく生命力が低下している。


 モモは尖塔から飛び降りると「俺の奥義は俺そっくりの幻を霧で作る万象技だ」と番犬たちの絶望感を煽るように説明した。


 番犬たちは、もはや立ち上がる力も残ってはいない。万事休す。


 ――番犬レース中に互いに争っていた者同士が手を組んで捨て身の作戦を決行した。それでも、モモは倒せない。


『次回11月1日(水)午後6時頃「敗北」更新』

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