第50話 まさかそんな

 毒溜広場にて呑気に弁当を食べる不埒に奇襲を仕掛けるニャン吉たち。不埒は、ミケや柿砲台を呼ぼうとするがタレに阻まれる。さらに、タレは鳳凰へとなり、不埒をコンクリートの道路に鉤爪で押さえつける。


「カッ! 貴様よくも俺様の頭を踏みつけたな」

 身動ぎもせず不埒は低い声でタレを脅す。

「クエッ、お前にはお似合いの姿だ」

 タレは嘲るように言った。


 不埒は徐々に神力を高めていく。次第にタレの力では抑えきれなくなり脚を退けて後ろへ飛び退いた。


 立ち上がると翼を広げた不埒。その体から白い炎が噴き出し、目を釣り上げタレをにらんだ。


「お前らも太陽核コアをくらうがいい」

「クエッ! そうはいくか!」

 2人が翼を広げると武蔵がタレに駆け寄りその背に乗った。武蔵は、殺烏丸こがらすまるを前に構える。少しタレの頭に刀が当たり血が出た。

「クエッ! 痛い」

「ん……すまん」

 2人は飛び上がった。


 それを見るとニャン吉が突然あるビルへと一目散に駆け出す。そのビルの1階は、板の床の上に幾つもの樽が置かれていて、看板には『酒屋・無礼講な飲酒運転』と書かれていた。

 そこに置かれた1つの樽で爪を研ぎ始めた。


「師匠! タレ! こっちを見るんだにゃ! 爪の研ぎがいがあるってもんだにゃ!」

 武蔵とタレはそちらを振り返ると、大きく鼻で笑った。天馬は、「この馬鹿猫!」と大きな声で叱りながらニャン吉の方へ走って行く。


「カッ……まさか、いや。骨しゃぶの小便タレでも番犬になれたんだ。こんなものか」

 不埒はニャン吉の愚行に呆れ返った。


 空高く舞い上がる不埒とタレ。タレの背には殺烏丸を片手に持つ武蔵。その姿は、馬に乗る武将のようである。


 不埒は右の翼を前に突き出すと、にたりと笑った。

「クエッ! とうとう頭がおかしくなったか?」

「カッ、これに限る」

 タレへと突き出した右の翼に神力が集まるが、今までの万象よりも遥かに弱々しい。

(まだ力がたまるまでかかるな、よし)と判断したタレが不埒へ蹴りを入れようとする。


「カカカ、太陽風たいようふう

 不埒は翼で扇ぐと小さな無数の光の球が放たれた。光の球は弾丸の如く勢いよく飛び出し、タレは被弾する。

「クエッー!」

「なっ……タレ!」

 予想外の攻撃。タレも武蔵もまさか無数の弾丸を飛ばしてくるとは思わなかった。

「カカカ! かかったな!」

 太陽風たいようふうで片翼を傷付けられ頭から墜落するタレ。さらに不埒は羽音も立てず急降下し追撃する。


「タレ! しっかりしろ!」

 武蔵はタレの背にしがみつき、タレに声をかける。だが、タレの返事は弱々しく、その顔は苦痛に歪んでいた。


 先程タレにやられたように、不埒がタレの頭を踏みつけようとするが。

「そうはいかん!」

 タレを庇って武蔵は必死に応戦した。タレの背へと垂直に掴まり、武蔵は何とか振り落とされずに左手でタレの羽毛を持ち、右手で殺烏丸こがらすまるを振るう。しかし、不埒は戯けながら武蔵の刀を避ける。

「カカカ、当たりませーん」

 何度も不埒は鉤爪でタレを掴もうとする。武蔵には眼中にないといった様子である。


 武蔵とタレは同じことを思った。それは、不埒はタレを狙っていることだ。タレに踏みつけられ歪んだプライドも踏みつけられた恨みからか。鳳凰の存在への恐れからか。チャンスがあれば消しておきたいこと。そう不埒は思っているだろうと。


 あと僅かで大地に激突するというところでタレが「クエッ、武蔵……邪王猫」と何やら武蔵へ伝えた。

「分かった」と言うと武蔵は、タレの背に両足を押し付けて、思い切り飛ばした。


「カッ?」

 不審に思った不埒。

(何で鳳凰を……、それより鳳凰だけは消しておかねば)

 そう考えた不埒はタレを追いかけ急旋回する。


「させるか!」

 途中、天馬が飛び上がり不埒を妨害するが、不埒はまたもや急旋回。天馬を避けると再びタレを追いかける。


 タレは先程ニャン吉が爪を研いだ樽の所まで飛ばされ、飛んできたところをニャン吉が受け止めた。


 不埒は勢いを緩めることなくタレを猛追する。ニャン吉はタレを爪を研いだ樽の前に寝かせた。そして、ニャン吉は不埒へと飛びかかったのだが、あっさり避けられた広場の中央へ飛んでゆく。


 樽の前に横たわるタレと、その前に着地する不埒。不埒は先程顔を踏みつけられた屈辱を晴らすため、タレの傷口を踏んだ。

「クエッ!」

「カカカ、痛いか? この俺を侮辱した罪だ」

 タレはその時、不埒の3本脚の内、傷口を踏む脚を除いた2本を鉤爪で掴んだ。


「何だ? 馬鹿カッ?」

「クエッ、来い! ニャン犬!」

 ニャン吉は再び不埒へと飛びつこうと駆けてくる。不埒もニャン吉の方を見た。

「カッ、雑魚め」

 不埒は樽に背を向けニャン吉の方を見た。

 ニャン吉は不埒が樽に背を向けるのを確認すると「今だにゃ! 『烏何故鳴くのだにゃ!』」と大声で叫んだ。


 不埒の背後の樽から突如漆黒の刀が飛び出し、不埒の体を背中から胸まで貫いた。

「グァー!」

「こちらが本物の殺烏丸こがらすまるさ」

 樽から出てきたのは、土手鍋小次郎であった。不埒は振り返ると、「グァー、よくも……だが、この程度なら」と飽くまで強気。

 そこへ、ニャン吉が不埒へと飛びついた。

「もう、猫ってやつは」と天馬はニヤリと笑った。


「カッ、お前如き、この手負いの不埒でも何とか」

「縮地、『瓜売りが瓜売りに来て瓜売残しうり売り帰る瓜売りの声・邪王猫』へだにゃ」

 ニャン吉は不埒のみを連れ、どこかへ縮地した。


「カッ、ここはどこだ……」

 不埒が周りを見た。そこは、薄暗い洞窟のような所だ。壁には武器が所狭しと並べられていた。

「カッ! どこだここは!」

「地獄だにゃんよ」

 声のする方を振り返る不埒。そこには、ニャン吉がいた。ニャン吉は馬鹿みたいにパントマイムをしていた。


「殺すカッ!」

 不埒は血を流しながらも平気な顔でニャン吉の方へと歩く。ニャン吉は、自分の近くまで不埒が来るとなにやら空中へ猫パンチをした。

「死ね! クソ猫!」

「そっちがにゃ! 縮地・毒地獄の登り門」

 ニャン吉は霞がかって消えていく。と同時に、何もない所からおびただしい光が。

「カッ、何を――」

 その光が轟音響かせ、不埒へと迫る。そして、不埒に直撃すると、恐ろしい爆音と共に洞窟ごと不埒を吹き飛ばしてゆく。

「カッ! これは……まさかそんな……」


 その爆音に、毒地獄中の者が猛毒山脈を見た。そこから、目も眩むような光が飛び出す。そこは、鬼市の武器庫だった所。そこから真っ白な超強力なエネルギー砲が放たれた。


 大函谷関からそれを眺めるニャン吉と鬼市害。

「ニャン吉、あれが鬼市が作った閻魔打倒の兵器か」

「そうだにゃん、鬼市の兵器、魔神砲だにゃ」

 鬼市害とニャン吉は、しみじみと魔神砲から放たれた砲撃を眺めていた。


 ――不埒の繰り出したまさかの太陽風たいようふうとニャン吉の恐ろしいまさかな罠。そのまさかが勝ったのはニャン吉であった。


『次回6月7日(水)正午「集まれポイズンシティ」更新』

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