第44話 焼け跡

 ニャン吉が帰還すると閻魔の宮殿が燃えていた。黒煙が空を覆う。三途の川から宮殿までは100メートルほどしかない。


「にゃ……どうして」

「不埒の野郎の仕業だぜ」

 ニャン吉が気付いた時には隣に骨男がいた。骨男の後ろには歪んドールがあくびをしながら火事を悠々と見物。


「骨男! 何があったにゃ!」

「おう、それが……おいらにもよく分かんねえんだよ。天馬が火喰鳥以外は近寄るなとかでよ」


 骨男は火災に見舞われる宮殿を指差すと、空からタレが消火活動をしていた。燃える宮殿へと口から必死に空気を吐いている。


 ニャン吉の側に武蔵が来て説明した。

「あれは、消火息しょうかいきという火喰鳥の伝統といえる万象らしい」

「師匠」

「燃え広がった炎を消すのはさほど難しくない。だが、不埒の放った太陽の万象が未だ燻っているから我々は手を出すなと天馬殿がな」


 懸命に消火活動に励むタレ。ニャン吉がよく見ると背中には天馬が乗っていた。


「クエッ! もうきつい!」

「大丈夫、まだまだやれる!」

 天馬はタレを励ましながら、宮殿に飛び降りる機会を伺っている。時折不埒の放った太陽の万象から吹き上げてくる炎を天馬が方天画戟で叩き落とす。


 タレの消火息しょうかいきは不完全であった。タレの五行の属性は火性。万象技を覚え再現する型の要素と、万象技を即興で出すの要素を火性は非常に苦手とする。


「む! タレ、あそこに私を降ろしてくれ」

「クエッ!」

 天馬は3階と2階をつなぐ踊り場を指差すと、そこへ舞い降りるタレ。壁が崩れ露出した階段の踊り場へとタレが寄ると、天馬が颯爽とそこへ飛び降りた。白い床や壁も真っ黒に焦げていた。

「タレ、閻魔様らの救助は私が向おう。お前は火が延焼しないように自ら判断し消火息しょうかいきを吐いてくれ」

「クエッ! ま……任せろ!」

 天馬は閻魔の宮殿の足場へと降り立つと、慎重に階段を下りていく。


 またしても、例のきつい万象を使えと指示され一瞬嫌そうな顔をみせたタレ。だが、そうもいっていられない。タレは消火息しょうかいきを吐き続けた。


 階段を下りていく天馬は、千里眼で閻魔たちのいる会議室を探す。だが、微かにしか気配を辿れない。

「まさか……死」

 天馬はそこまで言うと口を噤んだ。


 閻魔らの気配が微かなのに対して、不埒の放った万象、太陽核コアの発するエネルギーは未だにはっきりと確認できた。


 2階まで駆け下りた天馬は、恐ろしい熱気に身震いがした。肌を焼くような熱気。目を開ければ涙が出てくる。息をすれば肺まで焦げそうな感じ。不埒の万象が近くにある。


「まだ、燃え尽きておらんとは……」

 さすがの天馬も恐怖に駆られた。だが、意を決し、閻魔の会議室まで駆けていく。


「閻魔様! 門番の方々! 今参ります」

 燃える廊下を駆け抜ける。


 会議室の鉄のドアを蹴破ると、中からとてつもない熱風が漏れ出す。さらに、空気の流入によりフラッシュオーバーが起こる。


 天馬は部屋に急拡大した炎を物ともせず、部屋の中に入った。窓があった所は瓦礫で塞がっていた。壁は崩れて鉄筋の剥き出しになっている。窓付近では、不埒の残した太陽の万象が今まさに消えようとしていた。その残り火が壁を妖しく真赤に照らす。


 床には幾つもの黒焦げになった鬼の姿があった。天馬は細心の注意を払いながら、1人1人に近寄り声をかけていく。


 幸い、皆息をしていた。しかし、重体であることには変わりない。天馬は太陽の残りカスを方天画戟で薙ぎ払うと、太陽核コアは消えた。そして、窓を塞ぐ瓦礫を蹴り飛ばし、外へ吹き飛ばした。そこに直径2メートル位の大きな穴を作った。


「おーい! ここだ! 誰か来てくれ!」

 天馬は空けた穴から人を呼んだ。救護班と鳥たちが閻魔と門番を救助に駆け付ける。


 閻魔たちは、タンカに乗せられて外へと運び出された。


 ニャン吉たちはそれを見ると、閻魔たちの運ばれて行く先へとついて行った。


 三途の川に面する通りには、巨大な病院もあった。かなり高い鉄筋の建物で、ニャン吉も階数を数えるのを途中でやめるほどだ。


 病院は玄関口に不気味な看板を立ててあった。黒地に赤く乱暴に文字を書いてある。その字は……。

「薮医者パラダイスかにゃ……」

 ニャン吉は思わず顔を手で覆った。薮医者は名医と頭で分かっていても心が追いつかない。


 ニャン吉たちは、集中治療室の前で待った。集中治療室では、閻魔らや門番らが生命維持装置をつけて昏睡していた。


 中から医者が出てきた。白衣の背に金糸で龍の刺繍をしているヤンキーな医者である。金髪リーゼントの医者はニャン吉たちを見つけると、その場にヤンキー座りをして鋭く睨んできた。

「オラッ! 俺はやぶ頃素ころすだ! ちゃんと治療したんで夜露死苦!」

 眉間にシワを寄せ下から覗き込むように見てくるその医者。小さいニャン吉を見上げることに大変苦労する。よく見ると、目がつぶらでキラキラして可愛らしい。


 ニャン吉たちは顔を見合わせ言葉にならない。武蔵だけがこのヤンキー医者の死神のことを知っている。


「先生、閻魔様や門番たちの容態は?」

 武蔵の顔を見上げメンチきった頃素は、舌打ちすると「無事なわけゃねーだろが!」と何故かマジギレ。


 途方に暮れるニャン吉たち。すると医者はとんでもないことを言い出した。

「一発ブチコメば目ぇ覚ますかもよう!」

「にゃ……にゃあ?」

「集中治療室に入って、閻魔の頬をぶっ叩けば気合で目ぇ覚ますかもってんだよ!」

「にゃんてこと!」


 医者は集中治療室の戸を開け「見舞いしな!」と手招きする。しかし、誰も入らない。

「コラッ! 逆療法っつー言葉もあんじゃねえかよ。それを一発お見舞いしろ」

「そのお見舞いはまずいにゃ」


「白猫、てめえビビってんじゃねーよ!」

「そこはビビらにゃいと!」


「男の俺にメス握らせるってのか? どっちかいとオスだぜ俺は!」

「オカマも悪くにゃいぞ!」


「てめえ、半端なこと言ってんじゃねーぞ!」

「あんたは決断しすぎだにゃ!」


「患者だからって舐めてんじゃねーよ!」

「お前のその発想はどこから出るんだにゃ」


 結局、閻魔たちは意識が戻ることなかった。いよいよ、鬼反たちとの決戦は開かれる。


 ――閻魔を救助したニャン吉であったが……。


『次回4月26日(水)正午「決戦の舞台」更新』

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