番外編 一万年前物語 六之巻〜避けられない衝突〜

 梁山泊へと一時避難した鬼反であったが、翌朝には忽然と姿を消していた。切株の椅子とその周りに烏の糞がベチャベチャに落ちていた。

「不埒め!」

 真っ白になった椅子をシロクマのホットが渋々掃除しだした。


 鬼反たちはその頃、閻魔打倒のため閻魔の間を目指す。魔界の登り門前にできた関所を安々と破る鬼反たち。それもそのはず、昨日の乱闘で掃除大臣・魔界暗闇クラウンは顎を砕かれたのみでなく、首の骨もバギバギに折れていたからだ。


 用心棒の源源源みみなもと悪業太あくごうたは舌の治療と、ホットに砕かれた脚の骨の治療でまともに歩けなかった。


 残された平平平まったいらいかりは「烏殺す、烏殺す、烏殺す」と何度も繰り返し息巻いていた。上げた刀を下ろす所もなく取り敢えずモグラに八つ当たりした。


 碇の刀をモグラは万象で軽く避ける。碇は「なんのために自分はここにいるのか」と思い詰めるほど鮮やかに避けたモグラ。


 万象には5つの属性・五行があるが、モグラは力最強の土性、碇は水性で力は平均的。モグラは予め用意しておいた万象『穴掘り職人あなほりしょくにん』の力を強化し避けたのだ。それでも、モグラを斬れなかったことを根に持つタイプの碇。


 3人は、伏魔殿や梁山泊から遥か西の果てにある万里の魔城ばんりのまじょうであるいは治療し、あるいは待機させられていた。


 ――一方、風地獄、水地獄の門番をそれぞれ殺害し進撃する鬼反たち。しょせん、鬼反らにとって敵ではない。刃向かう者は皆殺しにし、血の道が刻まれる。


 順調に進む鬼反たちであったが、ここにきて大誤算が……。


 大地地獄の下り門の扉を開けると、そこから勢いよくマグマが門の内側へ踊り込んできた。とっさに門を閉じる鬼反。

「何だってんだ! どうしてマグマが……」


 思いも寄らない障害に動揺する鬼反たち。ただ不埒だけは冷静であった。

「カッ! マグマ如きで」


 策幽は渋い顔をして鬼反を見た。

「大地地獄の火山が噴火するとは思いもよらなかった……とはいえません」

「……なら、あれも」

 鬼反と策幽は共に同じことに思い当たる。深刻な顔をして黙りこくった鬼反と策幽。


「おいおい、あれってなんだ? 猫ちゃんのモフモフカフェか? おい」

 少し苛立ったケロケロ外道が早く言うよう急かす。


「いいや、違う。毒地獄と大地地獄にはある言い伝えがあってな……、ちょっと策幽頼む」

「やれやれ、私ですか。では、小唄に合わせて少々ご説明を」

「やっぱり俺が言う」

 鬼反が言うのには、毒地獄と大地地獄は閻魔の間が近いということもあってある防衛策をとってあるのだ。


 大地地獄には、反乱や悪い予兆として火山が噴火しマグマに満たされる天然の防御壁伝説。マグマが予言の役割を果たし、なおかつ、毒地獄への登り門をマグマの底に沈めて道を断つというものらしい。


 毒地獄にはそれをも上回る鉄壁の要塞の伝説があった。それは、難攻不落の要塞と聞く。 

大函谷関だいかんこくかん」と策幽は囁くように言った。


「ああ、閻魔の間の登竜門とつながる毒地獄の登り門は最重要防衛地点とも言うべき所だ。……大地地獄の火山伝説よりも遥かに信憑性がある」


 鬼反は閻魔の側近の1人であり、極秘ファイルなども観放題だった。その中でも閻魔以外閲覧禁止の禁書と呼ばれる本を酒のお供に読んでいたのだ。

「その禁書に拠れば、遥か昔に魔王軍が侵略してきた時。毒地獄の登り門に難攻不落の大要塞を築いたと書いてあった。その名は策幽も知っての通り、大函谷関だいかんこくかんと呼ばれるものだ」


 策幽を除く4人は初耳である。

「ケロ、そんなん見たことないぜ! 鬼反、迷信じゃねえか?」

「おいおい、あの世の者が迷信とか言っても説得力ないぜ。猫が聞いたら『地獄は嫌だにゃん』とかほざくぞ」

「ケーロケロ! 『地獄は嫌だにゃん』とか、そんな間抜けなことぬかす猫はいないだろ」


 皆、爆笑するが一万年後に鬼反の子孫・鬼市が担当する中村ニャン吉という番犬候補の白猫が実際に言うのである。それも、我知る者おらじ、と先輩風吹かす骨しゃぶの前で。


 大函谷関の話しを聞き策幽が渋い顔をして聞いていた。

「策幽、お前知っていたんじゃないか?」

「鬼反殿……ならば十羅刹じゅうらせつもご存知なのでは?」

 鬼反の顔が曇った。


「やはり、引き返しましょう。十羅刹や閻魔軍立て籠もる大函谷関勢相手に勝てる保証などないでしょうし」

「何か秘策でもあるのか?」

 策幽はにたりと笑った。


 鬼反たちは、引き返すことにした。


 ――その頃魔界では、登り門の前にて天馬たちと骨しゃぶ、火技子が佇んでいた。天馬は三国時代の関羽が身に着けていたような緑色の直裾袍ちょくきょほうに身を包んでいた。

「どうするんだ? 天馬」

 心細げに骨しゃぶは尋ねるが、返事はない。


 魔界の登り門が開いた。そこから、鬼反たちが出てきた。


「鬼反!」

 天馬たちが一斉に駆け寄る。鬼反たちは冷ややかにそれを見守る。


 天馬が鬼反に尋ねる。

「三界を支配下におくなどと馬鹿げた計画はやめたのだな。良かった」

「……梁山泊に用がある」

 鬼反の声の調子から何かよからぬことを企んでいることを察した天馬。


「梁山泊へ行ってどうする?」

「なに……お前らと一緒に立て籠もるつもり――」

「ならん!」

 天馬は言下に答えた。そして、鬼反の奥に隠れるように立っていた策幽の方へ視線を向けると「魔物を操るつもりか?」と問いかける。


 図星、策幽の策は天馬に見抜かれていた。笑って誤魔化そうとするが、策幽の表情はひきつっている。さすがに策幽も天馬相手に軽々しく一線交えるわけにもいかない。


「まあ、あれだ。馬鹿なことはやめて我らと共に現政権の打倒のみ成し遂げようじゃないか」

 天馬の言葉で迷いを生じる鬼反。策幽やケロケロ外道も作戦の実行を先延ばしにすべきかと悩む。


 突如草を掻き分けモモが天馬の前に飛び出した。モモは草を爪で薙ぎ払いながら跳躍し、その鋭い爪で天馬を引き裂こうとした。爪の軌跡は三日月を思わせた。


 天馬は下から刀で斬りつけてくるようなモモの爪を方天画戟で受け止めた。天馬は軸足の膝を少し曲げ地面にしっかりとつけると、反対の脚でモモを蹴り飛ばした。


 天馬の蹴りを両前脚を交差させ受け止めると、その衝撃でバク宙するようにクルクル回転し草原へ着地する。勢い余って後ずさるので地面に爪を立て踏ん張るモモ。


「くそ!」

「モモ! 貴様師匠を手にかけるつもりか!」


 決断しかねている鬼反たちに、モモは「かかれ!」と檄を飛ばす。モモには焦りがあった。鬼反や策幽らと違って番犬候補には期限があり猶予がないからだ。


 天馬の問いかけに戸惑いまごついていた鬼反と策幽であったが、鬼反らは一斉に天馬たちに襲いかかる。


 モモが天馬を再び爪で引き裂こうとすると、その間に骨しゃぶが割って入った。

「どけ! ションベン犬!」

「どど、どけっていっても、ももも、モモがもももも」

 もちろん骨しゃぶは気が動転していた。それでも、ションベンと糞を垂れ流しながら勇敢に立ち向かった。


 だが、モモはそれ以上に動揺していた。番犬レースの期限と閻魔軍の圧迫に加え、まさかあの弱虫骨しゃぶが自分に楯突くなんて。

「飼い犬に手を噛まれるとはこのことだな」

「かかか、飼っても飼っても」

 垂れ流すションと糞が無くなると、よだれと涙を絞り出す骨しゃぶ。行動は勇敢だが、その目は焦点があっていない。次第に朱に染まる骨しゃぶ。だが、その捨て身の攻撃はモモにも少なからず打撃を与えた。


 天馬は鬼反と取っ組み合いになった。鬼反が天馬の左肩を右手で掴むと万象・魔法の爆弾を0距離で放った。バン! という破裂音とともに白い閃光が走る。


 鬼反は爆発の反動で後ろへ飛び退き距離を取る。天馬の左肩の服は焼け焦げていたが、無傷であった。それを見せつけるように軽く肩を手で払う天馬。


「その程度か? 鬼反」

「まずはごあいさつの魔法だ」


 ホットは柿砲台に襲いかかる。柿砲台はマネキン人形を出し、腕の大砲で応戦する。


 ムサイ・ロクロ首は策幽へ首ごと絡みつこうとするが、策幽は何度も避けては後ろへ飛んだ。それを骨しゃぶの付き人・火技子がサポートする。


 無数の毛ガニたちはケロケロ外道へ突進する。その隊長である可児鍋ツミレは「お嬢の恩を仇で返すとは」と怒り心頭でハサミを向ける。ケロケロ外道も蛙飛びでハサミをかわす。


 戦う相手のいない不埒は、悠然とその戦闘を眺めていた。だが、退屈になってきた不埒は、誰を蹴り殺そうか品定めを始めた。

「カカカ、お前に決めた!」

 不埒は大地を蹴り飛び上がると、地面スレスレの低空飛行でホットの方へ向かって行った。


 シロクマのホットへ後少しというところ、突如空から火炎が降ってきた。火炎によって不埒は地面に叩きつけられた。火炎の正体は、オレンジ色の体毛をした火喰鳥であった。その火喰鳥に鉤爪で頭を地面に叩きつけられたと知った不埒はため息を1つ吐いた。


 不埒は地面にめり込んだ顔を上げると、パラパラと土が大地に落ちた。不埒は平然と火喰鳥の方を見上げる。

「クエッ! 我が名は焼鳥手羽てば。八咫烏なら相手にとって不足なし!」

「カカカ、火喰鳥如きがこの俺様を倒すだと? 笑止千万!」

 勢いよく空へ飛び上がった不埒は手羽の前まで飛んでゆく。手羽は不埒より一回り大きかった。


「殺すカッ」

 不埒は手羽に蹴りを入れてやろうと急接近したが、巧みに急旋回する手羽に脚が届かない。手羽は口から火の玉を吹くが、不埒も悠々と避けた。


(こいつ……手強い)

 そう思った不埒は太陽の力を開放した。白い炎が不埒の周囲に漂う。

「さて、これで終わりだ」

 不埒の周囲を漂う炎が赤く変化する。そして、炎の雲となった。


「クエッ! 来るなら来い!」

「カカカ、強がりはよせ! もっと叫べ! 慌てろ! そして、悲嘆に暮れろ!」

 不埒の炎の雲は急拡大した。

「喰らえ! 紅炎プロミネンス

 紅炎プロミネンスは急膨張し、空を真赤に染める。恐るべき太陽の万象。それを見た策幽は笑顔で「お前たちはもう終わりだ」と叫んだ。


 広がる紅炎プロミネンスが空を覆う。やがて、手羽の前まで紅炎プロミネンスが迫る。だが、手羽は余裕の表情。大きく息を吸うと息を止めた。

消火息しょうかいき」と肺にためた空気を爆発的に吐きながら叫ぶ手羽。消火息しょうかいきが不埒の紅炎プロミネンスを速やかに包むと、たちどころに炎を消した。


「カッ……な……」

「クエッ、火喰鳥は火を食う。火を消すことなど容易い。万象・消火息しょうかいきだ」

 それには、見上げる策幽も度肝を抜かれた。口を開けて馬鹿みたいな顔になった策幽は、ムサイの首に絡め取られその辺に余っていた毛ガニに取り押さえられた。

「クソ!」


 それを見た不埒は動揺し「策幽様!」と悲鳴を上げる。不埒が一瞬そちらへ気を取られた隙を逃さない手羽。手羽は不埒の3本の脚を鉤爪で掴んで抑えた。

「カッ! その程度」

 不埒は鉤爪を振りほどこうとした。


「逃すか!」と言う声が手羽の背中から響いた。声の主は手羽の羽毛に隠れ不埒を狙い時を見計らっていたのだ。それは、昨日鬼反らを捕縛しようと待ち構えていた人形ひとがたの死神剣士。平平平まったいらいかりであった。


「カッ! 貴様!」

「モグラの代わりに喰らえ!」

 手羽の背中で立ち上がると名刀・殺烏丸こがらすまるを抜き放った。手羽に抑えられた不埒は恐怖を感じ、ジタバタと足掻くが掴まれた脚は振りほどけない。

「カー! 離せ!」

「クエッ! 離すものか!」


 碇は身動きの取れない不埒へと殺烏丸こがらすまるを振り下ろす。不埒の肩から足の付け根まで袈裟斬りに斬り下げた。

「クアー!」

 叫び声と共に不埒の体から鮮血が飛び散る。空から血の雨が降ってきた。手羽が不埒を離すと碇はその背に戻ろうとして羽毛に脚を滑らし頭から地面に落下し頭が大地にめり込んだ。


「カ、カ、カ……殺烏丸こがらすまる恐るべし……。そして、火喰鳥の焼鳥……覚えていろ」

「クエッ、お前は死ぬのだ」

 不埒は地面に落下した。


 柿砲台もホットの豪腕に幾度も殴られ、爪に引き裂かれ、万象のマネキンボディも破壊され柿頭のみの体で取り押さえられた。毛ガニが「御用だ!」と息巻いて捕縛する。


 ケロケロ外道も可児鍋ツミレと大量の毛ガニに抑えられた。


 策幽、ケロケロ外道、不埒、柿砲台がまさかみなやられるとは予想もしていなかった鬼反。


「天馬! 俺たちを売ったな!」

「お前たちが地獄の指導者どころか冥界の三界全てを屈服させ民衆も支配するつもりだろ。今の閻魔以上の恐怖政治をしようとしていることはお見通しだ!」

 天馬も鬼反もボロボロだった。力が拮抗する者同士壮絶な死闘。2人共至るところから血を流し、服も血で燃えるように紅くなっていた。


「クソ! モモ! 行くぞ!」

「おう」

 骨しゃぶとの血戦を繰り広げ、辛うじて勝利したモモであった。モモの足元に転がる骨しゃぶであったが、モモはとどめを刺さない。いや、足元もふらついて刺せないのである。


 鬼反はモモを脇に抱えると魔界の下り門目指して駆け出した。

「逃がすか!」

 ケンタウロスの姿になってそれを追おうとする天馬。


「鬼反! 後は頼んだぞ! 行かせるか天馬ぁ!」

 策幽のかけ声で、ケロケロ外道、不埒、柿砲台が力を振り絞り天馬めがけて万象を放った。


 ケロケロ外道は口から『べとつく爬虫類』というベトベトの粘液を吐きかける。

 不埒は太陽の力の欠片で矢を作り天馬の方天画戟を吹っ飛ばす。

 柿砲台は何もできない。

 策幽は、万象で三味線を出すと歯で弾いた。大地から現れた泥人形が天馬にのしかかる。


「クソ! 鬼反! 待て!」

 みるみる小さくなる鬼反の後ろ姿を見送ることしかできなかった。


 ――鬼反は野心剥きだしに魔界へ戻ると、天馬らと衝突。敗北した鬼反は大寒地獄へと逃げ込んだ。


『次回は3月22日(水)の正午に「七之巻」更新』

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