番外編 一万年前物語 七之巻〜宿命〜

 魔界にて鬼反と天馬は衝突した。戦いの末に策幽、ケロケロ外道、不埒、柿砲台を捕えた天馬たち。だが、鬼反とモモを大寒地獄へと取り逃がしてしまった。


 捕えたモモの仲間たちをいかりに渡す。


「この作戦に加われば閻魔様も天馬様を許すと申しておりました」

 それだけ言うと碇は万里の魔城へと帰って行った。


 大地に膝をつく天馬。彼は体にまとわりつく泥人形やべとつく爬虫類を仲間たちに取り除いてもらう。

「今すぐ奴らを追いかける!」

「いけません! 大寒地獄は隠れる所も数多く先に潜伏した奴らの方が圧倒的に有利です。もっと冷静に天馬様。らしくないですぞ」

 シロクマのホットが冷静に止めると、天馬は歯噛みし魔界の登り門の方を見た。


「奴らは回復してしまうだろう」

「大丈夫です。回復薬なら私も隠し持っておりますゆえ」

 ホットが白い体毛の中から赤い液体の入った瓶を取り出し天馬に見せる。顔を見合わせにたりと笑う2人。天馬もホットらも、規則は破るためにあるものという共通認識があり、それが彼らを救うのだ。ホットは真っ白な体毛の中から2つの注射を取り出し薬を詰める。


「それが発禁になった薬か」

「その通りです」

 豪快に笑った天馬とホット。それを草原に寝そべり怪訝な面持ちで見つめる骨しゃぶ。特に、発禁の薬と聞いてその薬物が入った注射器を見据える。赤く澄んだ液体は薄めた血にも見えた。


「では、ホット。私の腕にそれを打ってくれ」

 天馬が血塗れの腕を出すと、ホットが腕を自らの膝の上にのせる。仲間が手渡した瓶からアルコールをガーゼに浸し天馬の腕を消毒すると、ホットは注射をその腕に打った。


「これで1時間ほどすればある程度回復するでしょう……さて、次は……動物用だから骨しゃぶ」

「こら! お前も動物だろうが!」

 右を下にして横になる骨しゃぶが声を振り絞り講義する。発禁の薬、動物用、注射と何かよからぬ想像を掻き立てられると、乾いた鼻をフンフン鳴らしまくる。


「大丈夫。これでも俺は医者だ。薮医者にきちんと習ったからな」

「よりによって薮医者!」


「大丈夫。薮はあの世でも有数の医者たちだ」

「あの世に行く前になんとかするのが医者だろ!」


「この薬は最高の治療薬で反乱者の手に渡ったら猛威を振るいかねないから発禁になった優れものだ。元気になる薬だぞ」

「元気になる違法薬物とかお前狂ってんだろ!」


「動物用ってのは、鬼ではない獣のことをさしてな」

「鬼も獣もあるものか!」


「現世から来たお前なら動物としての体も持ち合わせておるだろうからな」

「だろうとか、曖昧なこと言うのはやめてほしい」


「お前、怖いのか?」

「お前が1番怖いわ!」


 丁寧にホットが説明する。宇宙のどこにでも現れる薮医者だが、薮医者は地獄では名医であること。その薮からきちんと免許を授与されたこと。などと聞いて骨しゃぶも渋々注射をすることを受け入れた。


「よし、じゃあ尻を出せ!」

「……は?」


「骨しゃぶ、尻を出せ!」

 骨しゃぶは尻尾で尻を庇った。すると、ホットが尻尾を掴み強引に持ち上げた。

「何をする! シロクマ!」

「肛門にぶっ刺すのが1番効果があるのだ」

 白い体毛の中から極太の注射器を取り出したホット。9つの針が付いたハンコ注射である。


「おい……まさか、それを俺の尻に」

「痛いのは一瞬だけだと聞いたことがある」


「シロクマぁ! そこは聞いたことがあるとか曖昧なこというな!」

「俺は嘘を付きたくない。例えお前がどれほどの苦痛を感じてもだ」


 草原を這いずり逃げようとする骨しゃぶを、付き人・火技子かわこが押さえつける。


「キャイーン!」

 悲痛な声で鳴く骨しゃぶを取り押さえる火技子。その尻に襲いかかる痛みの化身。ハンコ注射は尻に突き刺さる。


 気を失った骨しゃぶ。

「天馬様も骨しゃぶも1時間ほどすればかなり回復なさるでしょう」


 ――それから1時間後。天馬の血は止まり回復を遂げた。骨しゃぶも鼻息を高らかに立てて鼻提灯。


「起きろ! 骨しゃぶ!」

「んあ?」


 天馬は寝ぼけ眼の骨しゃぶの顔を引っ叩き起こすと、骨しゃぶを小脇に抱えた。

「では、行ってくるぞ!」

「はい! くれぐれも油断なきように」


 天馬はケンタウロスの姿になると、骨しゃぶを抱えて大寒地獄を目指した。その後から、ホットたちが魔界の下り門を封鎖しに腰を上げた。


 ――大寒地獄では、鬼反とモモが悪寒谷おかんだにに潜伏していた。壁には永久凍土の牢獄があり、氷の中に鬼たちが閉じ込められている。

「くそ……天馬め」

「鬼反……もし奴らがここまで来たら」

 心細げに顔を洗うモモに鬼反がある許可を出す。

「モモ、万象を使え」

「いいのか?」

「ああ、もう出し惜しみはするべきではない……全力で迎え撃て」

「じゃあ、霧我無きりがないを存分に使わせてもらおうか」


 万象を番犬候補に教えることは本来禁じられている。それを承知で鬼反はモモに万象を教えた。閻魔と直接対決するまでは隠しておくつもりだったらしいのだが、背に腹は代えられない。


 鬼反は悪寒谷の歩いてきた道を振り返る。狭い氷の桟道が蜘蛛の巣の如く壁に架かっている。ここから落ちれば奈落の底。


「モモ、出口には恐らく天馬が待ち伏せしているだろう」

「な! どっちの出口にだ」

 鬼反は目を閉じ考えた。

「この道を進んだ先だ」

「なら、反対へ」

「いや、奴らはお前が万象を使えることを知らない。奇襲を仕掛けよう」

 鬼反とモモは駆け足で天馬の待ち構えると予想した出口へ向かった。


 桟道をもう少しで渡り切る。モモと鬼反は悪寒谷から外へ出ると、雪原城と予想通りの人物を見た。


 雪原城、悪寒谷の出入り口前に立ちはだかるのは赤兎馬天馬と早乙女骨しゃぶであった。


 鬼反とモモは天馬と骨しゃぶと対峙する。

 鬼反はモモの耳元で「じゃあ、あのションベン犬を頼むぞ」と囁くと、天馬の方へと歩み寄る。


「天馬、火炎地獄まで来いよ。一騎討ちしてやるぜ!」

 鬼反はそう言うと氷の大地を爆破し、氷の粉塵に紛れてモモと共に大寒地獄の下り門へ駆け出した。

「待て!」

 それを追いかける天馬と骨しゃぶ。下り門への前まで来ると、鬼反が門の前で待ち構えていた。

「こっちへ来い」

 鬼反は門の奥へと消えた。


 天馬もそれを追いかける。天馬が門を開けたとき、突如天馬の足元にいた骨しゃぶが半透明な霧状の何かに吹き飛ばされた。


 天馬がその霧を千里眼で視ると、それは万象であった。それも、モモの霊力だ。


 霧は龍の形をしており、その口に骨しゃぶを咥えて雪原城の方へと飛び上がる。

「はっはっはっ! 油断したな。俺の万象、霧我無だ。骨しゃぶは俺が始末させてもらう」

「骨しゃぶ!」

 龍の頭に乗るモモが天馬を見下ろし豪語する。またしてもションベンを漏らす骨しゃぶであったが「俺に構うな先へ行け!」と殊勝なことを言う。


「分かった! モモはお前に任せる」

 天馬はこの敵を骨しゃぶに託し、鬼反を追いかける。


 天馬が門の奥へと消えたことを確認すると、モモは霧我無の頭を振るい骨しゃぶを地面に投げ飛ばした。骨しゃぶは氷の大地に着地すると同時にツルツル滑ってゆく。


 霧が晴れるとモモは優雅に着地し顔を洗う。腹這いになった骨しゃぶのすぐ側に着地したモモ。起き上がろうと脚で氷の大地に踏ん張る骨しゃぶ。モモは口の中に霧を溜めると、吹き矢を吹くみたいにプッと数発吹いた。霧はモモの口を出ると霧のナイフとなり骨しゃぶめがけ飛んでゆく。


「キャイーン!」

 骨しゃぶは叫び声を上げた。モモの霧ナイフが骨しゃぶの右前足に突き刺さったのだ。その場にうずくまる骨しゃぶ。


 高笑いしモモは優雅に歩き骨しゃぶの前で止まる。モモは口に再び霧を溜める。


「ま、待っていたぜその時を!」

 骨しゃぶは身を翻し、モモの顔に尻を向けた。尻尾を上げると肛門には鮮やかなハンコ注射の跡が痛々しくのこっている。


「な……お前何を」

 戸惑うモモへ骨しゃぶの十八番が炸裂する。

「喰らえ!」

 骨しゃぶはモモの顔めがけ堰を切ったようにションベンを飛ばした。恐るべき速さで飛び出したションベンを顔にモロに浴びたモモ。

「貴様……ぐ……ん」

 顔に付いたションベンが大寒地獄の寒さでみるみる凍り付く。モモは目も鼻も口も塞がれた。


「とどめの万象だ!」

 骨しゃぶは自分の前に万象で大きな犬の口を出した。骨しゃぶの属性は木性。速さと威力は無いが、技の覚えはピカイチのスペシャリスト。顔も体も無い犬の口のみの技で、モモの体を噛み砕いた。

「グワッ!」

 モモの胴が犬の口に噛みつかれる。モモの体から血が流れ出す。


「終わりだ!」

 骨しゃぶがそういうと口だけ犬は消えた。と同時にモモの体から鮮血が吹き出す。


 骨しゃぶはモモを見下ろす。

「これが俺の万象! 口先駄犬くちさきだけんだ!」

「まさか……お前も万象を使えるとは……グハッ!」

 モモは吐血し、みるみる体が冷たくなっていく。それを見てハッとした骨しゃぶ。共に切磋琢磨した友をこの手にかけたことを今やっと実感したからだ。


「モモ! なんで……なんで……」

 モモは息を引き取った。悔しそうな顔を浮かべていたが、現世で死んだときとは違い悲痛な感じは見られなかった。


 骨しゃぶはモモの遺体にうつ伏して泣いた。


 ――火炎地獄へと向かった天馬と鬼反は、炎の海を隔てて対峙していた。島と島の間を隔つ炎の海を越えると、宿命の戦いが始まる。


「まさか、お前があの糞閻魔の側につくとはな! 義賊・赤兎馬天馬が聞いて呆れるぜ!」

「俺は閻魔についたわけではない。冥界の平和を守るためにお前を倒すのだ」


 天馬と鬼反、無二の親友の間に生じた亀裂。鬼反の野心が大きくなるにつれ亀裂も深くなっていった。


 天馬は人形ひとがたに戻ると、方天画戟片手に鬼反のいる島に飛び移った。空中へ飛び上がった天馬へ鬼反が黒い球体の爆弾魔法を放った。天馬はそれを方天画戟で叩き落とすと鬼反めがけ方天画戟を振り下ろした。


 バルーンという音がする。鬼反は雲の万象を盾に方天画戟を受け止めた。

「ふんっ! 天出雲あめのいずもか」

「お前の方天画戟、絡め取ってやるぜ」

 鬼反が方天画戟を天出雲あめのいずもで絡め取る。

「甘い!」

 方天画戟を持つ手とは反対の手で天出雲あめのいずもに触れると、手の平から紅い波紋が雲に広がり雲をかき消していく。天馬の万象貫月波かんけつばである。貫月波かんけつばは相手の万象をかき消す。


貫月波かんけつばか! 天馬め!」

「むん!」

 天馬は方天画戟を頭の上で一振り回すと、鬼反の左肩に振り下ろした。ブシュっという音とともに鬼反の肩から鮮血が吹き出す。

「やるではないか鬼反」

「ぐ……」

 鬼反は肩に天出雲あめのいずもを巻いて盾とし肩が斬り落とされるのを防いだ。しかし、鎖骨は剥きだしになり、しかも真っ二つに折れていた。


 天馬の方天画戟の柄を右手で掴む鬼反。その手からありったけの魔力を開放し、爆破魔法で方天画戟ごと天馬を吹き飛ばす。

「ぬお!」

「バン」

 白い光が天馬を包むと、ドンという轟音と共に爆発した。辺りは煙に包まれ何も見えなくなった。


 やがて、煙が晴れてきた。天馬のいた辺りは爆発の衝撃で吹き飛び、そこに炎の海が流れ込んで来た。炎の海を覗き込む鬼反。

「は……は、全魔力を注ぎ込んだんだ……。天馬もさすがに」

 鬼反の覗き込む炎の海からキラリと光るものが見えた。それは、半円を軌跡を描き鬼反を襲う。鬼反は焼けるように熱くなった腹部に手で触れると手は血で真赤に染まった。


「な……血……」

「もう少しで死ぬところだった」

 炎の海から全身焼け焦げた跡のある天馬が現れた。方天画戟を右手に抱えて島に飛び乗った。


「お前の肩に打ち下ろした方天画戟は俺の万象で作った物だ。そして、これも」

 天馬は方天画戟を消してみせた。

「さらに方天画戟は如意棒みたいに伸ばせてな」

 天馬は方天画戟を出すと伸ばしてみせた。

「これで俺は一気に後ろへ飛び退いたのだ」


 愕然とする鬼反。

「さあ、お縄に着け!」

「最後の手段だ!」

 鬼反は何か万象を使った。しかし、何も起こらない。

「虚仮威しはよせ。もう、生命力はすっからかんのはずだ」

「ふふふ、骨しゃぶの晩年に呪いをかけてやった」

 鬼反はその場に倒れた。


 やがて、捕縛隊が来て鬼反を連行した。モモは遺体となって発見されたので、ペラメッドへ埋葬することにした。


 ――天馬は閻魔の御前で畏まる。

「よくやった天馬。これで魔界某も身の程を知ったことだろう」

「閻魔様、約束を違えることなきようお願い申し上げます」

 天馬はキッと閻魔の顔をにらんだ。閻魔はその目を見ると身震いがした。


「分かっておる。確か毒地獄と魔界の門番を無くすことであったな」

「それだけではございません。大地地獄の門番に私をつけていただきたい」

 閻魔は渋い顔をして天馬を見据える。


「分かった分かった」

「それから、鬼反に殺害された水地獄の門番は離岸流花山かざんを後任につけること。風地獄には焼鳥手羽を復帰させること。大寒地獄はホット・ケーキ・アマイシロップを門番につけ、火炎地獄にはムサイ・ロクロ首を後任に」

「分かった! そうせい!」

 吐き捨てるように閻魔が言うと、天馬は顔に笑みをたたえ「仰せのままに」と答えた。これで、閻魔を見張る体制ができた。


 地獄に平和が戻った。

 鬼反たちは大寒地獄の悪寒谷にある無期懲役の牢獄、永久凍土の牢獄へ入れられた。


 花山は、父母や兄弟が鬼反に殺害されたことを知り泣き崩れた。離岸流家の悪徳門番が一掃されたとはいえ、大きな犠牲を払った。


 天馬は大地地獄に落ち着くと、江戸火技子と結婚した。火技子はケルベロス五世となった骨しゃぶの関白をしながら、天馬と2人大地地獄で新婚生活を送っていた。最初こそお淑やかを演じていたが、次第に本性剥きだしとなり「てやんでぇ! 天馬!」と怒鳴ることもしばしば。天馬もそれを笑って受け入れる。


 家を勝手に売ったり、高い武器を勝手に買ったり、天馬も中々好き勝手する。火技子はその度に「なにしてんでぇ!」と怒鳴り散らす。やはり天馬は笑っている。


 ――魔界鬼反の乱は終結した。


『次回「エピローグ」』

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