番外編 一万年前物語 三之巻〜波乱の番犬レース〜

 番犬死す。その報を聞いた者の落胆は凄まじかった。辛うじて番犬のおかげで保っていた平和が一気に崩れようとしていた。


 新たなる番犬を選ぶ番犬レースが波乱の幕開けとなった……。


 ケルベロス四世の魂が閻魔の間で待機する。ケルベロス四世は真白なムク犬でとても可愛らしかった。お手をすると、泣く子も黙り笑顔になる。ちなみに、鬼600体程の強さであった。


 番犬候補として何番目かに来た黒猫に番犬レースの説明をすると、黒猫はケルベロス四世を鼻で笑う。

「おい、モモとやら。何がおかしい?」

 鬼の形相で黒猫のモモを睨む愛らしいケルベロス四世。

「まさかあの世に来てまでこんな生存競争をするなんてなと自分の運命を笑ったのさ」

「お前も1万年の任期満了すればカクテルでも飲みながらビーチで昼寝ができる身分になるだろう。俺みたいに」


 モモの付き人は魔界鬼反に決定した。

「よろしくね、猫畜生」

「ああ、頼む、優男」

 さっそく2人はにらみ合う。プライドの高い者同士、火花が散る。


 いつまでも閻魔の間でにらみ合う2人。

「早う行かんか! たわけ者!」

 痺れを切らしたケルベロス四世に、鬼反は背中を蹴られ、モモは咥えて投げられ登竜門をくぐらされた。


 毒地獄に入り、最初の村・カマカマファームを見た感想を2人は言った。

「本当にオカマタウンなのか? 鬼反」

「……夜になるとヤバいぜ」


 ポイズンシティに着いた。モモと鬼反は門番のいるビルに乱入すると、門番の全裸ぜんら脱男ぬぎおをビルから突き落とし従える。脱男は揉み手をしながらモモに馴染み方を教えてくれた。


「案外楽勝だったな」

「……まだそう思うのは早い。仲間を集めた方がいいぞ」


 毒地獄の毒湖へ向かう2人。道中、番犬候補であるダックスフンドのポピーとチワワのパピーを倒す。ポピーとパピーは怨念となり融合し、極悪獣ごくあくじゅう・チワックスとなってモモを襲おうとしたが、ルール違反で逮捕された。


 毒湖の水を飲み、毒地獄に適応したモモ。

「ふー、生き返るぜ」

「ははっ、死んでる奴が言うと言葉の重みが違うな」

 鬼反とモモは再び険悪ににらみ合う。


 そこへ、何者かが近付いて来る。足音も立てずに気付けばすぐ側まで来ていた。

「これはこれは、魔界鬼反殿ではないですか。そちらは、番犬候補ですね」

 完璧な気配断ちだ。鬼反とモモは(こいつ、できるな)と警戒を怠らない。


「まあまあ、そんなに怖い顔せずともよいではありませんか。私の名は化本鬼幽。世間では策幽の名で知られております」

「ほう、お前がかの有名な策幽か。要件は……俺たちの仲間にして欲しいってところか?」

 策幽は薄い唇でニコリと笑い答える。


「もし、断わると言ったら?」

 鬼反の意地悪な言い方に薄笑いを浮かべる策幽。

「そうさなあ、不埒。どうする?」

「焼き払うカッ」

 すぐ後ろから声がした。鬼反とモモがパッと後ろを振り返るとそこには烏がいた。先程までいなかったはずの烏に2人は背筋が凍り付く。


「……何者だ?」

「鬼反殿、八咫烏ですよ」


 雷に打たれたような衝撃が全身を駆け巡る。鬼反は息をするのも忘れ不埒の方を見続けた。

「……ぜ……是非仲間になってもらいたい」


 恐るべき威圧感にモモは何も言えなかった。

(地獄恐るべしってところか)

 モモは冷や汗をかき、顔を洗った。


 ポイズンシティまで戻ったモモたち。策幽は、金座の方を指差した。顔は笑っていても、細い目は笑っていない。

「金座という所にケロケロ外道という者がおりますが……いかがいたします?」

「いかがいたしますとは?」


 鬼反の問いに策幽は笑顔を崩すことなく答える。

「言葉の通り、そのままの意味です」


 策幽はモモの方を振り向く。モモは策幽の目を見て直感した。

(ははん。この男、俺たちをケロケロ外道にぶつける気だな。俺が勝てば良し、負けてもケロケロ外道は弱ってなおよし。仲間にすれば支配するってところか)


「さあ、どうしましょう」

「別にどうもしないさ」

 あえて気のない返事をしてモモは顔を洗った。


「そうですか」

「まあ、そんな強力な奴がいるなら是非仲間に欲しいな。お前みたいな仲間がね」

 モモは飽くまで策幽もケロケロ外道も対等な自分の仲間に過ぎないということを強調した。


「それもようございます」

 策幽は満足気に金座へ向かった。モモも鬼反も予想外である。


 策幽はケロケロ外道を倒すことも従えることももはやどうでもよかった。むしろ、強力な仲間を欲していた。それは、少年時代の計画を実行に移すためだ。


 金座にある裏カジノへ足を運ぶ策幽たち。関係者以外立ち入り禁止の扉を開けると、屈強な鬼たちが立ち塞がる。

「ここは立ち入り禁止だ」

 策幽は鬼たちを殴り飛ばし、奥の部屋へ入った。


 奥の部屋には、室内に池があり、ケロケロ外道が水面から目だけを出してこちらを見ていた。

「やーあ、ケロケロ外道。もう知っていると思うが私は策幽だ」

 策幽は前に出て両手を広げポイズンシティの大物が自ら出向いたとアピールした。


「ケロ、俺を仲間にしにきたか? 番犬候補」

 ケロケロ外道は策幽に目もくれずモモの方を凝視する。完全に無視された策幽は回れ右で後ろ向きになると代わってモモが前に出てくる。


 策幽はばつが悪くなり「モモに用があ〜る」と歌いながら後ろへ下がって隠れた。それを見た鬼反がニヤリと笑う。


 ケロケロ外道は柿砲台を連れて来ると、すんなりと仲間に加わった。なんでも、番犬とのコネが喉から手が出るほど欲しかったようだ。


 モモ、鬼反、策幽、不埒、ケロケロ外道、柿砲台の6人は親睦を深めるために『猫ちゃんのモフモフカフェ』へ入った。


 イチゴのショートケーキ、シュークリーム、ふわふわのパンケーキを6人はシェアする。口に生クリームをつけタピオカを飲むのだが……皆吐き気をもよおし、店を出ようかと思った。

(……クソ甘い。甘い物嫌いなのに)と全員同じ事を考えていた。拷問にも等しい甘い物天国。我慢比べは続く。


 策幽のおごりで会計を済ませるため猫店員のレジへ行く。その時、策幽は吐き気が限界まできた。


 フリフリのピンク色エプロンの猫店員が「また来てにゃん」と言って両前足を合わせたと同時に策幽がその顔へ吐いた。他の5人はエチケット袋で事なきを得た。


 それから、策幽が経営するホテル朝寝坊に鬼反とモモは泊まった。他の連中は一旦家に戻った。


 翌朝、ホテルのレストランで鬼反がコーヒーを飲んでいた。そこへ、策幽が三味線を弾きながらやってくる。

「隣いいかい?」

「じゃあ三味線を弾くな」


 策幽は、話すうちに鬼反の野心を見抜いた。そして、計画を打ち明けた。

「鬼反よ、私の計画を実行してみんかな」

「……少し考えさせてくれ」

 そうは言ったが、鬼反の心は既に動かされていた。


 部屋に戻るとモモが鏡の前で首輪を選んでいた。この時代は、首輪と番犬レースはなんの関係もない。部屋に戻ってきた鬼反に気付くと「どうだ? この青い首輪なんてオシャレじゃないか?」とモモは呑気に聞いた。


 顔面蒼白の鬼反が無言でソファに座る。モモが「どうした?」と聞いてきた。

「原子爆弾を創らせた奴が憎いか?」


 開口一番、鬼反がそれを言ったので、モモは目を見開き驚いた。モモは顔を洗いながら鬼反を怪訝な面持ちで見詰める。

「どういう意味だ?」

「原子爆弾はこの地獄の果てにいる第六天の魔王が生み出したのさ。……奴は無間地獄にいる」


 モモは鋭い目をカッと見開いて鬼反を見る。

「……殺せるか?」

「……さあな」


 それっきりこの日は何も言わなかった。だが、モモの心に憎悪の種火が撒かれた。それはやがて全身を復讐の炎で焦がすほどに大きくなる。


 ――モモの出立から遅れること数日。閻魔の間に送られて来た早乙女骨しゃぶはケルベロス四世の姿を見るなり失禁。

「ばばばば番犬れれれ」

「黙れ! 臆病犬!」

 骨しゃぶはその情けなさっぷりを四世に何度も叱られた。しかし、その骨しゃぶこそが次代の番犬、ケルベロス五世となり太平の世を取り戻し、更には獅子王ことニャン吉の代に起きる反乱を見破り先手を打ったその犬である。


 骨しゃぶは旅立った。付き人の江戸えど火技子かわこと共に……。


 江戸火技子は武術・群裂式武むらさきしきぶの使い手であり、短気で短絡的で勝ち気で喧嘩っ早くお喋りであったとか。


 骨しゃぶとモモの初戦は大地地獄。

「黒猫! そこを退かんかい!」

「何?」

 それはペラメッドの前で起きた諍い。そして骨しゃぶはモモにズタボロにされた。もし、火山が噴火しなかったら骨しゃぶはこの時に脱落していた。


 それ以降骨しゃぶはモモにビビリ、モモと言う名を聞くと「ももも、モモがもももも」と言って失禁するようになった。モモがシャーと息を吐き威嚇をすると、骨しゃぶもシャーとションベンを漏らした。


 魔界まで来た鬼反とモモ。鬼反はモモを連れて来て梁山泊を登り赤兎馬天馬を探した。かねてより潜伏先を聞いていた鬼反は、その場所を訪ねた。


「確か、この川を下れば――」

「カカ、こんな山全て焼き払えば早いのに」

「こら不埒、鬼反の邪魔をするんじゃない」


 策幽に叱られた不埒はしょぼんと下を向く。策幽は「後で一緒に弁当を食べよう」と肩を叩くと不埒は顔を上げ「カア!」と元気に返事をした。

 鬼反はそれを横目で見て笑う。

「怒り烏は嫌だといっておじゃるぞよ」と柿砲台が余計なことを言うのでケロケロ外道がその口を抑える。

 鬼反はそれを見て声を出して笑う。


 川に沿って下ると、森を抜け開けた所に出た。そこは草を刈り取られ幾つも木造の高床式住居が建てられていた。


 鬼反は「天馬」と呼んでみた。すると、建物の1つから懐かしい友の姿が現れた。再会を喜ぶ2人をモモは怪訝な面持ちで見つめる。

「はっはっはっ、久々だな天馬! お前中々の有名人だぞ」

「まあ……そういうことだ」

 天馬は共に梁山泊に逃れた仲間を紹介した。シロクマのホット・ケーキ・アマイシロップなど有名な武人。ムサイ・ロクロ首などの知識人。火食鳥の焼鳥手羽てばなど多種多様な種族がいた。


 積もる話もあったが、鬼反は本題に入る。


「ところで天馬、お前モモに千里眼を教えてやってくれないか?」

「ん? お尋ね者の私がか?」

「ああ、頼めるか?」

 天馬は躊躇ったが、引き受けることにした。新しい番犬が少しでも早く誕生すれば地獄の静謐の役に立つだろうと考えたからだ。


 この頃、骨しゃぶも魔境地獄へ足を踏み入れる。

「魔族がなんぼのもんじゃい!」などと最初は威勢よく言っていた骨しゃぶである。だが、魔物を実際に見ると声が途端に小さくなった。

「なんぼのムグムグ、なんムグムグ」

 梁山泊へ挑む段になると強気な言葉を口の中でモゴモゴ聞こえないように小声でつぶやく。


 仲間の猿、鳥、猪も骨しゃぶを励ます。

 猿は骨しゃぶの頭の毛をむしり、鳥は骨しゃぶの背中に座りその頭に足を置き、猪は骨しゃぶの顔の前で糞をする。


 江戸火技子も骨しゃぶに活を入れる。

「骨しゃぶてめぇ! この犬畜生! さっさと梁山泊に登れってんだ犬畜生! さては怖えのか? モモがももももってか?」

 骨しゃぶはそれを聞くと急に冷静さを取り繕い、「モモだぁ? 魔物だぁ? そんなん怖くて番犬レースなんぞやってられるか」と鼻で笑う。


 骨しゃぶが威勢良くそう宣言してから何もしないまま3日たった。

「ははぁ、三日天下とか言うがそろそろあの黒猫くたばっちまった頃かなあ」

「おい! 骨しゃぶ! おめえなんもしねえまま3日も何してやがんでぇ!」

 骨しゃぶの体たらくに火技子は我慢の限界。骨しゃぶを梁山泊へぶち込んだ。そして、魔境地獄恒例の師匠探しを開始した。


 梁山泊をさまよっていると骨しゃぶはたまたま下山してきた天馬と出会った。

「何じゃあ! 赤馬面!」と天馬を罵る骨しゃぶ。

「む? お前番犬候補か」

 威勢よく吠えるアホ犬を見て天馬は思案した。


(鬼反たちは何か企んでいる。奴らが暴れ始めたら我らだけでは心許ない……こいつらを保険にするか)

「お前、名は?」

「俺の名を聞いて驚くな! 早乙女骨しゃぶ様だ!」

「ああ、例のションベン犬か」

「こら赤馬! いい度胸して――」

(弱い犬ほどよく吠えると言うし……やめとくか)


 その時、江戸火技子が「骨しゃぶ! おめえ何1人でほっつき歩いてやがんだ!」と怒鳴りながら歩いてきた。


 火技子は天馬と目が合うと急に借りてきた猫になった。急ごしらえのお淑やかで滑稽な猫を被る。

「あ……あの。はじめまして、江戸火技子と申しますわあ」

「む? あなたは骨しゃぶの……はじめまして、赤兎馬天馬と申します」

 いわゆる一目惚れである。


 火技子は「天馬殿を師匠としてはどう?」と笑顔で骨しゃぶを睨みつける。渋る骨しゃぶを影に連れて行って「てめえは黙って一言バウと鳴きゃいいんだよ」と脅す。


 とうとう骨しゃぶは折れた。


 骨しゃぶたちは天馬に連れられ梁山泊を登ると、仲間たちの住処へと招かれた。そこには鬼反とモモもいた。


 モモは骨しゃぶを見ると威嚇する。すると骨しゃぶは漏らす。


「まあ待て、人材は多いに越したことはない。だろ? 鬼反」

「……だな」

 天馬は鬼反の野心に必要なものとして上手く説得した。


 骨しゃぶは「一時停戦といこうじゃないか、それで手を打ってやる」と言う。

 モモは「殺すぞ」と返事をする。


 骨しゃぶたちも修行を始めた。


 骨しゃぶの才はモモには随分劣るが、それでも飛び抜けた才能を発揮した。モモに遅れること1月で千里眼を開眼まで開いた。


『次回は3月5日(日)正午「四之巻更新」』

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