番外編 一万年前物語 四之巻〜魔界鬼反の乱〜

 梁山泊で修業を終えたモモと骨しゃぶ。2人は、共に切磋琢磨した仲となっていた。2人はいつも通り木々の生い茂る梁山泊の山を駆けていた。

「ふっ、俺は千里眼の開眼まで習得したぜ」

「はは! 俺は開眼の常識まで習得したぜ」

 モモは確かに開眼まで開けたが、骨しゃぶの常識は真赤な嘘だ。大見得を切るのが骨しゃぶの悪いところだ。


 骨しゃぶの付き人の江戸火技子かわこは、折あらば天馬に話しかける。火技子も中々の馬面で、目付きが鋭く、どことなく2人は似ていた。

「あの……これ作ったのですが……良かったらどうぞ……」

「吸血植物の天ぷらですか。是非いただきましょう。一緒に食べませんか?」

「まあ……いただきましょうか」

 天馬の前では火技子はお淑やかを演じていた。


 いつもそのぶりっ子の気持ち悪さに骨しゃぶが身震いすると、影で火技子に拳骨される。


 今日も骨しゃぶが気持ち悪がって火技子を横目で見る。火技子は天ぷらを持って立ち上がると「ごめん遊ばせ」と天馬に断って骨しゃぶを拉致る。天馬の前では優しく骨しゃぶの前脚を掴んで引いて行くが、死角に入ると乱暴に天ぷらを骨しゃぶの鼻の穴に突っ込んだ。


 そんなこんなでいよいよ伏魔殿に挑戦する段になった。


 モモと骨しゃぶのどっちが先に行くかと天馬が2人に問うてみると、骨しゃぶがションベンを漏らしたのでモモに決まった。


「じゃあ行ってくるぜ鬼反、天馬。お前の出番は来ないかもな骨しゃぶ」

「はは、お前の骨くらいは拾ってやるぜ」

 モモは伏魔殿へ旅立った。


 伏魔殿は人を試す。モモの時はカラクリ屋敷で鎖鎌を持ったカメレオンたちが現れた。予測不能な動きをする敵を見事攻略するモモであった。


 モモが伏魔殿を突破したとの情報が入ったので、骨しゃぶの番がきた。

「ふふふ伏魔殿でででんでん」

「他の奴に譲るか?」

 天馬の言葉で骨しゃぶは途端に冷静さを取り戻した。

「はっ! 俺を舐めるなよ天馬」


 骨しゃぶは伏魔殿へと旅立った。

 骨しゃぶの時はお花畑に大きなナイフとフォークを持った豚たちが現れた。臭い、うざい、うるさいの三拍子そろったブーブー共が骨しゃぶを襲う。ドロドロになりながらも何とか攻略する。


 骨しゃぶも突破した。そして、大寒地獄へ。


 大寒地獄では、モモが雪原城へ門番を従えに行っている頃、仲間たちは相対的絶対零度村で待機していた。 

 策幽は1人相対的絶対零度村の昔あった自分の家の跡を見に行っていた。


 空き地に1人ポツンと立つ策幽。

(……もう少しだ。モモが番犬になれば我らは権力者どもと対等に渡り合える)

 梁山泊にてモモと共に修業を積んだことで、復讐観が変わってきていたのだ。閻魔や門番どもを殺すことよりも、番犬の仲間として権力者を押さえ付けることに意義を感じたのである。


「策幽様、どうしたのカッ?」

 不埒が策幽に話しかける。この不埒も今は番犬の仲間としてやっていくつもりであった。いまやモモたちは皆そう思っていた。

「なに、昔のことだ。……もう、昔のな」


 2人が話していると、氷漬けのアンモナイトが寄ってきた。

「どしたんや? トイレか?」

「モンモナイトとか言ったか……」

「この家は悲劇があってんでな……どこ行くんや? トイレか?」


 策幽と不埒は役立たずの噴水前で待つ鬼反の元に戻った。だが……2人の背中を妖しく笑って見送る者がいた。

「ほほう、あいつは化本の鬼幽ではないか。……いいことを思いついたぜ」

 下衆な笑いを浮かべてそいつは去っていった……。こいつは閻魔に取り入るために閻魔の間へ駆けてゆく。


 モモが門番を従えたので火炎地獄へ向かうことにした。髭が凍りつくモモを見て鬼反が笑った。

「おい鬼反!」

「はは、悪い悪い。面白い飾り物だと思ってな」

 笑いの花が咲く。そして、相対的絶対零度村を後にした。


 その後に骨しゃぶが現れて、モンモナイトらが村を案内する。


 火炎地獄へ着いたモモたち。業火の海を眺めると、モモもさすがに身震いがした。

「ここが、取り返しのつく罪人の最後の地獄か」

 モモは鬼反たちを振り返ると、不安気に顔を洗った。


 浮島同士に架かる橋を幾つか渡ると、門番の火男面ひょっとこめんが仁王立ちして待ち構えていた。なのに、モモの爪で一発退場。

「どうした火男面? もう終わりか?」

 立ち上がると火男面は口から火を吐きながら「参りました」と降参宣言。


 モモが次の地獄へ進もうとすると、火男面が慌てて呼び止めた。

「こりゃ! ここは通さん。閻魔様がお前を通してはなりゃんと告知された!」

「ああ! 何言ってんだてめえ! ブサイクの上に馬鹿ときたらどうにもならんぜ!」

 モモが威嚇するが相手にもしない。


「どうしてだ?」

 鬼反が事情を尋ねるが火男面は答えない。やがて、ドア弁慶が現れた。

「あ、ちょっと……ドアがどこにもな〜い」


 悲嘆に暮れるドア弁慶から手紙を引っ手繰る火男面。手紙の内容を確認するとニヤリと笑った。

「化本鬼幽! ケロケロ・ケローン! 不埒鳥! 柿砲台! お前たちは嫌疑にかかっている。速やかに出頭せよ!」

 顔色を変え鬼反が火男面に詰め寄る。


「おい、てめえ馬鹿言ってんじゃねぇよ! 番犬の仲間になっている時は例えどんな悪事を働いていたとしても不逮捕特権があるだろうが!」

「でも、閻魔様の決めたことですから。手紙にもこう書いてありますし」

「嘘をつけ、手紙を寄越せ!」

 鬼反が手紙を取ろうとすると火男面が激しく抵抗する。互いに揉みくちゃになった2人。鬼反が思い切り押した拍子に火男面は火の海に落ちた。


 しばらくして、火男面は火の海面へ浮かんできた。ピクリとも動かない火男面を不審に思った近くの鬼がペロペロキャンディで口をベタベタにしながら呼びかける。

「火男面! 火男面! 起き……息をしていない」

「そんな馬鹿な! 火の海に落ちてもかすり傷1つつかないはずだろ」

 鬼反も火男面の生死を確かめた。

「死……なんで……」

 戦慄が走った。


 側にいた鬼がどこかへ走り去った。おそらく閻魔に報告に行ったのだろう。


「鬼反、これからどうすればいいんだ?」

 モモは不安気な顔で鬼反を見上げる。

「なに、番犬レースの時は死人が出ることを想定している。すぐに代わりの門番がやってくるさ」


「だといいがな……」

 1人策幽がつぶやく。


 ――大寒地獄では、骨しゃぶがあまりに寒がるので他の番犬候補に遅れを取ってしまった。おまけに仲間は皆休暇を取って思い思いの場所へと散って行った。骨しゃぶが番犬になるとは誰も思っていなかったので番犬になったら帰ると置き手紙をして。


 相対的絶対零度村では、寒さに震える骨しゃぶが完全防寒装備をした火技子に叱咤されていた。

「てめえ! 早く門番とこ行って来やがれ!」

「かかか火技子。さささ寒い」


 そこへ、ドア弁慶が告知を持って現れた。いつもなら、ちょっと用事とか歌いながら陽気に舞うこの男が珍しく黙って佇んでいた。顔面蒼白でただ、火技子の方をジッと見ている。


 ドア弁慶に気付いた火技子が「何黙ってんだよ」と威勢よく言おうとしたのだが、その顔から何かを察して言葉に詰まってしまった。その告知はただ事ではない。


「え……」

「なんだ、ドア弁慶」

「閻魔様からの、告知です。度重なる犯罪行為につき、魔界鬼反、モモ、及びその仲間を討伐せよとのことです」

「どういうことだドア弁慶!」

「これをみろ」

 ドア弁慶は黒革の鞄から紙を1枚取り出すと、火技子へ手渡した。火技子が紙を受け取るとドア弁慶は消えた。


 紙に書かれていることを骨しゃぶと火技子は何度も読んでは顔を見合わせた。

「かかか火技子、これは」

「……知れたことよ、閻魔が何かやらかすみてえだ」

 紙にはこう書かれていた。

『魔界鬼反及び、モモ・ブレンディとその仲間を逮捕、もしくは討伐した者を次の番犬に任命する。もし、庇い立てなどしたら同罪』


 骨しゃぶはことの重大さを悟ると、勇気を出して門番のところへ駆ける。

(おいおい、モモ。おめえ何でこんなことになってんだ)

 不安を胸にしまい、骨しゃぶは雪原城へと飛び込んだ。


 雪原城は門番が簡単に協力してくれた。それは、早く鬼反とモモを仕留めろと言っているようなものである。


 骨しゃぶは村へ戻り火技子と合流すると、どうするか善後策を相談した。すぐに2人の意見は一致した。それは、頼れる赤兎馬天馬の協力を仰ぐことだ。

「じゃあ、天馬を迎えにいこう」

「おう! 梁山泊に戻るぞ骨しゃぶ!」


 2人は大寒地獄の登り門を目指して走り出した。しかし、氷の大地の摩擦を考慮すべきであった。2人は見事に転けた。


 ――火炎地獄の鬼反とモモは、この切迫した状況を打開すべき策も持たぬまま押し寄せる番犬候補を次々と薙ぎ倒していった。


 狼狽える柿砲台。

 皮肉な笑いを浮かべるケロケロ外道。

 涼しい顔して弁当を食べる不埒。


 その中、長年待ち続けていた策を実行に移すべく策幽は深く静かに思索していた。1度は捨てた復讎の計画も、心の内で再燃し、細い目が妖しくギラついていた。


 血走った目で策幽は例の作戦を実行に移すべき段がきたと鬼反に呼びかける。

「鬼反、『鳥獣戯画大戦ちょうじゅうぎがたいせん』を実行に移す時だ。もはや迷っている暇はない」

「……」

 鬼反は事を決しかねている様子。それを見抜いた策幽は強く勧める。


「座して死を待つより、出て活路を見いださん。……まずは閻魔を打倒し、その上で奥方を迎えに行けばよろしいかと」

「……」

 策幽の進言が耳に入ったケロケロ外道は、初めて顔面蒼白で狼狽えた。


「おい……鬼反の奥方って……」

 策幽の着流しの袖へ手をかけ、ケロケロ外道が震える声で尋ねる。唇を噛み締めた策幽がケロケロ外道の手を払うと「そうだ! 離岸流りがんりゅう花山かざんのことだ」と答えた。


「だめだ! あの人をそんな、危険な……」

 恩人を危険に晒すことに強く異を唱えるケロケロ外道。だが、策幽はケロケロ外道の方を振り向かず、ただひたすら鬼反の方へ訴えるような目を向ける。


「……策幽、お前の言う通りだ」

 决意のこもった力強い声。鬼反は閻魔に反旗を翻すことに決めた。


「われ! なにいいよんじゃ!」

 ケロケロ外道が鬼反の胸ぐらを掴むが、その手を策幽が強く握った。


 沈黙の中、モモが顔を洗いながら燃えるような瞳でケロケロ外道の目を見た。

「ケロケロ外道、腐れ指導者が国の頂きにいる限り朝は来ない。花山とやらもどの道、危害が及ぶだろう。その前に!」

 モモは皆の目を順に見ていく。妖しい情熱に燃え盛るモモの目は、再燃した復讎心に狂った目だ。青い眼の奥に原子爆弾と魔王、さらには人をいじめ抜く指導者への怨みが光っていた。

「殺られる前に、殺る! それが俺の答えだ。原子爆弾が俺にそれを教えてくれたよ」


 原子爆弾の前では一切抵抗できなかった。生前モモはどれだけ迫害されようが立ち上がってきた人々をその目で見てきた。だが、原子爆弾の前ではどんな人間の強さも、一瞬で焼き払われてしまう。


 番犬候補が遠くで「いたぞ!」とモモの方を指差してこちらへ向かってきていた。モモはそちらを振り向いて、独りつぶやく。

「どんな迫害にも負けなかった爺。どんな牢獄も耐え抜いた爺。どんな甘い誘惑も跳ね除けた爺。そんなブレンディの爺も原子爆弾には一切抵抗できなかった。抵抗すら許さないのが魔王のやり方なんだ……」


 鬼反、モモ、策幽、不埒、柿砲台、ケロケロ外道。6人は無間地獄への門から踵を返し、いざ閻魔の首を取りに征く。


 ――梁山泊へと着いた骨しゃぶと火技子は千里眼を使いながら天馬を探した。仲間と潜伏していた辺りを丹念に探す。


「火技子……どうなるんだろうこれから……」

 骨しゃぶが泣きそうな声で火技子に尋ねるが、火技子も正直答えられない。むしろ、火技子の方が泣きたいくらいだ。


 山の茂みの中で何かが光った。暗闇の中でそれは無数に光っている。さらに、低い唸り声も聞こえる。

「バウ……、魔物の大群だ……それも100はいるぞ……」

「お……おう、上等じゃねえか!」

 この頃の魔物は全ての時代を通しても最強クラスの連中がそろっていた。ニャン吉の時代とはわけが違う。


 骨しゃぶと火技子は背中合わせになり、いつでも反撃できるよう構えた。


 魔物たちが茂みからその獰猛な顔を覗かせる。鋭い牙を見せる恐竜のような連中がジワジワと寄ってくる。


 魔物が飛びつこうと膝を曲げた時、何者かが火技子と骨しゃぶの前に躍り出た。それは、探していた人。赤兎馬天馬であった。

「どうしたのだ? お前たち。いや、まずはこいつらを追い払おう」

 殺気を放つ天馬が腰の刀を抜くと、魔物たちは恐れてどこかへ去っていった。


 天馬が刀を鞘に収め、骨しゃぶと火技子の方へ振り向き尋ねようとした。だが、火技子が天馬に飛び付き泣きじゃくりだした。

「天馬様、あたし、心細くて」

 火技子の本心には違いないが、ぶりっ子も多分に含まれている。


 火技子以上に取り乱したのは骨しゃぶで、天馬の周りをワンワン吠えながら回る。


 天馬は弱りきった顔をした。

「まあ、取り敢えず我らの住処まで来るといい」

 天馬は火技子と骨しゃぶを抱きかかえると、ケンタウロスの姿になり山を駆け出す。


 鬼反との宿命の戦いはもう目前だ。


『次回は3月8日(水)正午「五之巻」更新』

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