第二章 鳥獣戯画大戦

第41話 鳥獣戯画大戦の前夜

 権利とは、戦って勝ち取るものだ。

 似非平和主義者の傍観など何の力にもならない。

 無関心の臆病者に夜明けは来ない。さあ、その手で勝利を掴み取れ。


 平田牛一の獅子吼は地獄中の鬼の心に轟いた。立ち上がった鬼たちの戦意はすさまじく、その意気は天をも突かんばかりであった。僅かな時間で各地から囚人兵の潰走の報が聞こえてきた。


 たった3日であったが、その艱難辛苦は例えようがなかった。特にミケの殺戮が各地に爪痕を残した。その反動が今、火山が噴火するが如く吹き上げ、その怒りのマグマを敵方の頭上に降らす。


 反対に策をしかけた側であるミケと策幽らの方が勢いに飲まれそうになっていた。だが、モモや不埒などはその状況をむしろ喜んですらいた。


 ――反転攻勢の息吹。

 閻魔の間では士気が高まる。その勢いのまま、相手を叩く準備に余念がなかった。


 閻魔は最高幹部の十二支長じゅうにしちょうを招集。十二支長のメンバーはヒステリックぶつ代や犬などだ。だが、2人以外多忙過ぎて集まれない。

 十二支長の現メンバーは11人である。1人不在なのは、前人者の魔界鬼市が関白となり抜けたためである。十二支長は死神、天使、鬼、魔人の4者で構成されていて、特に魔人は定員1名である。


 緋色の絨毯に円卓を置いて十二支長の2人が着席した。その席にニャン吉たちも座り作戦会議を始める。この時、天馬が一万年前のことについて語り、敵について知りうることを全て伝えた。


 まず、閻魔は犬に意見を求めようとした。だが、その前にどうしても犬には決めてもらわなければならないことがあった。

「犬よ、元服したがいいが、幼名を改めるならそろそろ新たな名前を決めてくれ」

「好きに呼び給え」


「じゃあ、夢枕ゆめまくらでよいな。今日からお前は犬立いぬたち夢枕ゆめまくらだ」

「はい? 閻魔様、おふざけも大概になさってくださらんと」


「ふむ、気に入らんと申すか。なら……お手するバウーン……でどうだ?」

「……夢枕で結構です」

 閻魔に命名を委ねたせいで、犬立夢枕という不本意な名前になってしまった。


「さて、緊急事態宣言もレベル2になってから幾日も経った。何の進展もないまま早3日となる」

 現状を整理し閻魔が資料を机から取り出す。資料を皆に見せる前に一応閻魔は確認すると、案の定『寿司屋のへいらっしゃい。魚のみんな、死にますか?』と言う水地獄発の映画のパンフだった。


 閻魔は口頭で伝え始めた。

「今は緊急事態宣言のレベル2で地獄封鎖ヘルロックダウン中であるのは皆も知っての通りだ」

「ところで、縮地ができなかった時はどうやって地獄同士を行き来するつもりだったにゃ?」

 閻魔は机から鍵を取り出した。

「このヘルマスターキーを使うのだ」


 鍵を机にしまうと閻魔は続ける。

「レベル3になれば、閻魔直々に賊を討伐に出向く義務が生じ、魔王との盟約を反故にすることになる」

「そうすれば魔王を縛る盟約が無くなるにゃ」


「それとは別に地獄封鎖には3日という期限があってな」

「にゃんだと! 今夜限りかにゃ!」

 今はその3日目の夜。ニャン吉の焦りはピークに達した。


「期限内の討伐は難しいだろう? 獅子王よ」

「……非常ににゃ」

 閻魔はニャン吉の返答に頷き覚悟を決める。そして、ヒステリックぶつ代へ作戦を説明するように促した。

「ぶつ代、話してくれ」

 閻魔の決断に答えるようにぶつ代は真剣に力強い口調で作戦を披露し始めた。厳粛な雰囲気に包まれる。


「まずは、緊急事態宣言レベル3になる前に閻魔様には閻魔職を退陣してもらいます」

 場が騒然とした。ぶつ代は皆を静止し続ける。

「閻魔の席が空席ならば閻魔による討伐などできません。大政奉還と同じですよね獅子王」

「にゃん」


「閻魔不在でいきましょう」

 閻魔は深く頷いた。


「閻魔の退陣には各門番の協力が不可欠です。なので、獅子王、門番のお迎えお願いします」

「にゃん」


「次に、獅子王以外の元ビッグ5の4人衆にも手伝っていただきましょう」

「それなら準備万端だぜ!」

 閻魔の扉の前には、柴犬の山田もっさんの姿が見られた。後ろには、ペンギンのイーコ・ブール、見慣れぬ緑亀、フクロウが立っていた。


「俺たちは望みの姿に転生させてもらったぜ。番犬と同じ待遇の死神でよ」

「もっさん! ボクシングかにゃ!」

 もっさんがニャン吉にシャドウボクシングを見せる。


「あたしも戦うわよ。リズミカル千鳥足が唸るわ!」

「イーコ! どうやって千鳥足を唸らせるにゃ?」

 イーコは酔っぱらい同様な足さばきで緋色の絨毯を右往左往する。


「倒す!」

「えーと……」

 見慣れぬ大きな緑亀が出くると、その隣にまたしても緑亀が出てきた。緑亀たちは顔をニャン吉の顔にスレスレまで寄せると、ニコリと微笑んだ。

「おらは亀山亀太だぁ。真珠あああの付き人でぇ、あああはおらの養子になったべ。名前も、亀山御亀おかめって改名したぁ」

「にゃるほど! 御亀、よろしくにゃ」

「なんち!」


 もっさんとイーコの間をぬってクネクネ歩いてくる梟がニャン吉の前に出てくる。

「ア・タ・シ――」

「ああ、例のオカマ鳶だにゃんね」

「ヤダ! 全部言わないでよもう! あたしは憧れの梟に転生したのよ」

「……鷹とか他に色々あったと思うけどにゃ」

「名前も変えたわ」

「またかにゃ。ジワジワ・トル・ベントトーウ、鷹派鳩派の次はなんだにゃ?」

「モラッシー・O・ジョンベンよ」

 ニャン吉は言葉にならない。


 閻魔が咳払いをすると、皆黙り話の続きを待った。

「えー、次の作戦は大函谷関だいかんこくかんと十羅刹女の許可を下ろします」

 ぶつ代が閻魔を振り返り「本当にやるんですか?」と躊躇いがちに尋ねると閻魔は頷く。


「まず、大函谷関だいかんこくかんについてです。毒地獄の登り門はここ登竜門につながるのはご存知ですね」

「にゃん!」


「毒地獄の登り門にはある仕掛けがあります。それは、大函谷関だいかんこくかんといって巨大な要塞を大地より呼び寄せることができるのです。そこを突破するのは至難です」

「クエッ」


大函谷関だいかんこくかんは閻魔様とカマカマファームの方々が管理をしていて」

「今にゃんて」


「魔界鬼市害並びに10人のオカマがその番人なのですよ。それらを十羅刹女じゅうらせつにょと呼びます。ちなみに、オカマは皆魔界の血を引いてます」


 ぶつ代はタレの方を向いた。

「それから、焼鳥タレ。あなたには閻魔の間にある登竜門と毒地獄の登り門をつなぐ2つの門へ獅子王以外が縮地できないようにしてください」

「クエッ! プログラミングなら任せろ! 何台、苦歩歩のパソコンをダメにしたと思っている」

 タレはさっそく登竜門へ。


「さて、以上だ! 獅子王、毒地獄へ十羅刹女と大函谷関の準備を伝えに行け。その後に門番を集めてこい!」

「分かったにゃ! ……でも、大地地獄の三途拷問が行方不明だにゃ」

「それなら、代理を連れて参れ!」

「任せろにゃ!」


 ニャン吉は門番を連れて来ることになった。


 ――牛一の獅子吼は皆の心に闘志を燃え上がらせた。さあ、門番を集めて反撃開始だ。


『次回「門番結集」4月5日(水)正午更新』

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