第37話 さらば友よ

 大寒地獄の雪原城で使った城雪崩しろなだれはケロケロ外道と獅子身中の虫を城の下に押しつぶした。カッパ丸もまた、城の下敷きになってしまったが。


 相対的絶対零度村のツルリンクに置かれた招き邪王猫の前が霞がかる。霞は徐々にニャン吉達の姿となっていく。縮地である。


 村から城の方角を見詰める空龍が「あれが雪原城の切り札。城雪崩しろなだれだ。門番のみ使える特権で、平時には城の建て替えの際に使われる」と沈んだ声で説明する。


 雪原城のある辺りの空を雪と氷が未だに舞っていた。皆、言葉にならない。


 ――崩れ落ちた雪原城跡地では、細い顎で悔しそうに歯ぎしりをする策幽の姿があった。ミケは驚きのあまり鼻を垂らして呆然としていた。寒風が吹き付け鼻水が凍りつく。


「……まさか、城雪崩を使われるとは」

「そんな呑気なこと言ってないで、策幽さん。城の下敷きになった連中をどうしましょう」


 ミケがそう案じていると、城の瓦礫が突然溶け始めた。中から火炎が吹き上げ氷の瓦礫を一気に溶かしていく。

「カッパ丸め、ここまでするとは……」というかぶとの声が聞こえる。

 中から無傷の獅子身中の虫達が出てきた。甲は、血まみれのケロケロ外道を肩に抱え、甲冑のような音を立てながら氷の瓦礫を踏み越えてくる。


「にゃほっ! 甲さん無事でしたか。獅子身中の虫の皆さんご無事でなにより。……ですが、ケロケロ外道さんは……」

「重症ですな。我等は父上から太陽の力を少量分け与えられましたので助かったのですが」


 甲の肩で手足をダランとさせたケロケロ外道は、「氷漬けの漬物……」と苦しげな声を漏らした。甲がケロケロ外道を地面に優しく寝かせてやる。

「溶ければ食べられますよにゃっふ、気を確かに」

 ミケが意味不明な言葉をケロケロ外道にかける。


 玉虫の綺羅李きらりがケロケロ外道に触れる。頭、喉、腹、手脚と次々に細い腕で触れていく。

「大丈夫です。命に別状はありません」

「それはよろ昆布。あなたの触診しょくしんは素晴らしい」


 六感の五感化、その一つが触診しょくしんである。千里眼と違い、対象に触れる必要がある。

「ええ、でもわたくしの場合は万象も使っておりますので純粋な触診ではないのですよ」

「それにしてもよくやってくれました。さすがはドクター綺羅李ですにゃふっ」

 綺羅李は照れたように下を向いてはにかむと「透けるピョン」と顔を隠しながら言った。


 意味不明な「透けるピョン」には返事をせず、ミケは策幽へ相談した。

「さて、策幽さん。どうしましょう」

「うーむ、ケロケロ外道を撤退させて私とミケ殿で作戦続行といきますか」


 甲が慌てて話に入る。

「策幽殿! たしかに我等は父上の万象を使い消耗し、弟妹は霊力を使い果たしました。ですが、まだ私は戦えるだけの霊力を残しております」

「ほほう、まだ行けると?」

「はい!」

 甲の心意気に勇気づけられた策幽とミケ。


「じゃあ、こういうのはどうでしょう、にゃふっ」

 汚い手を考えている時のミケはいつも生き生きしていた。今度もまた、生き生きしている。


 ――相対的絶対零度村では、ニャン吉達が善後策を練っていた。突風が吹くたび、ニャン吉の全身の毛が凍る。ヒゲに氷柱ができたのをみると、皆爆笑。


 風が緩やかになったその時、突然村中に策幽の声が響いてきた。

『あー、あー、マイクのテスト中。聞こえるか? 獅子王』

「策幽の声だにゃ!」

『我等は皆、無事だ。これから火炎地獄の殺戮ショーを始める。参加したければ来るがいい。それから、三味線というのは三毛猫の皮を使っている。三毛猫のな』

 策幽の挑発は終わった。


 ニャン吉は立ち上がり、縮地の準備を始めた。そのニャン吉へ、天馬が念の為に注意する。

「獅子王、これは罠だろう。全員無事は嘘だ。あの位置関係だと策幽とミケを除けば無事では済まない。今の戦力では火炎地獄の殺戮は無理だ」

「だろうにゃ」

「何か考えがあるなら何も言わんが、俺は火炎地獄へ行くことは勧めない。勇敢も過ぎると蛮勇だ。……一度退くべきだと思う」

 天馬は村に転がる黒焦げの遺体に目をやると、強いてニャン吉を止めた。


「それでも行くにゃん!」

 ニャン吉の決意は固かった。


 天馬、空龍、小次郎の三人はニャン吉達を見送った。ニャン吉達は火炎地獄の下り門へ縮地した。


 しかし、この判断が命取りとなってしまった。


 雪原城の跡地から千里眼でニャン吉達の様子を視ていた策幽とミケ。二人は、ニャン吉達が縮地したのを確認すると、顔を見合わせニヤリと笑った。


「甲さんと策幽さんは魔界の登り門を守っていてください」

「ええ、三味線猫」

「はっ! ミケ殿が無事帰還できるよう策幽殿と死守いたします」

 ミケは指示を出すと万象で例の缶詰を用意した。缶の中身はミケ以外は分からない。他人の万象か、あるいは兵器か……。缶を開けると中身が飛び出す技、ミケの万象技『楽缶らっかん』である。


 楽缶に爪を立てると、ミケは縮地をした。ニャン吉達の数秒後、後を追うように火炎地獄の下り門へと……。


 ――火炎地獄の下り門へ縮地したニャン吉達。大蛇おろちの天龍と酒呑童子がこちらに気付き、振り向いた瞬間であった。


 ニャン吉達の背後が霞がかった。霞はミケの姿へ変えていく。


 まさか、ミケが単独で下り門へ後から来るとは思わない。完全に意表を突かれた。天龍と酒呑童子の驚いた表情に気付いたニャン吉は振り返ろうとした。


 ミケは楽缶をニャン吉めがけて投げつける。太ったミケの嫌らしい笑みが浮かぶ。ニャン吉は気付いた時には目の前に楽缶が迫っていた。

「よーろ昆布。縮地、魔境地獄の登り門」とすさまじい速さで魔境地獄へ逃げた。


 楽缶を避けられない。頭が追いつかない。


 ニャン吉は天馬の注意を思い出した。やはり一度退くべきだったと。


「ニャン吉様! 危ないデス!」

 レモンはニャン吉を突き飛ばす。

「レモン」

 楽缶がレモンに飛んでいく。そして、直撃。


 楽缶から眩い光が飛び出し、目が眩む。そして、大爆発を起こした。爆音が轟き、天へと光の柱が登っていく。


 やがて、大きなキノコ雲が発生した。爆発は収まっても、煙に視界を奪われなにも見えない。


「はっ!」と言う天龍の声が聞こえると、煙が吹き飛んでいった。天龍の息で爆煙を吹き飛ばしたようだった。


 爆心地には、黒焦げのレモンが横たわっていた。見るも無惨な姿となって。


「レモン! 大丈夫かにゃ!」

 血相変えてニャン吉達がレモンに駆け寄る。レモンは消えそうな声で返事をした。

「ニャン吉……さ……ま……。無事デ……」

「もう喋るにゃ! すぐ医者に――」

「もうダメデス……最後……に、頼みガ……」

「最後なんていうにゃ!」


 骨男がニャン吉の背中に手を置き「話を聞こう」と言った。


「……この……種……を……」

 根を動かしニャン吉に虹色の種子を渡す。

「炭に……なった……私の遺体の……下に植えて……クダ……サイ。そこに、……私の……全てガ」

 炭となったレモンの体は、崩れていった。


「レモン!」

 皆の呼ぶ声も虚しく火炎地獄に響く。レモンは息絶えた。


 ――ミケの奸智で死んだレモン。最後に託した種には何が宿るのか。


 緊急事態宣言レベル二、地獄封鎖ヘルロックダウン中。


『次回「一世鬼死す」』

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