第38話 一世鬼死す

 レモンはミケに殺された。死の間際、ニャン吉は受け取った種を灰となった体と共に植えて欲しいと頼まれた。


 火炎地獄の火炎が何事もなかったかのように炎の海でゴーと音を立てている。火炎の底に沈められたような苦しみがニャン吉の心を苦しめる。


「ニャン公、種を」と言うと骨男が灰を一ヶ所に集めた。

 涙を堪えて、ニャン吉は火炎地獄の大地に虹色の種を植えた。その上に、灰をかけて埋めていった。


 それは、レモンを埋葬することを意味していた。レモンの鬼の首は跳ねられたのだ……。


「クエ……」

「レモン……」

 クラブとタレも土をかけた。


「おめえは最後までニャン公を守ったな」

 骨男も土をかけた。


 話を聞いた天龍と酒呑童子も埋葬を手伝う。


 皆がレモンの冥福を祈った。


 地面が揺れた。ニャン吉達は最初こそ気にもとめなかった。が、次第に揺れが激しくなってきた。

「クエッ! 地面が割れた!」

「いや、裂けていくぜ」

 大地に亀裂が走って足元が割れると、クラブとタレは飛び退いた。


「おい、これは何だ!」

 天龍は狼狽えた。

「獅子王さん……あっ」

 酒呑童子はニャベアを地割れに落とした。


「ニャン公、こりゃあ一体いってえ……」


 ニャン吉は見覚えがあった。大地地獄で鬼に囲まれ、敗北を覚悟したあの時を思い出す。

「来るにゃん」

 ニャン吉だけが地割れの中央に走っていく。


「ニャン公! そっちはあぶねえ!」

「レモンだにゃ! レモンが戻って――」

 大地から七色の光があふれ出す。辺りは七宝の光で満ち、その輝きはさながら宝石のようである。


 光が集約する。その集まった先には大地に根を張る見慣れた姿があった。

「レモン!」

「ただいま戻りマシタ」

 七色の種からレモンが再び生まれてきた。今度は、黄金に輝くレモンへと生まれ変わった。


 黄金のレモンが横向きとなり、頭の上に銀色の蔦が伸びて七色の花を咲かせる。花びらは七つの色に彩どられ、七宝を集めたようになっている。レモンの下側からは銀色の根が伸び、手足の如く自在に動かしてみせた。


 七宝を思わせるようなレモンの姿からは、以前とは比べ物にならない強力な妖気があふれ出す。明らかに鬼百体分の生命力はあり、百鬼山公ひゃっきやこうに達していた。誰もがその妖気に圧倒された。


「大成功デス。ニャン吉様」

「お……お前は本当にレモンかにゃ?」

 レモンは銀色の根で頭をかいた。


「ええ、三世レモンデス。私は古小鬼の転生技を試したのデス。その技は、輪廻転生の秘術りんねてんせいのひじゅつという万象デス」

 ニャン吉は驚くやら嬉しいやらでパニックの猫舞を舞い始めた。二本脚で立ち、両前足を盆踊りの如く左右に振るべし。


「おめえ心配したじゃねえか!」

「馬人、心配かけマシタ」


「クエッ! 良かった」

「バタバタ鳥、ありがとう」


「おおお、くくくクールだぜ!」

「万象がバッチリ決まりマシタ、甲殻類」


 喜びの歓声が上がる。天龍と酒呑童子もレモンにニャベアニャベアとしつこく勧めてくる。レモンは最初こそ断っていたが、次第にニャベアに興味を持ち、取り敢えず一つもらった。


「レモン、よかったにゃ」

「ハイ。それからニャン吉様。この技は成功率が極めて低いのデス。千回に一回成功すればいい方デショウ。……古小鬼の奴はそれでもこの技に賭けたのデス。奴の執念は十分に気を付けるべきデショウ」


 レモンは側に転がっている石を一つ手代わりの根で取ると、それを手刀で真っ二つにした。割れた二つの石を右と左の手にそれぞれ持つ。

「古小鬼はこのように二つに生命を分けたのは、輪廻転生の秘術が失敗したときに備えたのではないかと思いマス」


 割れた石の一方を残し、もう一方を破砕した。

「もし失敗しても、これなら問題無いデス。……大胆かつ慎重で執念深い……。ああ! 今すぐ小鬼を殴りたい!」

「鬼市は関係ないにゃ」

 笑いの花が咲く。


 レモンは大地を根で指す。

「この万象のおかげで、再び大地と一つになれマシタ。そして、長い大地の歴史と一体になって、我が物にすることができたのデス」


 自分が生えてきた大地の上に立ち、誇らしげにレモンは宣言した。

「もはや私は一世鬼ではナイ! どの鬼の一族よりも長い、大地の歴史を先祖とスル鬼。万世鬼へと生まれ変わったのデス! それが私の本地覚醒、七宝万世鬼しっぽうのばんせいおにデス」


「クエッ! レモンもとうとう垂迹の狩衣を剥ぎ取り本地覚醒できたのか!」

「ハイ! それと、得た万象もありマシテ」

「クエッ? どんな技だ?」

「植物の種を飲み込めば、その植物の力を束の間我が物にする万象デス。植物縁しょくぶつえんと名付けマシタ」


 一世鬼だった頃のレモンとは別人の声の張りである。自信に満ちたレモンは、心まで万世鬼へとなったのである。

「一世鬼の姿には戻らないにゃんね?」

「いいえ、皆さん同様に垂迹の狩衣として一世鬼の姿にいつでも戻れマス。確かに、一世鬼の首は落ちることで万世鬼へとなれマシタが、それは垂迹の狩衣の姿を捨てたわけではないのデショウネ、知らんけど」

 本人もよく分からない様子である。


「ところで、首を落とす、ではにゃく鬼の首を取るじゃにゃかったか?」

「それはいいじゃないデスカ、さあ帰りマショウ。閻魔様も待っていることデス」

 ニャン吉達は天龍、酒呑童子と別れて、閻魔の間へ縮地をした。


 閻魔の間へ戻ったニャン吉達。閻魔の間は、静まり返っていた。

「帰ったにゃん!」

 ニャン吉は閻魔達に無事帰還したことを報告した。だが、閻魔は「よく帰った」と沈んだ声で言ったきり口を開かなかった。


 閻魔の間へ入ってきたヒステリックぶつ代のズボンの裾を引っ張り、ニャン吉は尋ねる。

「どうしたにゃ? やはり犠牲者が」

「ええ、どれも予想以上よ」


 次々にもたらされる悲報に意気消沈していた。いかに死に慣れた閻魔や死神とはいえ、これほどの虐殺をされては平気でいられない。


 登竜門へ武蔵が帰って来た。武蔵、ニャン吉がそれぞれ見てきたことを閻魔に報告する。


 大寒地獄の大量の焼死体。剣士の死。雪原城の城雪崩。レモンの死と転生などをニャン吉は報告した。


 剣士の死は武蔵にとって耳を疑うような悲報であった。しかし、武蔵は「ここは戦場だ」と気丈に振る舞う。


 レモンの転生を聞いた閻魔と武蔵は非常な驚きようであった。輪廻転生の秘術。本地、七宝万世鬼。植物縁。

「おお! それでこそ我が閻魔帳のレモン!」

「むすび食べ放題に匹敵するな!」

 閻魔も武蔵も努めて明るく振る舞ったが、うち続く悲報はその顔に暗い影を落としていた。


 武蔵の報告では、各地獄は立ち上がれないほど気落ちしている様子であった。


 タレが武蔵の方をチラと伺うので、武蔵は風地獄について詳しく語った。

「全研究所は壊滅。安否が確認できたのは、数名の鬼と、焼鳥ツケダレとクシだけで……」

「クエッ、父さんと弟は……」

 武蔵は首を横に振る。タレは覚悟していたとはいえ、動揺を隠せない。目を閉じ、閻魔の机を蹴り飛ばした。

「ありがとうクエッ」と言うのが精一杯であった。


 絶望が地獄を覆う。


 ――レモンは一世鬼から万世鬼へ転生した。喜びも束の間、地獄は苦しみのドン底。


 緊急事態宣言レベル二、地獄封鎖ヘルロックダウン中。


『次回「モモの動機とミケの最終計画」』

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