第17話 悪寒谷の大将

 武蔵達は風地獄の無事を見届けると、大寒地獄へと縮地した。


 大寒地獄の下り門へ縮地した武蔵達。下り門は囚人兵による包囲が手薄となっていた。これはチャンスと皆はタレの背に乗り、薄い包囲網を突き破り飛び上がった。


 タレは雪原城へ向かう前に、空からこの地獄を見下ろす。千里眼で見るまでもなく、各地で激戦が繰り広げられていた。


 今は空にも敵がいた。空中でも激戦が繰り広げられている。タレも幾度か戦闘になった。


 各地では、激が飛び、雄叫びが聞こえ、悲鳴も響き渡り、混戦状態となっていた。


「やはりな」

 武蔵はそう言うと襲ってきた鳥の大将を刀で薙ぎ払う。


 雪原城の裏門へ着くと、見張りがこちらに気付いて「獅子王の仲間ですね、こちらでしゅ」と小声で城内に招き入れた。


 未だ城の一階の広場は避難民で溢れていた。しかし、庶民はたくましい。モンモナイト等は厨房で作った物を皆に振る舞っていた。クラブと集太郎とペラアホはここで皆から状況を聞くためにも待機させられた。


 人混みを掻き分け二階の玉座を目指す。玉座へと登る氷の階段の前で武蔵とタレは二人のミュージカル衛兵に止められた。

「待て! ままま待て! るるるるー」

「クエッ」

「あっ、御結武蔵様ですね。焼鳥タレ様もよくいらして」

 武蔵とタレは玉座へと通された。


 玉座では門番のカッパ丸が歌いながらダンスを踊っていた。武蔵はカッパ丸へ近況を聞くと、カッパ丸は両手を胸に当て、分厚いくちばしで歌い始めた。

「キュキュキュ! また来たーのかー剣士武蔵。いつ来たーのかー剣士武蔵。空龍ーも、剣士たーちも皆が外・外・外・外・外で戦う勇者ー! あなたが、立ち去ってからー、天馬も帰ってきーたよ。茄子の嫁食いもー!」

「クエッ! 茄子の嫁食いってなんだ?」


 カッパ丸は水掻きのついた掌を、右手は胸に、左手は空へと突上げ、緑の体を震わせもの思わしげにタレを見つめる。

「君はー! 焼鳥家の、らららお嬢様。家を抜け出し、困ったお転婆! 恥を知らぬか、暴れ回る! かかか風地獄ーの変人」

 タレは白い目でカッパ丸を見ると、翼で一扇ぎしてカッパ丸を燃した。


「ギュオー! 熱い! 熱い! 熱い! とっても、あ! つ! いー!」

 それでもまだ歌うカッパ丸。


 武蔵に目で注意されたタレは、カッパ丸についた火を吹き消して再び聞く。

「クエッ! 茄子の嫁食いってなんだ?」

「……え? 私そんなこと言った?」

 急に素面になって言葉を返す。タレは納得いかないという顔をしていた。


 武蔵がカッパ丸に「我等は優勢ですか? 劣勢ですか?」と聞くと、カッパ丸から「劣勢」との返事が返ってきた。


 今この地獄では錚々たるメンバーが奮戦していた。

 八岐大蛇の空龍や雪の夫婦に赤兎馬天馬。

 五剣士の四人、土手鍋小次郎、穴子宗厳、酢牡蠣信綱、粗雄卜伝。

 ビッグ5の付き人の亀山亀太、溶けコッコ。その上、エリート鬼が集う。


 こちらの戦力は他の地獄の戦力とは比較にならない程強力だ。それでも劣勢なのだ。悪寒谷の大将、強力な無期懲役の鬼や魔の囚人は無数にいる。


 カッパ丸がキュウリを食べようと甲羅から取り出したと同時に、玉座の天窓――正確には氷のドームを突き破り、囚人兵が玉座へ侵入してきた。毎回毎回、窓ガラスを突き破る地獄だ。


 囚人兵は全部で七人。その内、髑髏印がない大将格が二人であった。武蔵達は臨戦態勢に入るが……。


「そなたら、おう! 私にー任せよ。この私が! おう! 一人で片付けえーる!」

 カッパ丸は歌いながら隼の如く玉座の後ろへ移動し、置いてあった三叉の槍に手を伸ばす。……が、何故かそれを手放し槍から少し離れる。


「私ーは、またこの槍ーで、誰かをー突かねばならーぬとは……」

 再び戦いの場へ戻らねばならない苦渋の決断と逡巡を表現しようとしたのだが、その隙に囚人兵がカッパ丸に攻撃を仕掛けてきた。


「ああ、私は悲し……ってコラ! 何すんや!」

 歌を止めたカッパ丸は、無造作に三叉の槍を掴むと、乱暴かつ嬉しそうに囚人兵の印を突いて倒した。


 闘争本能剥き出しのカッパ丸であったが、大将との戦いになると我に返り再びミュージカル気取り。そして、再び歌を歌いながら、舞うように軽やかに大将に近付き、その喉元を三叉の槍で突く。喉を貫かれた大将は吐血し絶命した。その強さ、さすがは門番。


 大将が侵入してきた穴を塞ぐため、カッパ丸は天井の穴に水を吐きかけ凍らせた。


「ここは私だけーでえーだだだ大丈夫」と言うとカッパ丸は自分に酔っている様子でウインクをした。武蔵とタレは悪寒が走った。


 雪原城の一階へ下りると、大扉を開けて城の外へ出た武蔵とタレ。そこには、赤兎馬天馬がいた。


 雪原城の門を護るため仁王立ちする天馬の顔はどこか生き生きとしていた。


 武蔵と天馬はそこで出会った。相対する二人の達人。雲海を泳ぐ龍同士が互いに出会ったような驚きだ。


 タレは武蔵を天馬に紹介した。

「あなたが駿馬の……いや、骨男の師ですか」

「はい……ではあなたが赤兎馬……」

「武蔵殿、あなたのお力添えのおかげで鬼反を討伐することができました。骨男達を鍛えていただき感謝します」

「いや、例には及びません。私は千里眼の使い方を教える義務を果たしたまでです……なるほど、獅子王等の言う通りのお方だ。天馬殿、あなたに馬賊という名は似合いませぬな」

「いや、お恥ずかしい……現代は達人の剣士が多いですな」

 一流は一流を知る。


 武蔵と天馬の話が終わると前線を突破してきた十人の大将が門を破ろうと接近してきた。


「この門は通さん!」と一喝すると、天馬は方天画戟を一振りし、一合も矛を打ち合うことなく大将を一人討ち取った。


「天馬殿、助太刀いたす」と言うと武蔵も大将の首を立ちどころに一つ討ち取った。


 次々に大将は二人に討ち取られる。武蔵と天馬、この二人の底知れない強さに一人残った大将は尻尾を巻いて逃げる。


 タレはそれを見逃さない。背後からその大将を遅い、鉤爪で引き裂いた。


 戦闘が一段落したところで武蔵は天馬に「それではまた」と告げるとタレ達を伴って前線へと駆けてゆく。


 大将達を薙ぎ払いながら武蔵とタレは空龍の守る前線へとあっと言う間に着いた。

「クエッ!」とタレが空龍に話しかける。

「ん? タレか……獅子王はどうした?」

 タレは空龍に武蔵を紹介する。


「ほう、これはまた中々の達人剣士だ」

「して、状況は?」

 武蔵の問に空龍は顔を曇らせる。

「あまりよくない……未だ相対的絶対零度村の奪還すら目処がたってはおらん……城周辺を辛うじて死守しておるが」


 そこへ、旧型の番犬の首輪を腕に巻いた土手鍋小次郎が来る。

「おう! 武蔵か」

「おう! 小次郎。いきなりで悪いが答えてくれ。ここと火炎地獄はどっちが苦戦している?」

「ここだ! むこうは善戦している」

「なるほど……ならばしばらくここで戦うとしよう」

「クエッ」

 武蔵達はしばらく大寒地獄に留まることにした。


 ――大寒地獄は苦戦していた。


 緊急事態宣言レベルニ、地獄封鎖ヘルロックダウン中。


『次回「奇襲」』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る