第16話 それぞれの反撃
水地獄の下り門へ縮地した武蔵達。竜宮の地下にある部屋から玉座へ出ると衝撃の光景が広がっていた。
玉座に座る離岸流
玉座の前には、乙姫と魚右衛門の子供達が並んで立っていた。
「ははー! 離岸流様!」と頭を床にこすりつけながら平伏する囚人兵。
タコ入道イカが喜色満面で囚人兵に「頭が高い!」と怒鳴りながら頭を脚で押さえつける。そして、「あーらよータコタコタコーの入道イカ。脚は嬉しや入道イカー」と陽気に歌いながら囚人兵の上に乗るので、離岸流一門も竜宮兵も爆笑した。
調子に乗ってタコ入道イカは墨を吐き、その飛沫が僅かに乙姫の靴に散った。乙姫はタコ入道イカをムチで殴りつけた。
その光景を目の当たりにした武蔵達は呆然と立ち尽くす。何が起きたのか分からない。クラブのみが平然と見ている。
武蔵は乙姫に何が起きたのか説明を求めた。
乙姫は立ち上がると囚人兵の一人の首を片手で掴み、それを武蔵に見せながら説明を始めた。
この竜宮は罠だらけであり、わざとこの竜宮を囚人兵に明け渡して罠にかけていたらしい。その罠の内容を聞いて武蔵は悪寒が走った。
そうして捕らえた囚人兵の一人を首謀者に祭り上げ、相手が何を言おうとも「お前が首謀者だろ!」と一方的に責立てる。そこからありとあらゆる拷問をかけ、敵方の分断を計った。
さらには、分割統治まがいの分断も計る。
個人では早く降参すればするほど罪は軽く、より逆らったグループを重く罰した。
そこまではまだいい。問題は、囚人兵同士で同士討ちをすればするほど同士討ちポイントを贈り、その同士討ちの仕方が卑劣であればある程ポイントは高かった。
同士討ちポイントをより集めれば減刑にするという悪どいものだ。不意討ち、騙し討ち、煮え湯を飲まそうキャンペーンなどと銘打って……。
煮え湯を飲まそうキャンペーンの効果は絶大で、憐れな者共の醜い争いが見る見る広がった。しかし、その正体は減刑をしても他者を害する罪で減刑した分の倍、刑期延長をするというものである。
一年減刑のために二年の刑期延長である。
「所詮は地獄へ落ちてきた三悪道の愚者共。少し利益をちらつかせればあら不思議、たちまち殺し合いますこと。ホホホ」
乙姫が上品ぶって笑うと、子供達も笑い始めた。
さすがに地獄の門番。罪人達の性質は知り尽くしている……。
媚び諂う囚人兵……ああ、何と憐れな……。死してなお恥を晒すとは……。
作り笑いで武蔵は「これは乙姫様が考えたのですか?」と返すと、魚右衛門が武蔵の肩を叩く。
雪だるまの様なその男は細い目に笑みを浮かべ、自分の方を指差す。
「武蔵さん、うちの人が考えましたのよ。ホホホ」と乙姫が自慢気に言う。
「あ……分かりました……ここは大丈夫か」
武蔵はそう言うと縮地の準備をした。
集太郎は「武蔵、ここに招きをおかんでいいんか?」と聞く。
「ん? ああ、下り門も近いしな」
武蔵が縮地をしようとすると、クラブが「それでは魚右衛門様、乙姫様、また」とごあいさつした。
後にクラブは語る。魚右衛門と乙姫の夫婦は完全な亭主関白であり、魚右衛門に逆らえる奴は水地獄にはいないと。
武蔵達は風地獄の第二研究所の招き邪王猫へ縮地した。
第二研究所では、凄まじい早さでモモ襲撃で崩された迎撃体制を立て直していた。薄い緑色の膜がバリアとなっている。
「さすがは地獄一の科学力……」と武蔵が漏らすとタレが誇らしげに顔を傾け「クエッ」と鳴く。
タレの弟である盛塩が嬉しそうに飛び跳ねながら近付いてきた。
「姉さん! 武蔵さん! ここは大丈夫クエッ! 医療体制も軍事力も第一研究所と変わらないクエッ! 次あの黒猫野郎が来たらぶっ殺すクエッ!」
そういうと、盛塩は台の上に飾ってあった黒猫の模型を蹴り飛ばした。模型の首から上が無くなると「クエッ」と盛塩は嘲笑った。
そこへ事情を知らない苦歩歩が直火に招かれ部屋に入って来ると黒猫の模型を見るなり「モモ!」と悲鳴を上げた。
盛塩はその声を聞くなり壁際に寄って鳥の剥製のふりを決め込んだ。
苦歩歩が黒猫の模型をモモだと勘違いしたことに気付き、「ああ、ただの模型か」とつぶやいた。それを聞いた盛塩は目を釣り上げ、くちばしの口角が釣り上がり、羽に炎を纏い、怒りの声を上げ「腐れ
盛塩の憤怒。
タレと直火が盛塩を止めたが、苦歩歩は少し焦げた。
「クエッ、さすがに苦歩歩博士に謝れ!」と直火が息子を嗜める。
盛塩も激情に駆られてやってしまったことを後悔して、「ごめんクエッ」と一言謝った。
末の妹のクシが「もう少し丁寧に謝った方がいいクエッ、ビビリ兄さん」と余計な一言を言うので盛塩の怒りが再発した。
「クエッ! 妹のくせに生意気だクエッ! お前も大好物の果物の桃はしばらく見たくないって言っていただろクエッ!」
「兄さん……そこじゃないクエッ。丁寧に謝るべきだと言ったクエッ。じゃないと
「……ゴミポッポは言い過ぎだろクエッ」
兄弟喧嘩が終わると、武蔵達は研究所の内部を案内された。
鳥達は武蔵を見かけると元気そうに振る舞った。しかし、よく観ると鳥達の顔には疲れと焦りの色が見える。歩く歩幅もいつもより狭く、脚も重たい感じである。皆、タレや武蔵達に心配をかけまいと気丈に振る舞っていた。
武蔵は外へ出て囚人兵を討伐しようとしたが……。
「クエッ、囚人兵は粗方片付けたクエッ」と直火が武蔵に言う。
武蔵が次の地獄へ縮地をしようとした矢先、盛塩が慌てて武蔵を呼びに来た。武蔵達は焼鳥家へ戻った。
「クエッ! タレ! 武蔵! この招き邪王猫、なんかおかしい」
「クエッ、当たり前だ! 誰をモデルにしていると思っているクエッ!」
「タレ! 違うんだクエッ!」
盛塩はそのおかしい招き邪王猫を手に取り見せた。招き邪王猫の顔つきが変わっていた。目も笑っていないし、舌も出していない。両手も下ろしていて、いつもの間抜け面ではないのだ。
「クエッ……本当だ……」とタレは納得した。
「クエッ! ネクタイが外れたから巻き直したらこうなった!」と盛塩がネクタイを触る。
「む! 盛塩、ネクタイを首に巻いているな」
武蔵の指摘通り、本来は頭に巻いているはずのネクタイが首に巻かれていた。
武蔵が頭にネクタイを巻き直すと、招き邪王猫は両手を上げ、いつもの間抜け面に戻った。
「クエッ! ニャン犬に戻ったクエッ!」
思わず皆大爆笑した。
「ニャ吉は酔っ払いか!」
「ニャッキーには徳利が似合いそうだーね」
「相棒、クールに決まったな」
などと言いたい放題。
一頻り笑ったところで、武蔵が招き邪王猫を再び首に巻いてみる。そして、その状態で縮地を使ってみた。
武蔵の姿は束の間、霞がかって縮地を使った時のように見えたが、縮地をすることなく元に戻った。
「こ……これは」
武蔵は何度か試したが、縮地はできなかった。もちろん、招き邪王猫の頭にネクタイを巻き直すと縮地は使えた。
「……不具合というやつか……骨男にも伝えておくか」と武蔵はつぶやく。
「クエッ! バグってやつだなクエッ! バグればニャン犬はまともになるクエッ! まさにお笑い芸人だ!」とタレは爆笑した。
――水地獄の苛烈な攻め、風地獄の科学力による反転攻勢。それぞれがたくましく反撃をしていた。そして、招き邪王猫の不具合が見つかるが……。
緊急事態宣言レベルニ、
『次回「悪寒谷の大将達」』
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