第13話 武蔵の策
ニャン吉を番犬の座から下ろそうとする閻魔に武蔵がある献策をする。
「私が獅子王に技を教えます」
「その技とは?」
「
その手があったかと顎に手をやり閻魔は笑みを浮かべる。
「大王、獅子王は私と同じ
「うむ、お前の言うとおりだ!」
閻魔と武蔵は顔を見合わせ笑った。側にいたタレとクラブも含み笑いをした。
「師匠、土性ってなんだにゃ? インフレーションって物価が上昇するのかにゃ?」
ニャン吉の問いかけに武蔵は答える。
「獅子王、千里眼のことはもう教えたと思うが、他にも冥界では番犬候補には教えてはならないものが二つある。その一つは、
「ごぎょうって……餃子の仲間……じゃにゃいよにゃ?」
「今は詳しいことは教えられん。付き人と番犬契約して番犬に就任してからだ。そして、これからいうことをよく聞け」
武蔵は閻魔に資料を求める。
その時、ヒステリックぶつ代が閻魔の机の上に飛び乗り資料を取ろうとする閻魔の手を踏みつける。驚きぶつ代の顔を見上げる閻魔の顔をぶつ代は汚物でも見るかの様な目で見下ろす。
細い眼、下膨れの頬、団子鼻に突き出た薄い唇。その大柄で逞しい女の足で閻魔は手の骨がゴキゴキなるほど踏みつけられた。
「おめえ、獅子王舐めてんのか?」とドスの利いた低い声で吐き捨てるように言うと、閻魔の顔を蹴り飛ばした。そして、「獅子王首にするなんてあんた首」と言うと閻魔を椅子から引きずり下ろし、閻魔の首に踵落としをお見舞いした。ぶつ代は閻魔に代わり、武蔵へ丁寧に両手で資料を手渡すと笑顔で会釈した。ぶつ代はニャン吉に微笑みかける。
何事もなかったのであろう。皆平然としている。呆然とする武蔵を他所に「踵落としでギロチンってか」と火が付いたように笑う犬。ぶつ代と犬はグータッチをした。
ぶつ代は武蔵の方を振り返り、「はじめまして、私は閻魔庁の軍師、ヒステリックぶつ代と申します。野郎の態度を見兼ねて僅かばかりのお灸をすえさせていただいた所存にございます」と丁寧にお辞儀をすると静静と犬と共に奥の間へ戻って行った。
皆、獅子王の件で閻魔に対して疑念を持っていた。よくよく皆の表情を観ると怒気も見られた。
「大王……なにか皆に恨みでも買っているのでは?」と武蔵は聞くが閻魔は「いやいや」と手を振り返事する。
「おい! てめえ忘れたのか? このぶつ代様の妹を囚人と間違えて拷問所へぶちこんだり、縁起がいい数字がとか言って皆の給料をゾロ目の一括にしたり、私のハイヒール踏んだり蹴ったりしたろうが」
「そうだ、この俺の餌箱にゲロ何度も吐きやがって……今後ここで飲むな!」
ぶつ代と犬は閻魔にされた仕打ちをここぞとばかりにぶちまける。
皆それに便乗して閻魔への悪態をつくので、武蔵は皆をなだめた。その一つ、閻魔が『いつも救護室の注射針で耳を掘る悪癖』だけは武蔵も厳しく注意し、閻魔に謝罪を要求する。
「大王、さすがにこれは謝るべきかと」
「す……すまなかった。皆、許してくれ」
皆は笑顔で許した。今度こそ約束は守ってねと一言添えて。
ニャン吉は上目遣いで閻魔を見た。
気を取り直し、武蔵は資料をニャン吉に見せながら説明する。
「獅子王、番犬になるのには付き人と契約をして初めて成立する。その時お前は馴染み技の派生技を全て失う。そうなればお前は全く戦力とならんだろう。そこで、この技を教える」
武蔵は刀を構えた。刀に霊力を送ると刀は白く光り輝く。その刀で空を斬った。
武蔵は軽く刀を振っただけなのに、離れた所にある閻魔の机が少し斬れた。犬はひっくり返ってゲラゲラと笑い出した。
「これが
「それが決まれば勝てるかにゃ!」
「分からんが、可能性はある」
「やるにゃん!」
上階から骨男が招き邪王猫を幾つか抱えてリズミカル千鳥足の真似をしながら降りてきた。と同時に、閻魔の間へミケから映像が送られてきた。ミケは例の小太りの顔をドアップで映す。
「みなさん、ミケ・ピヨットラーです。好きなものは悲鳴、嫌いなものは子供の夢。みなさんに残念なお知らせがあります。獅子王の仲間が全員揃ってしまいました。よって、皆に罰を与えます。以上」
それだけ言うと映像は切れた。
まだ、鬼市は合流していない。
「大王、魔界鬼市の居場所は分かりますか?」
「奴は巧みに隠れているようだ。その上ミケの護りが……いや妨害が――」
「鬼市は仲間だにゃん!」
瞬時に状況を飲み込んだ骨男が閻魔に喧嘩腰になる。
「おうおう! 大王っつっても言って良いことと悪いことがあんじゃねえですか!」
「骨男! 落ち着け!」
「武蔵師匠……でもよう」
「落ち着け!」
武蔵に閻魔の間の外へ連れ出される骨男。扉を閉めると武蔵は骨男に「冷静になれ」と諭す。骨男は冷静さを取り戻すと、鬼市について大事なことを武蔵へ小声で伝える。
「武蔵師匠、多分鬼市は毒地獄にいるぜ。どこかは知んねえけど魔神砲っつー兵器を解体処分しているはずだ」
「何! 分かった」
扉の向こうで閻魔が「毒地獄だな」と言ったのが聞こえて骨男は扉を乱暴に開ける。
「大王さんよ、それがどうしたっていうんだ!」と骨男が荒々しく閻魔に言った。
「魔神砲というのか。ケルベロス五世に探させていた反乱の確固たる証拠だ」と閻魔も荒々しく言う。
「クソ閻魔! 盗み聞きとは趣味が悪いにゃ!」と番犬化して閻魔に詰め寄る。目を血走らせ、歯を剥き出しにし、全身の毛を逆立て、吠える。
「黙れ! 役立たず!」と閻魔までが冷静さを失って怒鳴った。
閻魔に詰め寄るのはニャン吉だけではない。タレもクラブもニャン吉の側から閻魔を睨みつける。
一触即発の事態に。ヒステリックぶつ代や犬もニャン吉の肩を持つ。
「静まれ! これぞ魔だということが分からんのか! 分断は思うツボだぞ!」
武蔵の一喝にその場にいた者たちが全員ハッとした。『分断と魔』の言葉が心の奥底暗いところにある魔性、不信感に皆を気付かせた。皆、目が覚めたような感じだ。特に閻魔は冷や汗をかいた。
沈黙が続く。途中ニャン吉がトイレに行った時も、一人として動く者はいない。
閻魔は束の間の逡巡の後、意を決して皆に宣言を出す。
「皆の者! 魔界鬼市を獅子王の摂政・関白と認める! 鬼市に魔法を返還するため早く連れて参れ!」
閻魔は魔封じの契約書を机から取り出し皆に見せた。
続けて閻魔は「山田もっさん、イーコ・ブール、真珠あああ、鷹派鳩派は死神に転生はさせるが番犬は飽くまで獅子王だ!」と宣告する。
ニャン吉は「関白って……飼えにゃい数を飼ってはいけにゃいのかにゃ!」と何か勘違いしている。
閻魔は「違う、摂政はお前が直ちに動けないときに代わって番犬の役目を果たすことで、関白はお前が直ちに動ける時に助けることを意味するだけで……、お前鬼市から聞いてなかったのか?」と聞いてきた。
要するに、ニャン吉次第で役目が変わるだけである。鬼市は一言も言っていない。
「獅子王、お前を信じるぞ」
閻魔の言葉にニャン吉は「任せろにゃ!」と凛々しく返事をした。
ニャン吉は誓いを立てると言って足元の緋色の絨毯に爪を立て、爪を研ぎはじめて皆に叱られた。
――罠はどこにあるか分からない。分断を越えよ。
緊急事態宣言レベルニ、
『次回「夜中撹乱」』
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