第2話 緊急事態宣言

 武蔵に抱えられ閻魔の間へ命からがら戻る事ができたニャン吉。武蔵は黒焦げのニャン吉を救護班に託す。


「この黒焦げ猫が獅子王様ですね? まあまあ、可愛らしい」

 救護班は悪気は無いのかもしれないが、ニャン吉を見て可愛らしいだのマヨネーズみたいだのと言いたい放題。


 閻魔が咳払いをすると救護班は「何よ! 感じ悪い!」とか「だからモテないのよ」とか「嫉妬かよ閻魔様」とか口々に閻魔を罵りながらニャン吉を診察室へ連れて行く。


 救護班がバカ騒ぎして去って行き静かになった所で武蔵は閻魔に問い尋ねる。

「大王、原因はまだ判らないのですか?」

「まるでな……千里眼の帝王眼でも地獄を見渡せんのだ。何者かが強力に妨害しておる」

「ケロケロ外道とか言う蛙が獅子王を毒地獄で殺害しようとしていました」

「な……ケロケロ外道。そう言ったのか!」

 武蔵は頷く。

「大王、心当たりは?」

「ない」


 武蔵は登竜門の方を見ると閻魔に尋ねる。

「地獄門はいつまで閉じているのですか?」

「武蔵よ……緊急事態宣言を発したからには問題を解決せねば開く事は無い。私の意志とは関係なしでのだから……」


 閻魔は非常事態の時のマニュアルを武蔵に見せた。

『緊急事態宣言とは、有事の際に発せられる宣言。三段階に分かれていて、レベル一は避難命令の段階。レベルニは地獄門を閉ざす、いわゆる地獄封鎖ヘルロックダウンをする段階である』

 そこまで読むと登竜門から目をそらし武蔵は深いため息をつく。


 閻魔は更に恐ろしい事を話し始めた。

「緊急事態宣言とは、警察や軍隊の手には負えない恐るべき事件が起きた時に出るもので番犬が必ず出動し解決せねばならん。番犬がそれを解決できなければ……レベル三となり閻魔が問題解決に直接乗り出さねばならなくなる」

 武蔵は絶句した。いや、武蔵だけではない。周りにいてそれを聞いた人達は全て言葉を失い戦慄した。


「私が乗り出せば『地獄国境協定』を破る事になる。『閻魔及び魔王は地獄にはお互い不干渉』と言う取り決めを破る事になるから、魔王が出てくる絶好の口実を与えてしまう」


 それは、魔王及び魔軍の侵略を許す事に繋がる。遥か昔に起きた魔境戦が再加熱することとなるだろう。


「そうならないためにある物を骨男に作らせたのだ」と言うと閻魔は骨男を呼びつけた。


「骨男よ、例の物は?」

「へい! 二つ目が完成した所ですぜ」

 骨男はそう言うと黒い番犬の首輪を出してきた。

「番犬用の首輪、若しくは一般向けの腕輪でして。番犬用の奴と違って縮地機能のみの改良型でさあ。名付けて縮地輪しゅくちりんっていいやす」


 骨男は武蔵と目が合うと「ニャン公は! 無事だったのか武蔵師匠!」と血相変えて話し出す。

「ああ、お前のその新型番犬輪ばんけんわのおかげでな」

 武蔵は笑顔で腕に付けた腕輪を骨男に見せると骨男も安心したようであった。


 閻魔は骨男に続きを話すように促した。

「うおっ! 忘れてた、閻魔さんよ。招き邪王猫じゃおうねこも開発中ですぜ」


 武蔵が『招き邪王猫』について解説を待っているので、骨男は勢い良く『招き邪王猫』について解説しだした。

「武蔵師匠、こいつぁ招き邪王猫っつってよ。新型番犬輪の縮地はこいつを置いた所にも縮地できるんだぜ」

「それは素晴らしい発明だ! 骨男、それが完成して量産体制に入れば革命的変化が起きるぞ!」


 招き邪王猫を受け取りしげしげと見る武蔵。白い猫をモチーフにしたそれは、舌を出し両手を上に挙げて頭にネクタイを巻いていた。


(これを見たらニャン吉の奴が怒るのでは?)と武蔵は人知れず心配する。


「ところで、お前達は何で別行動なんだ? 何か理由でもあるのか?」

 武蔵が気になっていた事を聞くと、骨男の顔がひきつった。閻魔の顔はその何倍もひきつった。


「……私の不徳の致すところだ。自由行動を許してしまった」

 それだけ言うと、閻魔は自己の油断を後悔する。


「馬鹿な! 番犬交代の時期は地獄が最も危険な時では無いですか! 閻魔交代もあり得る失態ですぞ!」


 閻魔の間は静まり返る……。


「まあ、今更言っても仕方がない。さて――」

 武蔵は窓の外を観た。冥界の夜空は地獄の騒ぎなど何も知らぬかの如く静かに星々を輝かせていた。

「もう少しで夜明けだ。日が昇る頃には獅子王の傷も回復するだろう……それまで待つとしよう」


 ――空が白み始めた。武蔵達が待機する閻魔の間にニャン吉は入って来た。傷はある程度回復していた。


「師匠! 骨男! 一体何が何やらにゃ!」

「獅子王! お前達の油断のせいで地獄は大混乱になっている!」

 武蔵の叱責にニャン吉は暗い顔で俯く。


「ケロケロ外道とか言ったなあの蛙」と武蔵はニャン吉に念のために聞く。

「そうだにゃ! あいつはケロケロ外道とか名乗ったにゃ! 後は確か……」

 ニャン吉がケロケロ外道の言葉を一つ一つ記憶をたどり整理する。


「そうだにゃ! ケロケロ外道の奴が言っていたにゃ、この縄を作ったのは――」


 ニャン吉の言葉を遮るように閻魔の間のモニターに映像が送られてきた。場に緊張が走る。閻魔は映像を確認するため恐る恐るモニターの電源を入れた。


 モニターには香箱座りをするやや太り気味の三毛猫がドアップで映った。そいつはふてぶてしく口を開く。

「初めまして、ミケ・ピヨットラーです。好きなものは悲鳴、嫌いなものは子どもの夢。人呼んでファシズムの猫ですにゃぁーはっはっはっはっ!」


 ――緊急事態宣言レベルニ発動で地獄封鎖ヘルロックダウンとなった地獄……。このままニャン吉が事件を解決できなければレベル三となり、冥界は取り返しのつかない事になる。その時突然三毛猫の映像が送られてきた。果たしてこの三毛猫は……。


『次回「挑戦状」』

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