風のメロディー

 ――翌朝。

『余命二十四日』

 クラブは大張り切りで五線紙と墨の準備をしている。窓の外を眺めて「今日も退屈な一日が始まっちまったぜ」とクールに決めた後、大はしゃぎで飛び跳ねバケツに背中から突っ込み身動きが取れなくなる。クラブは「誰か助けてはくれまいか」と落ち着いて助けを求めた。


 タレは夜明け前には起きて落ち着きなく研究所をウロウロしていたようだ。意味もなくロボットを蹴っては自分好みに修理をする。そんなことを繰り返していた。


 ニャン吉は朝日に目を覚ますと、火食鳥広場で入念にブリッジを行った。クラブがニャン吉の隣に来て西の空を見ながら、「東変木とうへんぼく山脈は遥かな峰よ」とカニバサミで西の方を指した。

「クラブ、そっちは西だにゃん」

「ふっ……俺としたことがつい口から詩が――何? あっちが東だと?」


 クラブは舌打ちをして、近くに生えていた植物の茎をカニバサミで切断した。

「ああ! 甲殻類! 折角薬草になりそうな植物を育てていたノニ」とレモンが思わず叫ぶとクラブは振り返り謝った。


 ニャン吉達は朝食を食べることにした。朝食の時話し合った結果、東西南北の順番なら東が最初に行くべきだと意見が一致。ニャン吉、クラブ、タレは東へ出発した。


 ――東変木とうへんぼく山脈へ着いたニャン吉とクラブとタレ。三匹は耳を澄ました。風は一定の間隔で音楽を奏でている。強弱、リズム、通る谷の広さなどで音楽を奏でているように聴こえる。それは、約一分周期で繰り返しているみたいだ。


「本当に音楽が聴こえるにゃん!」

「相棒! 静かにしてくれ! 今譜面に起こしているんだ!」とクラブはニャン吉を黙らせるとカニバサミに墨をつけて、五線紙に音符をさっと書き込んだ。


「さて、終わったぞ。タレ、次へ行こう」

「クエッ! クラブ、もう終わったのか?」

 五線紙を見せられたタレは感心してクラブを褒めた後、西へと向かった。クラブはその間も真剣に五線紙に何かを書いている。ニャン吉がそれを覗き見ると――ハンバーガーの落書きだった。ハンバーガーの隣には大きい字で『カニクリームコロッケは悪』と書いているようだった。


 西の西低さいてい山脈でも、南の南茶手なんちゃって山脈でも同様の事をした。


「さて相棒、問題は北だな。北無異きたない山脈は難所なんだろタレ」

「クエッ! 地形が複雑で風も強力だ。よく落雷も発生する。おまけに、残りのホムンクルスはあそこにいるはずだ」

 ニャン吉は腕組みならぬの前足組をして頷く。

「一旦研究所へ帰るにゃん」

 タレは研究所へ向けて飛んだ。


 ――研究所では、全員が骨男の指導で太極拳をしていた。そこにタレが帰ってきた。


 ニャン吉達は研究所の客間に集合し、北の北無異きたない山脈へ行くための会議を始めた。

「さて、どうするにゃ?」

「クエッ! 北の山脈の手前には私の家があるクエッ! そこへまずは皆で行くクエッ!」

 焼鳥家へ移動する事で全員意見が一致した。


 ――夕方になると苦歩歩が見送る中、タレはニャン吉達を焼鳥家まで運んだ。

(タレの奴、どれだけ力があるんだにゃ! まさか『なら全員乗せて飛ぶことくらい大丈夫』とか言い出すとは思わなかったにゃ)


「クエッ! 家が見えてきた!」

 ニャン吉達は目を疑った……そこは苦歩歩のいた研究所よりも遥かに巨大でハイテクな研究所が城の如くそびえ立っていた。その規模は苦歩歩のいた研究所とは比較にならない。ニャン吉達は驚きのあまり、開いた口が塞がらなかったせいで馬鹿みたいな顔になった。


「す……すごいにゃん……。タレ、苦歩歩博士の研究所よりすごいにゃんね」

「……我が家を例の鳥小屋と一緒にするな」

「今何でクエッて言わなかったんだにゃ?」


 ヘリポートのような研究所の最上階へ降り立ったタレ。建物はガラス張りで自動ドアがあり中は冷暖房完全完備のレストルームがあった。研究所は最上階が一番大きな出入り口で、そこから下へ降りていくようになっていた。最上階を一階と呼び、それ以外を地下と呼んでいる。


「タレ、ここが家なのかにゃ……」

「クエッ! 正確には火喰鳥研究所と言って我が家が所有している。風地獄の皆が研究をしに出入りしている。ここには元々山があって、そこにこの研究所を造ったわけだ。山を一つ爆破してな」

「わざわざ山を爆破しなくてもその辺の何もない所に一から造れば良かったのににゃ。何のために山を一つ吹き飛ばしたんだにゃ?」

「クエッ! そこに山があるからだ」


 レストルームに入ると、もっさんがマッサージチェアで仰向けに寝ていた。鼻提灯の二刀流に半開きの眼、ボタボタに垂らした涎。もっさんだけなら討ち取れそうなくらい無防備だが、キッツーネが目を光らせているので無理だった。


 タレはレストルームの奥にある焼鳥家の部屋にニャン吉を案内した。そこは、近代的な豪邸だった。

「クエッ! ただいま帰ったぞ!」とタレが言うと、部屋の奥からタレによく似た鳥が四羽でてきた。タレはこの鳥達は自分の家族だとニャン吉に紹介した。


 焼鳥家は全部で五羽。

 タレの父の名は『直火じかび

 タレの母の名は『ツケダレ』

 タレの弟の名は『盛塩もりしお

 タレの妹の名は『クシ』

 以上が焼鳥家である。焼鳥家は全員火喰鳥で獄卒士一種の免許を持つ超優秀な鬼である。この地獄でも有名な伝説の一族なのである。


 ニャン吉は焼鳥家にあいさつをした。

「初めまして、ニャン吉です。しばらくお世話になりますにゃん」

「クエッ! 事情はタレから聞いた! 歓迎しよう」とタレの父、直火が羽を広げて暖かく迎えた。

 タレの弟がタレに「ねえさん、おかえりクエッ!」と言った。

「タレ! お前メスだったのかにゃ!」


 ニャン吉達は焼鳥家にもてなされた。

 集太郎は花瓶の花に夢中。

 ペラアホはシャンデリアで寝そべる。

 骨男は直火と盛塩から機械を見せてもらっている。

 レモンは隣の山の湧き水をもらい、植物の種との相性を調べている。

 鬼市は閻魔への報告書を書いていたが……次から次へと来客の鳥が邪魔をしてきてまともにかけない。


 ニャン吉はクラブとタレと適応の相談をしていた。まずは現在分かっている風のメロディーを何も見ずに歌えるようになるまで練習をすることにした。

「俺のフルートの演奏に合わせて歌え、相棒」

 クラブはフルートを豪快に吹いて風のメロディーを奏でた。ニャン吉はそのメロディーに歌声を乗せる。

「にゃー、にゃおう」

「相棒! 駄目だ! もう一回!」

(クラブの奴けっこう厳しいにゃん)


 ――ニャン吉達は風のメロディーを求めて四方を駆け巡る。最後のメロディーを求めて北の山脈へ。途中焼鳥家にお世話になり英気を養うことにした。


『次回「狂える嵐」』

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