地獄は嫌だにゃん

化け猫ニャン吉

八大地獄編

序章 閻魔大王の審判

開幕! 『地獄は嫌だにゃん』中村ニャン吉、地獄行き

 あの世には中国紫禁城にある太和殿の玉座を思わせる壮大な建物があった。そこへ今地球から来たという白い和猫が通された。左右の太い柱の間に敷かれた緋色の絨毯を、白猫は玉座に向かいヒョイヒョイ歩く。


 玉座には黒い道服に身を包み、右手に笏、左手に緑色の巻物を携えた男が座って白い和猫を見下ろしている。厳しい顔した道服の男は、吊り上がった目で、目の前に置かれた机に緑色の巻物を紐解き一瞥する。


 道服の男は射抜くような紅い眼で白猫をにらむ。ふてぶてしい態度で後ろ脚を上げて首を掻く白猫へ厳しい口調で宣告する。

「私は閻魔えんまだ。今からお前の裁判を行う。……お前は死んだのだ。分かるな? 中村ニャン吉よ」

「まあ、しょうがにゃいか」

 白猫の名は中村ニャン吉。この物語の主人公である。


 閻魔大王は一つ咳払いをすると、大きく朗々と巻物を読み上げた。少し口角が上がり笑いを堪えているようにみえる。

「仏壇にションベンをかける、仏像で爪を研ぐ、人を引っ掻き病院送りにする……今日だけでこれだ、ニャン吉よ」


 驚愕したニャン吉は頭を掻く後ろ脚を下ろし立ち上がった。

「何でそんにゃこと知っているにゃん! あんたストーカーかにゃ!」

「先程も言ったはずだが、私は閻魔だ。お前の生前の業を私は全て知っている」

 

 呆然と閻魔を見上げるニャン吉に、恥の上塗りのような裁判が始まった。


 先程まで退屈気だった閻魔の隣にいる鬼が、ニャン吉の業が読み上げられると急に興味津々で裁判の続きに耳を傾けだした。その鬼の首に下げられた名札には『魔界まかい鬼市きいち』と書かれていた。


「外国の外交官に噛み付いて病院送り、そして国交回復は中断となる。お前は外交官のお見舞いにうんこを持って行ったなニャン吉。外交官の前で自分の腹を痛めて出した異常な量の臭いやつを」

 魔界鬼市が薄笑いを浮かべてニャン吉を見る。


「次は、ニャン吉よ。御近所の神社から国宝を咥えて持って行ったな。その国宝を犬小屋の上に置いて犬を罠にかけたな」

 魔界鬼市は「中々賢いじゃないか、罰当たりな馬鹿猫」とニヤニヤ笑いながらつぶやいた。


「魚屋の魚を爪で1匹ずつほじくって食べない……」

「お前、魚に怨みでもあんのかよ!」と魔界鬼市は場所もわきまえず大笑いした。


「閻魔! そんにゃこと大きい声で言うにゃ!」

「しょうがあるまい。恥を晒したのはお前なのだから」

「ははっ、本当に飼いたくない猫」と愉快に笑った魔界鬼市はニャン吉を指差す。


「良いこともしたにゃんよ閻魔。ねちねち悪い所ばかり上げるんじゃにゃい!」


 口に手を当て笑いを堪えていた閻魔がニャン吉の必死な指摘に一応頷く。

「まあ、たしかに良いこともしたな。バスジャックに噛み付いて病院送り。銀行強盗に噛み付いて病院送り。テロリストに噛み付いて病院送り」

 魔界鬼市は爆笑して床を叩き「馬鹿の一つ覚えか!」と言い放ち、止めどなく恥を晒す白猫を指差す。


「閻魔! ちゃんと調べろにゃん!」

「ニャン吉よ、人質も警察にも噛み付いて病院送りにしたな。これは悪いことですよっと」

 魔界鬼市は鼻で笑った。


 ――ニャン吉、審判の時。沈黙を破ったのはニャン吉であった。

「……で、盆には帰れるのかにゃん?」


 閻魔はそれに取り合わずに冷然と審判を下した。

「ニャン吉よ。お前は地獄行きだ。千年くらい鬼に拷問されてこい」

「いや! もっと調べろにゃん!」

「さあ、さっさと地獄へ行け。見苦しい恥猫」

(……こうなったら破れかぶれで閻魔の首に噛み付いてやろうかにゃん)とニャン吉は密かに牙を舌で触る。

 

 その時、目つきの悪い伝書鳩が手紙を持って入ってきた。閻魔の隣にいる鬼の魔界鬼市が伝書鳩から報告書を受け取り閻魔に報告書を手渡した。

「何! ケルベロス五世が死んだだと! ……そうか、今までの労に報いてやろう。奴は天国へ送ってやるか」


 報告書を机にしまうと、閻魔はニャン吉の方を振り返る。そして、とんでもない提案をした。

「ニャン吉よ。私の首を噛みちぎる根性があるなら地獄の番犬をやって見ぬか?」

「にゃ、にゃんでそれを……」

「私の目を甘く見るなよ」

「その番犬とかいうのをやれば、鬼にいじめられないのかにゃん?」

「そうだ、やってみるか?」

「やるにゃん! 地獄は嫌だにゃん!」


 ニャン吉は居住まいを正した。もちろん形だけ。

「よし、では誰かケルベロス五世の魂を連れて参れ! さてニャン吉よ、お前はこれから八大地獄へ行き試練を受けよ。詳しいことは、ケルベロス五世に聞け」


 ケルベロス五世の魂が連れて来られた。そいつはニャン吉とは対照的な、なんとも恐ろしい見た目で、真黒い巨大な犬である。眼光鋭く、目はつり上がり、ニャン吉以上のつり目であった。


 果たしてニャン吉の運命はいかに。

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